第三話 狸合戦。2
やる気か。
あたしは嬉しくなる。テンション上がって、ついでに話が気になって前のめりになる。
ふん。まずはセオリー通りか。流石にあたしとやり続けてきたことはある。ここで変に躊躇したり話すことに悩むと、そのぶん間が空いてしまって空気が微妙になるし、ネタに対するハードルもどんどん上がってしまうから。だから、ここは見切り発車でもさっさといった方がいいのだ。勢いでいった話が微妙でも、勢いでなんとかなる場合もある………………誰が勢いだけの女やねん!
「向こう?」
そこで、にやりと。意地悪く笑ってみせた。あ、いかん。
「あれー? 知らないの? 話振ってきた癖して」
これ、こいつの得意分野だったか? あいやでもしかし。
狸合戦なんて突飛なネタ、流石の雨梨でも……。
「まあ……」
あたしは躊躇うように返事をする。
雨梨は指をくるくると回した。
「狸合戦って言えば、有名なのは平成狸合戦だね。ぽんぽこ。わたしら世代からするとそれすら若干怪しいけど。吉川ちゃんは、知ってる?」
「いえ、全然……。狸合戦がそもそもなんなのかも……すいません」
「謝んなくていーよ。そうだなあ。その名の通り、狸たちの戦争かな。平成狸合戦はジブリで映画化されてるし。たまに、テレビ放映でやるから今度やったら見てみなよ。面白いよ? 史実通りだからわたしとしても文句はないし」
「は? 史実?」
つい気になって口を挟んだ。なんでもないことのように言ってるが、当然狸合戦なんて創作だからだ。つまりはツッコミ待ち。まあ、そこは振った手前聞かなければなるまい。しかし雨梨はそんなあたしをのツッコミをスルーして話を続ける。
「次に有名なのは阿波狸合戦だね」
「阿波?」
吉川さんが訊き返した。
「徳島。四国のね」
「……すいません。そもそもなんで狸が戦うんですか?」
吉川さんはそもそもの話の前提が理解できないらしく、首をふりふり、申し訳なさそうに訊いた。雨梨はわざとだろう自嘲するように笑うと、
「あー。そっからかあ」
と、それまで椅子に預けていた体を起こした。そして、手にはいつの間にかチュッパチャップスが。いつの間に出したんだろう? これも演出のひとつだろうか。
「昔っから狸は人を化かすって言われててね。江戸時代の有名な妖怪画家、鳥山石燕なんかも数多くある妖怪画の中に、シンプルに『狸』とだけ書いて、狸の絵を残しているくらいでさ」
狸が月に向かって体を伸ばしている絵がパッと浮かんだ。
「狸が妖怪って……なんだか変な感覚ですね。あ、いえ、私がおかしいだけで当時はそれが普通なんですか?」
「分福茶釜(ぶんぶくちゃがま)って聞いたことない? ないか。だったら、かちかち山は? さすがに知ってるっしょ? あれにだって人を騙す性悪狸が出てくるじゃない?」
「ああ、たしかに」
吉川さんは思い出すかのように頭上を見上げる。
「けっこう残酷なお話でしたよね? 子供ながらになんてものを子供に読み聞かせるんだろうと感じた記憶が」
吉川さんがそう言うのも無理はなかった。日本全国に広まっているかちかち山という童話。子供の頃に、散々聞かせられたそのお話は、絵本で子供に読み聞かせるにしては少々……随分残虐なお話だからだ。
特に冒頭。お話の最初だ。
畑に悪さをする狸に腹を据え兼ねたおじいさんは、罠で狸を捕まえる。おじいさんが外出している間、捕まった狸は「お願いだから食べないでくれ」と同居人であるおばあさんに命乞い。
思わず狸を助けたおばあさんは狸に撲殺されてしまう。その後、帰宅してきたおじいさんに「さっき捕まえた狸で作ったお鍋だよ」と差し出されたお鍋。差し出してきたのはおばあさん。何の疑問もなく喜んで鍋をつつくおじいさんだったが、その中身が――。
その後、狸は突然お話に現れた兎によって懲らしめられるのだが、しかし、懲らしめたところでおばあさんは帰って来ない。
「あの狸は、まあやり過ぎだけどさ。狸ってのは昔っから人に化けたり、物に化けるのが得意なんだよね」
見てきたように語るなあ。
「理由の一つとしては、狸が死んだふりをすることからだね。コテン、といきなし転がってさ。危険が迫るとそうやって猟師だとか天敵だとかから隙見て逃げるんだよ」
「なるほど。そうした相手を騙すという習性が――」
「人を化かす、とまでなったと……話を戻すとさ。そんな狸たちにも人間みたいに派閥があるんだよ。あいつが気に入らない、こいつが気に入らないって具合に。そんなこんなで起きたのが阿波狸合戦。江戸時代末期に起きた狸たちの戦争」
ここらで合いの手が必要だろう。
「金長(きんちょう)だっけ?」
「そうだね。よく知ってるじゃん。日開野の金長に津田の六右衛門。鎮十郎に赤岩将監。禿狸――は違うか。まあ、あのへんは有名な奴がいっぱいいたよね」
……アドリブですよね?
随分お詳しいみたいですが、事前に考えていたわけじゃないですよね?
「ところで」
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