第三話 狸合戦。

「雨梨って昔、狸合戦に参戦してたんだよね?」


 ぴくん、

 と。

 雨梨の眉が二ミリほど内向きに皺を描いたまま固まり、続いて、それまで加えていたリプトンのレモンティーをコトリと机に置いた。

 あたしはダメ押しすることにする。逃げられないように。退路を塞ぐように。

「聞きたいなあ~っ。その話。ずっと気になってたんだよね~!」

「もしっ、もしっ。桜子さんっ」

 そこで隣からチョコチョコチョコチョコ細かく連打で肩を叩いてくる小娘。

 吉川さんである。

 悪いね、吉川さん。楽しみにしていたようだけれど、今日のあんたはこちら側だ。あたいと一緒に聞き役に回ってもらうよ!

 あたしは趣旨を説明してやることにする。吉川さんに耳打ちするように。けれど、もちろん正面にいる雨梨にも聞こえるように。

「吉川さん」

「はあ」

「思ったことない?」

「なにをですか?」

「バラエティ番組とかでさー。芸人たちにお題振っているこの大御所芸人、お前らこそおもろいこと言えるんかいなって」

「ありますけれど……」

「あるでしょ? 大喜利とか漫才とかでも偉そうに批評している側の奴ら。実際のところどうなのよって。もちろん仕事上で仕方なくその立場にあるってことは理解るんだよ? でもさあ。奴らが芸をしてくれるんなら見てみたいってのが心情じゃない? ごく一般的な心情じゃない?」

「……一般的ですかね?」

「今まで批評したり、ツッコみ役に回ってたけどさ。実は散々雨梨とやってきたこの遊び。雨梨がやる側に回ったことって今まで一回もないんだよね」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ」

「それがどうして今日になって?」

「……ふふふふふふ。あたしは今まで甘んじてこの立場を受け入れてきたわけだけど、むしろ楽しんでもきたわけだけど……、逆にね? 雨梨みたいな普段相手をイジる側の立場にある奴って自分がイジられることを何より嫌っているの。分かる? 彼らは相手をイジる側の立場にありながら同時に相手にイジられることを誰よりも怖れているという矛盾した生き物だから。振られたら最後、やるしかなくなる……ほら、やらなかったらノリの悪い奴だと周囲に認識されてしまうでしょう? ……うん。分かるよ? あたしにだって理解るよ? それは嫌だなって。なんとなく怖いなって。雨梨の気持ちは痛いほど伝わってくるよ? でもね? 気になるじゃない? さっきの芸人の話でもそうだけど、そう思えば思うほど突っついてみたくなるじゃない? 振ってみたくなるじゃない? 藪があったら蛇を出してみたいじゃない? 蜂の巣があったら虫除けスプレーで火炎放射したくなるじゃない?」

「…………桜子さん。ゲス。ゲス過ぎます」

「人が嫌がることを進んでやる娘。我こそが桜子でゲス」

「それはつまらないでゲス」

 このノリの良さ。流石吉川さん。我が永遠の好敵手(暫定)。惚れ惚れしちゃうわ!

 ま、ぶっちゃけて言えば、雨梨がこの無茶振りやられたらどう返してくるんだろうなーって、前々から気になってはいたんだけどねー。

 べっつに本気で嫌がったら嫌がったで「仕方ないわね。あたいが本気見せてあげるわ! まずは吉川さんから!」とでも言ってその場は収めるつもりだし。

 さて。

 あたしが適当に授業中考えたお題。雨梨はどう出るか――。


「狸合戦かあ。懐かしいなあ。わたしは長いこと向こうに行ってないから今はもうどうなってるか知らないけれど」


 雨梨が口火を切った。

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