第3話 ウェイトレスは暗殺者
店の裏の路地に連れてこられたキッドは、そこでウェイトレス姿の暗殺者と向かい合う。
魔導士のキッドにとっては、それは必死の間合いだった。暗殺者がその気になれば、キッドに逃げ延びる手立てはない。
その状況下で、キッドの方から口を開く。
「なぜこんなところでウェイトレスをやっている?
「はい、
(やはりそうか。それならば、こんな格好をしているのもわからなくはない。俺も暗殺者として臭いを感じなかった。顔を見るまでは、シャドウウィンドだと全く気づかなかったからな。完全にウェイトレスとして溶け込んでいた。やはり恐るべき相手だ。だが、ターゲットは誰だ? まさかルルーや王族関係者ではあるまいな?)
暗殺者が自らのターゲットについて口を割るとは思えない。だが、キッドとしてはダメ元では聞かざるを得ない。もしこの暗殺者が、隣国の紫の王国あたりから依頼を受け、王女暗殺のために潜入していたのなら、キッドはこの暗殺者と戦わねばならない。公国最強の騎士と言われるミュウと二人がかりで戦って互角だった相手だとしても。
「
「
「――――!?」
まさか素直に答えてくれるとは思っていなかった。だが、その答えに、キッドは戦慄する。内容もそうだが、なにより恐るべきはその物言いだった。この暗殺者は、客に注文を尋ねられたウェイトレスのような軽い口調で、この恐るべき内容を口にしたのだ。
(街の人間どころか、この街に来る者も含めて皆殺しにするというのか!? いくらシャドウウィンドとはいえ、そんなことが可能なのか? ……まったく力みのない今の物言い、それは自信の現われか。……この女なら本当に実行可能なのかもしれない。……だが、そんなことをして何になるというんだ? 王都で混乱を起こすことが目的か? 一体だれが……。黒の帝国の戦力ならば、そんなことをする必要もあるまい。一番可能性があるのは紫の王国だが、俺の掴んでいる情報ではかの国の王はこんな手を使うような男ではないはず……)
「……誰に頼まれたんだ?」
「誰に? ……しいていえば、店長でしょうか?」
(な、なんだと!? この店の店長が、王都での大量殺人を目論んでいるというのか!? 意味がわからん!)
「一体何が目的でそんなことを……」
「…………? 自分の料理を多くの人に食べてもらいたいからではないでしょうか?」
暗殺者は首をかしげながら、素直に自分の考えを答える。
「…………」
「…………」
二人は見つめ合う。
キッドはようやく自分がなにか勘違いしているのではないかと気付いた。
「……もしかして、本当にこの店でただのウェイトレスをしているのか?」
「ですから、最初からそう言っているではないですか」
キッドは思わず頭を抱える。
戦慄していたことが急に恥ずかしくなってきた。
「……すまん。どうも思い違いをしていたみたいだ、シャドウウンィ――」
「その名前で呼ぶのはやめてください」
キッドの唇に指が伸び、ウェイトレスがキッドの言葉を遮る。
「その名前はとうの昔に捨てました。今の私はただのルイセです」
「ルイセ……本当の名前か?」
「ええ」
暗殺者が自分の本名を名乗る――普通ならばあり得ないことだった。しかし、逆に言えば、目の前の女は、もう暗殺者でなくただのウェイトレスだということでもあった。
キッドはようやくこの女が、本当に何一つ嘘を言っていなかったのだということを理解した。
「……もう暗殺はやっていないのか?」
「ええ」
「なぜ?」
「おかしなことを聞くんですね。あなた達に姿を見られて、仕事にも失敗したからじゃないですか」
確かに、キッドとミュウの二人でシャドウウィンドを撃退して以降、シャドウウィンドが暗殺をした話を聞いていない。撃退したといっても、相手に致命傷どころか、まともな傷さえ与えてはいなかった。本当にただ追い返すのに成功したというだけだったので、キッド達はそれ依頼シャドウウィンドが沈黙し続けることを不思議には思っていた。
「……そっちの世界では、一度仕事に失敗するともう暗殺はできないのか?」
「確かに仕事に失敗すると評判は下がってしまうので仕事はしにくくなりますが……それよりも、あなたに姿隠しの魔法を破られ、顔を見られてしまったではないですか。私は敵が多いですからね。私を始末して名を上げようとするものはいくらでも出てきます。素顔を見られた暗殺者なんてもう裏での仕事はできませんよ」
「なるほど……あ」
うなずきかけて、キッドは首を止める。
確かにキッドもミュウもシャドウウインドの顔を見ていたが、よく考えたら、その素顔については誰にも話していない。ましてや、本来行うべき指名手配さえかけていなかった。
「すまん。俺もミュウも、お前の素顔のことも、実は女だったってことも、誰にも言ってないわ」
「……え?」
二人して顔を見合わせる。
たっぷり10秒ほど経ってからルイセが小さな口を開く。
「なぜですか?」
「忘れていたというか、思いつかなかったというか……。いや、違うか。あの時、俺達はお前を撃退したが、あの戦いに勝ったとは思っていない。次に戦った時には決着をつける。その時までは誰にも邪魔されたくない……そう思ったんだな」
「…………」
キッドの言葉の嘘偽りのない素直な気持ちだった。
ルイセは黙ったままキッドを見つめる。彼女の切れ長で氷のように冷たい目が、不思議とどこか温かく見えた。
「だから、安心しろ、お前の素顔を知っている人間はこの世に二人しかいない」
「……つまり、その二人さえいなくなれば、私を知る者はいないということですね」
どこか温かさを感じたルイセの瞳が、再び触れれば凍傷を負いそうな冷たいものに戻る。
暗殺者の彼女が殺意を表に現すことはない。
だが、隠れた殺意の炎が、彼女の心の中に灯ろうとした刹那――
「そうか! 俺とミュウしか知らないのか! だったら大丈夫だ!」
急に満面の笑みを浮かべたキッドが、一人で納得したような顔をしながらルイセの腕を掴む。
「――――!!」
ルイセにとって、こんな簡単に腕を掴まれたのは初めてだった。
少しでも敵意があれば、ルイセの体は半ば無意識で反応して回避をする。
敵意がなくとも、掴もうとする気配があれば、ルイセは頭で判断する前に体が動いてかわすことができる。
ウェイトレスをしている時に、スケベ男達のボディタッチをすべてかわしていたのも、その能力があればこそだ。
しかし、そのルイセがまったく動けずに腕を掴まれていた。
ルイセが反応できないほどに、キッドの動きは自身さえ意識していない自然な行動だったのだ。
「一緒に来てくれ」
強引に腕を引っ張るキッドに、ルイセは流されるようについて行ってしまう。
女であるルイセの力はそれほど強くはない。だが、魔導士であるキッドも決して力がある方ではない。その気になれば、ルイセはいくらでも抵抗することができた。だが、腕を掴まれたショックのためか、今のルイセはすぐに抵抗する意識に切り替えることができていなかった。
とはいえ、落ち着きを取り戻せば、いくらでも抵抗することができる。ルイセの体術なら、ここからキッドの腕を捻り上げることも、あるいは組み伏せることも容易にできる。
しかし、ルイセはそうはしなかった。
(……どこに連れて行く気か知りませんが、……まぁいいでしょう)
自分がそんな考えになったことにルイセ自身、少し驚きを覚える。
(素顔を誰にもバラされなかったことに対する貸しが、この男にはあります。その貸しを返すくらいのことはしましょう)
手を引っ張られながら、ルイセはこの男の目的を思考する。
(一体何を私に頼むつもりなのか……。ああ、そうか。私に頼むことなんて、よく考えたら一つしかありませんでしたね。……いいですよ、始末したい相手がいるのなら、その望みくらいかなえてあげましょう)
ルイセは、すぐに自分が必要とされるのが、
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