第4話 軍師補佐

(どうして私はこんなところに……)


 気が付けば、ルイセは紺の王国の王城、その中でも最も厳重な場所の一つである王女の部屋に連れてこられていた。しかも、今、その部屋の中、キッドと共にルルー王女の前に立っている。王族暗殺の依頼を受けて、他国の王城に侵入した経験もあるが、こんな簡単に王族を前にしたのはさすがに初めてだった。


(この男は確か緑の公国にいたはずなのに、今は紺の王国に仕えているのでしょうか? いや、そうだとしても、どうしてこんなところまでほとんどフリーパスで入ってこられるですか? 途中で何人もの衛兵とすれ違っているのに、誰も止めようとはしませんでした。それどころか、笑顔で挨拶などしてきて……。たとえば、この男だけだったならば、まだ理解はできます。ですが、私が一緒なのですよ!? ウェイトレス姿のこんな女が城の中を通っていれば、普通、見咎めるでしょうに! 一体この城の衛兵はどうなっているのですか!? ……それとも、それほどにこの男が信用されているとでも? ……いや、まさか。もともと他国の魔導士だったのに、そんなことあるわけないですね……)


 混乱するルイセの隣で、キッドとルルーはどこか親しげに話を始める。

 その様子は、ルイセから見れば、とても王女と臣下とは思えない。


「ルルー王女、急にすみません」


「いえ、キッド様の急ぎの話であれば、構いませんよ。それで、どうされましたか?」


「見つかったんですよ! この前話していた人材が!」


「ホントですか!?」


 興奮気味のキッドの言葉に、ルルーは目を丸くして、そのへんの街娘のようなあどけない表情をさらしていた。

 一方ルイセは、二人のやりとりから、自分が連れてこられた理由を改めて察する。


(人材? ああ、暗殺者のことですね。暗殺者を探していたのなら、私と出会ったのは僥倖だったでしょうね。いいでしょう、一つ仕事を受けてあげます。それで、あなたとは貸し借りなしですよ)


「自分でも戦える上に、俺くらいに魔法も使える人間です! この国に絶対に必要な人材ですよ! 必ず助けになってくれます!」


「キッド様がそこまでおっしゃるとは!」


(ん? 何の話ですか? 暗殺の話ではなかったのですか?)


 盛り上がる二人とは反対に、ルイセはどこか置いてけぼりにされたようないづらさを感じてしまう。


「軍師である俺のサポート役として、軍師補佐としてこの国に迎え入れていただけませんか?」


(この男は、宮廷魔導士の類ではなく、軍師だったのですか? いや、それよりもどんな奴を迎えるつもりかしりませんが、素性もわからぬ相手を王女がいきなり軍師補佐など、認めるわけがないでしょうに、なにを寝ぼけたことを言っているのですか)


 話にはついていていないが、ルイセはキッドの発言にため息をつく。


「わかりました。待遇に関しては、キッド様に準じる形にさせていただきますね」


「ありがとうございます!」


(ちょっと待ってください! そんな簡単に認めてしまっていいんですか!? 私も国の人事についてはよく知りませんが、食堂のウェイトレスの採用時でももうちょっと色々ありましたよ!?)


 ルイセは驚きの顔で、キッドとルルーの顔を交互に見やるが、冗談を言っているようには見えなかった。だが、彼女の驚きには続きがあった。


「というわけで、よろしく頼むな、ルイセ」


「……へ?」


 ルイセは自身でも初めてと思うような間抜けな声を上げてしまった。


「あ、ルルー王女、まだ名前も紹介してませんでしたね。こちらがルイセです。腕は確かです」


「キッド様がそうおっしゃるのなら、疑う気持ちはありません。ルイセさんというんですね。とてもお綺麗なのと、服装が独特なので、少し驚きましたが、どうか我が国のためによろしくお願いしますね」


 ルルーはウェイトレス姿の女に深く頭を下げた。


(なんですかこれは!? なぜ一国の王女が暗殺者の私なんかに頭を下げているのですか!? 私は今一体どういう状況におかれているんですか!?)


 ルイセは助けを求めるようにキッドへと顔を向ける。


「すみせん、キッドさん、状況が呑み込めていないのですが……。私はてっきり暗殺しごとの話をされるのだと思ってついてきたのですが、一体何の話をしているのですか?」


「ん? 仕事の話なのは間違ってないぞ。お前ほどの人間をウェイトレスにしておくのはもったいなすぎる。これからこの国の軍師補佐として、俺の仕事を手伝ってもらうからな、よろしく頼むぞ」


「……はぁ!? 軍師補佐!? 私がですか!? あなた、わかっているんですか!? 私は暗さ――」


 キッドの人差し指がルイセの唇を抑え、それ以上の言葉を止める。


「お前はルイセだろ? 剣も魔法も使えるウェイトレス。もっとも、今日からはこの国の軍師補佐だけどな」


「……本気で言っているんですか?」


 ルイセは目を細め、氷のように冷たい目をキッドに向ける。

 それは暗殺者としての視線だった。


「王女の前まで連れてきて冗談を言うと思うか? お前がウェイトレスしているほうが余程冗談みたいな話だぞ」


 暗殺者の視線にも、キッドは動じる様子を見せなかった。

 顔はへらへらしていても、譲るつもりはないとすでに相手の肝が据わっていることを理解する。

 ルイセは一つ深く息を吐いた。いろいろと言いたいことをすべて吐き出すかのように。


「……わかりました」

(いいでしょう。私の顔も性別もバラさなかった借りがあります。その分は、あなたのために働いてあげましょう。……ですが、その分だけです。私は暗殺者。影のように闇に潜み、風のように誰にも縛られない、シャドウウィンドと呼ばれる暗殺者なのですから)


「ようし! 言質はとったからな! よろしく頼むぜ!」


 ルイセの細くて固い手を、キッドの手が掴み、握りしめてきた。

 自分の冷たい手と、キッドの温かな手に、ルイセは住む世界の違いを一瞬感じる。だが、きつく握られた手から伝わってくる熱は、自分の冷たい手を溶かしてくれるようでもあった。


「あ、そうだ。ルルー王女、街の食堂から無理やりヘッドハンティングしてきたから、代わりのウェイトレスを手配してもらうことってできませんか?」


「ウェイトレスですか? できるだけはやってみますが……剣と魔法を使えるようなウェイトレスがどこまで用意できるかは……」


 冗談か本気かつかめない様子でルルーは眉をひそめる。


「そんなウェイトレスはいないですって! あ、いや、いましたけど、……手配してもらう娘は、普通に給仕さえできればいいですから」


「ああよかった。それならなんとでもなりそうです」


 抜けているのか懐が深いのか、いまいち掴めない。そんなふうに思いながら、笑顔を浮かべる王女をルイセはじっと見つめた。


(……不思議と嫌いにはなれない人ですね。キッドさんへの借りもありますが、まぁ、このお嬢さんに力を貸すのなら悪くないかもしれませんね)


 こうして、元暗殺者は、紺の王国の軍師補佐として仕えることになった。

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