②
いつも通り見張り番をしているのは二人だった。
どちらも顔馴染みだ。
本来であれば何を言わずともコロニーの中に入れてくれるだろう。
もしかしたら死んだと思っていた人間が帰ってきて、大騒ぎしてくれていたかもしれない。
だが。
「止まれ。どこから来た?」
顔はもちろん性別まで違えばこうなることは明らかだっただろう。
「……遠くのコロニーから来た。もう、ガーズにめちゃくちゃにされてしまったけれど」
仲間に嘘をつくのは忍びない。
だが、本当のことを話したところで時間の無駄だ。
ここに長居をする必要はないのだから。
「それは気の毒に」
「道中でレジストが拠点にしているコロニーがあると聞いてここまで来たの」
演技には自信がないが、ここはとにかく珍しくない難民を装わなければならない。
一刻も早く目的を果たしてレブルを出る。
目的はそれだけだ。
確実に怪しまれるヴァンクの小綺麗な服は、指摘したところ瞬く間に私たちの着るようなボロい布切れまがいの衣服に変わった。
姿を変えるなど容易い、と彼は言っていたが格好自体が気に食わないらしくあまり機嫌の良い顔はしていない。
それが逆に功を奏してたのか。
「後ろの子の顔、よほどひどい目に会ったのだろう。何も信じられないとでもいいたげな顔をしている」
と、都合のいい解釈をしてもらうことができた。
正直ヴァンクの正体を隠しておけるならば、だいぶ楽に物事が進むだろう。
「中に入るといい。うちも歓迎ムードではないから、寝泊まりをしてもらうくらいが精一杯だけれど」
簡単な持ち物検査を受けながら、浮かない顔をしている2人に目を向ける。
何かあったのだろうか。
「リーダーは今日寝ないはずだ。挨拶に行けば応対してくれるだろう。1番奥のビルだ」
レジストの眠らない夜。
今日、誰かの葬儀があったのだ。
死体があれば御の字な、亡骸があることすら珍しい葬儀が。
コロニーの中に入ると、いくつかの家はまだ明かりを灯している。
きっと、弔いをするのだ。
「ふむ、電気などは通っていないと思ったが、そんなことはないんだね」
「地下に大型シェルターがあって、そこで電気を起こせるから」
意外そうな顔をして辺りを眺めるヴァンクに応える。
「なら、その地下とやらで過ごせばいいじゃないか」
「昔の人嫌がったんだよ、大地が汚れていないなら人間らしく地で生きるんだって。五日の繁栄のために」
夢物語が描けた、遠い遠い崩壊の始まりにご先祖様たちはそう言ったらしい。
私たちはその言葉を守り、いつの日かの未来緑溢れる大地に文明を築くと決めた。
それが世界中にいるレジストたちの希望だ。
地に住み手を取り続ける限り、望みが消えることはない。
心底この言葉を信じられている人がどれだけいるのかはわからないが。
「あとは地下に篭ってると敵の襲来がわからないから。あくまでシェルターは核用のもの。外が死滅した世界になった想定で作られてるから」
当時の、むこう数百年は生活できる大規模シェルターを作った人々は思わなかっただろう。
中途半端に生活できる大地が残り、生き残った人間の奪い合いによって地上が地獄に変わるなど。
「ふぅん。じゃあ中で暮らさない方が合理的でもあるね。生き方の取捨選択、人間はよく頭を使うね」
感心しているのか興味がないのか、いまいち掴みどころのない口ぶりを聞きながら、私はこの先の建物に目をやっていた。
ある程度高かったであろうビルの上層階が破壊され、綺麗に下層だけが残っている。
崩れた残骸は建物の裏に瓦礫として積み上がっていた。
せっかくの立派なビルも、4階建てのあちこち部屋が潰れた廃墟と化している。
ここにコロニーレブルに住むレジストのリーダーがいるのだ。
「さ、じゃあリーダーとやらに挨拶しようか」
私とヴァンクはビルの中に入っていく。
エントランスには3人のレジストがいた。
私たちの顔を見るなり、当然だが呼び止められる。
事情を話すと通信機を取り出し、誰かと短く話したのちリーダーは2階にいるといわれた。
きっと話を通してくれたのだろう。
もしかするとメンバーと話をしているかもしれないが、気にせず中に入るようにとも。
きっと彼らも誰かを追悼しているのだろう。
やはりその顔はどこか悲しげな顔をしていた。
階段を上がり教えてもらった、部屋の前に来る。
何やら中から、大きな声が聞こえた。
「取り込み中……みたいだね」
「構うことはない。さっきの2人も中に入っていいと言っていたんだから」
ヴァンクが部屋をノックすると、言い争うようなやみ、ドア越しに「どうぞ」という声が聞こえた。
部屋の中にいたのはリーダーを含めて3人だった。
明かりはランプが数個ともされているため、顔までよく見える。
椅子に座り、大きな机に手を置く体格の立派な色黒の男。
コロニーレブルのレジストを率いている、ダル・リヴァルドだ。
「事情は聞いたよ。このコロニーを仕切る、ダル・リヴァルドだ。今日は好きな空き家を使ってくれ。必要なら寝袋も貸す」
若干疲れの見える顔でそう言う彼に、私はすぐに返事を返せなかった。
ダルが原因ではない。
ダルと話していたであろう男女。
私と同じくらいの2人。
名前も当然知っている。
ユアとレーナ。
私の。
僕の、大切な友人だ。
「……お前らも、ガーズに仲間をやられてここまで来たんだろ」
返事するタイミングを逃した私に、ユアが話しかけてくる。
その目からは憎しみと怒り、何より悔しさが感じ取れて、元々の鋭い目つきがさらに力強く人を睨むようなものに見える。
「ユア」
ダルが静止するように彼の名を呼んだ。
「なんだよ!!また偉そうに、みんなそうだとでも言いてェのか!?だろうよ!奴らがのうのうと好き放題してんだからな!!」
彼の怒声が響く。
泣き腫らした目を見て、今やっと誰の葬儀があったのか、理解できたような気がした。
何故ならきっと、ユアが死んだのなら私も同じように泣いて喚いていただろうから。
「誰もが、辛抱しているんだ。いま反抗しても無駄死にだろう。耐えるんだ。仲間さえ集まれば……」
「何人集まりゃいい!?何十、何百人か!?待ってる間に同じだけの人が殺されるだろうな!」
「ユア、ダメ。言い過ぎだよ」
熱くなったユアをレーナが諭した。
それを聞き、彼はバツの悪そうな顔をする。
「……悪い」
「ユア、レーナ。彼女らを必要なものがあるところまで案内するんだ。そして今日はもう帰りなさい」
ダルにそう言われ、2人は頷く。
私たち4人はそのまま、ダルの部屋を出た。
「ねぇ、あなた達はずっと一緒にここまで来たの?」
倉庫へ向かう廊下を歩いていると、レーナが問いかけてくる。
「ううん、違うよ。この子とはここに向かう途中で出会ったの」
「やっぱり。匂いが違うなーって思ったの」
目を閉じたまま彼女が笑う。
閉じた瞼は、その目が失明していることを示していた。
色白な肌が特徴的で、肩までかかる長い白髪とも合わさりいつ見ても儚げな雰囲気を纏っている。
「やっぱり納得いかねぇよ。俺は」
ユアが呟く。
よく見るとその横顔は疲れ切っていた。
一体いつから寝ていないのだろう。
「みんな気持ちは同じだよ。ダルも言ってたでしょ」
「気持ちだけでどうにかなってたなんざ、精々100年前までだろうが!もう気持ちで解決できる時なんてとっくに過ぎたんだ」
苛立ちが収まらない様子のユアを見ていると心がざわついて仕方がない。
私がリノ・マルクレアだと伝えれば、彼は救われるのだろうか。
その痛みから開放できるのだろうか。
口を開き、下唇を噛み、迷う。
友達なら、言葉にするべきだ。
彼はこんなふうに苦しみ続けるべきではない。
そんな様子を少し後ろから見ていたヴァンクが、私の右手を握る。
視線を向けると、その目は言わない方がいいと言っているようだった。
倉庫で寝袋と食料を受け取り、ユアとレーナに運ぶのを手伝ってもらう。
そのまま空き家まで案内すると言われ、ついていくとビルの近くにある家を紹介された。
「比較的ここなら綺麗だから、悪くないと思う。ゆっくり休めよ」
「ありがとう。ごめんね、夜遅いのに」
「気にすんな、どうせ今日は寝る気もないし、その資格もないしな」
自重気味に笑う顔を見ていると、心が痛む。
僕がガーズの男に追われる前、一緒に探索をしていたのがユアだった。
彼は装備もまともにない状態で、襲われている人を助けるのは不可能だと言って僕を止めた。
けれどそれを振り切って、銃声が聞こえたら逃げてとだけ伝え飛び出した。
きっとユアは僕の言葉を守ってくれたのだろう。
正しい判断をしてくれたのだ。
「よかったら2人とも、名前を教えてくれない?」
レーナがそう言う。
「ごめん、まだ言ってなかったね。この子はヴァンク。私は……」
思わず一瞬、言葉が詰まる。
迷いが捨てられない。
「……?」
沈黙はダメだ。
余計にためらいが出る。
私はもう、リノじゃない。リノじゃない。
言い聞かせるように、繰り返した。
そして。
「リノア、っていうの。よろしくね」
そう、口にした。
それを聞くと、二人が少し驚いた顔をしたあと小さく吹き出した。
「リノア、か。偶然もあるもんだな」
「うん。リノに似た匂いがするなーなんておもったけど、まさか名前まで似てるなんて」
彼女に不思議な特技(性質?)のようなものがあった。
匂いを強く感じることと、勘というにはあまりに鋭い直感を持っていること。
よくユアと一緒に驚かされていた。
こんな形で再会してまでそれに驚かされるとは思わなかった。
匂い、姿が変わっても変わらないもの。
変わらないものがある。
「ごめんごめん、私たちで勝手に盛り上がっちゃって」
「よし、じゃあ俺たちはいくよ。出発する前に一言声かけろよな」
二人がゆっくりと背を向け、出て行こうとする。
「待って!」
私は二人を呼び止めた。
「どうしたの?」
疑問を浮かべるユアとレーナ。
後ろからヴァンクがこちらを見つめているのがわかる。
呼び止めた、呼び止めてしまった。
言葉が続かない。
けれど、不自然に間を作るわけにもいかない。
私は小さく息を吐いてから、こう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます