第二話 揺蕩うように曖昧な繋がりの中で
①
私たちの暮らしていた、コロニーがある場所はそう遠くはない。
ただ廃墟から物資を持ち帰ることが仕事であったにも関わらず、気がつけば話しはよくわからないものに変わっていた。
世界の滅ぼす。
言葉で発するだけなら簡単だが、イメージが明確に湧いているかと言えば湧いていない。
横を歩く少年の考えていることがわからないのと同じように。
「もうすぐコロニーレブル。私の生まれ育った場所だよ」
意気込んでガーズの拠点を潰すと出て行こうとしたヴァンクだが、やはりもう少し情報を集めて行こうということに落ち着き、今は私の仲間に会いに行こうとしている。
この姿になってしまっては、リノ・マルクレアとして素直に再会を喜び会えるかと言えば、恐らく無理なのだろうが。
「はぁ……」
「随分と浮かない顔じゃないか。せっかく仲間たちに会えるというのに」
ヴァンクは嫌味のない笑顔をこちらに向けてくる。
それを恨めしそうに睨んでから、ため息を大きく吐いた。
「どんな顔して会えばいいの」
「その顔しかないだろうね」
やはりこのヴァンパイアはきっと性格が悪い。
ぶーたれていても仕方がないのだが、いきなり女性になったこちらの気持ちを少しは考えてはくれないのだろうか。
考えないか、うん。
あっさりと希望を切り捨て、足を進める。
「そう言えば、なんでわざわざ私を女にしたの?後、足の傷は?どうして治ってるの?」
回答が来るとは思えないが、念のためトライはしておく。
万が一、億が一くらいの確率ですんなりと教えてくれる可能性もある。
「うーん、ヒントならあげるよ」
ほら見たことか。
一度くらいすんなりと答えを返してもらえないだろうか。
「僕は、元いた世界で吸血鬼とも呼ばれていた。血を吸う鬼だ。ヴァンパイアも意味として同じなんだよ」
血を吸う。
血を栄養にして生きているということだろうか。
そういう意味では、昆虫などにも吸血をして生きる虫がいる。
珍しいし、奇怪だと思うがそこまで驚くほどでもない。
「血を吸うってすごいな。あんまり想像できない。……で、ヒントは?」
「今のだけど」
「わかるかぁ!!」
血を吸います、さあ何故君を女性にして、且つ傷を治せたでしょう?なんて問題が悪すぎる。
徹頭徹尾、出題者が悪い。
回答者の非はゼロだ。
「時間が教えてくれるさ。この先に闘争があるなら尚更ね」
綺麗に切り揃えられた爪を眺めながら、彼はまた笑った。
こんなに争いごとを楽しみにしている存在が他にあるだろうか。
生物なら皆避けたいものだろう。
「まったく……そろそろコロニーに着くよ。だいぶ遅くなってきてるけど、みんな起きてるかな」
「リノの同胞たちとご対面か、楽しみだね」
ご対面か。
仲間たちにどう説明すればいいのだろう。
死にかけていたところを謎の美少年に助けられて、気がついたら女の子になる契約をしてて、今世界を滅ぼす手伝いをしています。
いや、正気じゃない。
信じてもらえるはずがない。
齢17にして痛い子認定なんて屈辱、耐えられるはずがなかった。
「はぁ……」
「ため息ばかりやめなよ、辛気臭い」
誰のせいで……とは言えなかった。
ヴァンクがいなければきっと、私は死んでいたのだから。
命の恩人が悩みの種とは、こんなに困ることはない。
「お、何か見えてきた。あれがコロニー?」
指さす方向には灯りが見える。
どうやらまだ、みんな寝静まってはいないようだ。
「そう。コロニーって言っても廃墟を再利用しただけだけど」
住んでいる人数もそれほど多くはない。
人口は50人程度だ。
それぞれがレジストとして役割が与えられている。
十分ではない資源をなんとかやりくりしながら生活していた。
「見張り当番に話を通して、中に入れてもらおう」
ガーズの襲撃が無いように、コロニーには常に交代で見張りをする。
訪問者は見張り番から身体検査を受けたうえで、中に通されるのだ。
基本的に銃火器は一切持ち込みができない。
「おっと、その前にリノ」
「なに?」
ヴァンクに呼び止められ、私は足を止める。
「まさか素直に、私は女だけどリノ・マルクレアですー。実はヴァンパイアと契約して変わっちゃいましたー。なんて言うつもりじゃ無いだろうね?」
どうすれば良いか思いつかなったことに、鋭く突っ込まれる。
「君はもう元のリノ・マルクレアじゃない。それは絶対の理。だから新しい名前が必要だ」
そう言うと、空中に赤い文字が浮かび上がる。
どうやらリノ・マルクレアと書かれているようだ。
今更文字が浮かび上がったくらいで驚きはしない。
何をするつもりなのだろう。
「シンプルな方がいい。それでいて君がいた証も消さないとすると……これだ」
真ん中の何文字かが霧散するように消えていく。
同時に残った文字が繋ぎ合わせられていった。
「リノ……ア?リノアって書いてある」
「ああ。あまり変わってはいないが、このくらいがちょうどいい」
これが私の新しい名前になるなんて、あまり実感は湧かなかった。
「リノア、リノアか」
けれど、どこか喜びを感じている自分もいた。
性別が変わったのに中身は元のままで、ふわふわとしていた自分が一つになっていくようなそんな不思議な感覚。
何かが結びついたように思えた。
「名前とは存在の証明。魂と肉体の垣根を壊し、自己の根拠を担う一端となる。だからこそ名はあるべき形をなさなければいけないんだ」
「わかりにくいけど……要するに名前は心と体をつなげてくれるものだから、姿形に合わせたものを持ちなさい……ってこと?」
「そういうこと。他者にとっても、その者を正しく認識するために必要だから」
正しく認識。
大切なことだと思うが、この場合の正しさとはどこにあるのだろう。
本当の名前も性別も無くして。
でもなお、自分を自分たらしめる確かなもの。
それは一体なんなのだろう。
考えたこともなかった。
その人間をその人間たらしめる何か。
つい思考を巡らせてしまう。
遠くに漠然とあった疑問が不意に目の前に現れたようだった。
女性になり、名前を捨てるなど普通は受け入れらないはずだ。
ましてや自分で選んだわけでもない。
結果的に選ばざるを得なかっただけだ。
でも、今。
どこかで受け入れてしまっている。
然もないものであったように。
これは諦めなのだろうか。
「お姫様、考え事もいいけどさ。もう少し後回しにしようか」
ヴァンクの言葉が不意に耳に届き、我に帰る。
「頭の中をこねくり回すのは必ずしも、解に通じるとは限らない。疑問がふと湧くように、答えもふと湧いてくるかもしれない。だから先に進もう、リノ」
ヴァンクの目は優しげに諭すようで、月夜に浮かぶ赤い灯火がそこにはある。
冷たさも暖かさももつ、矛盾だらけの火。
けれどそれは、明るい月よりも道をしっかりと照らしてくれている、そんなふうに感じた。
「……もしかして考え事してるの、わかりやすい?」
「ああ、とっても」
歯を見せて笑うと、彼は前を向いた。
大人で子ども、ヴァンパイアで美少年。
いろんな顔でこちらを揺さぶる姿に、少し腹が立ってくる。
「さ、そろそろ中に入れてもらおう。任せたよ、リノ」
「はいはい。この世界のことを知らない異世界人には無理だもんねー」
「おっしゃる通り、だから頼りにしてるよ?」
嫌味も流された挙句追い討ちを喰らい、いよいよ自分に恥ずかしくなってきたので返事はせずに前に進む。
コロニーの入り口はもう目と鼻の先だ。
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