②
目を覚ますと、コンクリートの天井が見えた。
身体はあちこち痛いけれど、気を失う前に比べればだいぶ良い。
ここはどこだろうか。
少なくとも雨風が防げる場所だということはわかる。
僕は、ガーズの男に殺されかけて……。
そうだ、赤い目の男の子に助けられたんだ。
夢のような話だけれど、ケガが現実なら全て現実なのだろう。
「ん?目を覚ましたのか?」
聞き覚えのある声がする。
この澄んだ声音はあのときの。
「ああ、身体は起こさなくていいよ」
誰かが顔を覗き込んできた。
その誰かを見て、反射的に慌てて体を起こそうとしてしまう。
「あーーーっ!!さっきの!!……って、いたたたたた!」
身体中に痛みが走った。
「だから言ったのに。怪我人は安静にしないとさ」
銃で頭を撃たれて死ななかった化け物?を目にして落ち着いていられるはずがない。
「いや、ちょっ、きみ!えっ、ん?これ、誰の声?えっ?」
自分の喉から聞き慣れない女性の声がする。
辺りを見渡すが少年以外には誰もいない。
あたふたと首を振っている僕が面白いのか、彼は愉快そうに笑っていた。
「君だよ、君」
指を指され、ふと自分の体に触れるとこれまた触り慣れないものを触った感覚がする。
僕には本来ついていないものの感覚だ。
というか初めて触るような……。
「なっ、えーっ!?!?どういうこと!?」
胸に見たこともない膨らみがある。
指も細くなり、とても男のものとは思えない。
声もやはり僕の口から発されているようだ。
喉を触っても喉仏の気配もない。
体に触れて指に帰ってくる弾力も、本来の自分の体とは全く別物だった。
わけもわからず少年の方へ顔を向けると、声を出して大きく笑っている。
「なにこれ!?ちょっと、何か知ってるの!?」
一通り笑い尽くしたのか、少年は息を整えながらこちらを見る。
「あーあ、面白かった。もちろん知ってるよ、僕がやったんだから」
今度の笑みは悪戯が成功して喜ぶ子どものものだった。
「君は僕と契約したんだ、君の願いを叶える代わりに僕の願いを叶えてもらうってね」
彼が手のひらを上に向けると、そこに一枚の紙が現れる。
突然紙が現れたことに驚く暇もなく、僕に向けてその紙が差し出された。
手に取ると、見たことがない文字であるにも関わらずなんとなく意味がわかった。
「契約書……誓いと約束?」
「そう、誓いと約束だ」
契約書?には細々としたことは書かれておらず、誓いという欄と約束という欄、それと署名欄が2人分載っているだけだった。
1人目の欄には僕の名前が刻まれている。
「契約内容はこう、僕は君を裏切らないという誓いを立てた、その代わり君に女性になるという約束をしてもらった。そして君は僕に信念を捨てないと誓いを立て、自分を何者かにするという約束をさせた。便利なことに、直接文字を書かなくても思いが繋がれば文字が表れるみたいでね」
「……は?」
うっすら記憶には残っている。
死にかけていたとき、確かに僕は何かを誓えと言われてこの状況が変わるならと、誓いはした。
「……誓、う。僕は、決して諦めない」
まともに声になっていたかは不明だけど。
「全然状況がわからない。そもそも契約内容も意味わからないし!」
耳に届く声にいつまでも慣れがこない。
変な気持ち悪さばかりが沈澱していくようだ。
「今から説明するさ。君から聞かなきゃいけないこともあるし。ただその前に名前ぐらいはお互いに教えておこうよ」
瓦礫の上にゆっくりと太々しさすら感じるように、彼は腰を下ろして足を組む。
あそこは僕の目に見えていないだけで玉座なのだろうか。
肘を立ててアゴを掌に乗せる様はどこかの国の傲慢な王様にしか見えない。
「僕の名前はヴァンク・カイン・ミルナード。ヴァンパイア、吸血鬼、ノスフェラトゥなどと呼ばれる存在だ」
ヴァンパイア?
なんなのだろう、人種の話だろうか。
聞いたことがない。
死んだはずの体が再生したことと関係しているのだろうか。
「……随分呆けた顔をしているね。これでも反応を待っているのだけれど」
「えっ、あー。ごめん。そのヴァンパイアとかって何かわからなくて」
それを聞くと彼の目が大きく見開く。
今までの余裕綽々な様子とは打って変わってショックを受けているのがよくわかった。
少し可愛い。
「いや、まあ、うーん。いや、仕方ないことなんだ、そうだな。ここは僕のいた世界じゃないだから、そりゃあそうだ」
「……ちょっとまって君の世界じゃないって何?」
「言葉通りの意味さ、僕はこの世界で生まれたわけじゃない」
「えーーーーーっ!?」
目の前の少年は何を言っているのだろう。
他の世界?
そんな夢物語を本気で言っているのか。
彼の様子を伺うが、からかっている様子はない。
ただ何かに合点がいったらしく、
「あー、こちらの方が驚かせられるのか」
と興味深そうに何度か頷いていた。
「いやいや、信用できるわけないでしょ!!」
あり得ない。
この世界以外の異世界があって、そこから来訪者があるなんて。
世界が滅びる前の創作物でもあるまいし。
「君は自分の目を以上に信用するものがあるのか?」
「うっ」
言葉に詰まる。
銃弾を受けても死なない身体。
一瞬でガーズの腕をもいだ速度と力。
確かに常識で説明できる事象がない。
「起きた事象は全て起きたことだ。信じる、信じないなど尺度の話でしかない。物事を許容する器が小さいのは良くない」
自分よりもずっと小さい子どもに説教をされてしまった。
流石に心にくるものがある。
「じゃ、じゃあ君は……」
「ヴァンク・カイン・ミルナード。名乗ったはずだが」
よほど名前を呼ばれなかったことが気に食わなかったらしい。
ぴしゃりと言葉を遮られた。
「……ヴァンクは、どうしてこの世界に来たの?」
「うーむ、話すには長いのだけど。簡単に言えばこの世界を滅ぼしに来たんだ」
「へ?」
何を突拍子もないことを言っているのだろう。
なぜそんなことをする必要があるのかがわからない。
それに。
「……そういうことなら、おあいにく様。とっくにこの世界は終わってるよ」
小さくため息をつくと、僕は少しずつ口を開いた。
僕らの住む大地はアンブレルと呼ばれている。
正確には呼ばれていた、となるが。
今から200年程、国と呼ばれる国全てが戦争を起こした。
世界規模の大きな戦争。
引き金になったのはとある大きな国と小国の紛争だったらしい。
当時の人類は今よりずっと発展した文化を持っていて、それこそ争いも小さな銃で人が殺し合うのではなく、世界を滅茶苦茶にするような爆弾を撃ち合って行われたらしい。
その結果人間という人間の大半が死に絶え、大地の多くが水の中に沈んだ。
国や政治もなくなり、今は唯一残ったこの大陸で皆がゆっくり死ぬことを待っていた。
そのうち資源や食糧も少なくなり、土地や食べ物の奪い合いが生まれ。
力のある者が、全てを支配するようになっていった。
それが今のガーズと呼ばれる存在だ。
僕たちはそれに立ち向かう組織、レジストに所属している。
けれど結局これももう、絶滅までの時間を歩むだけの時間でしかない。
もうこの世界には未来などないのだから。
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