エピローグ ソフィアと友人達とモフモフの日常
ソフィアがこの異世界という名の地球に来訪し、猫島を解放してから二ヶ月余り経った後、避難していた島民達も大半が帰島しており、ここ猫島は以前のような街の姿へ完全復興の様子を見せていた。
戻ってきたのは人間だけではない。崩壊前に保護猫として、各方面に大事に預けられていた猫達が徐々に戻ってきていたのだ。
猫島と云われている島だけに、元々ここは謂わば猫のパラダイスであった。多種多様の猫が街中に溢れ、島民との共存をしている内外でも有名な島。そんな猫島を襲った悲劇から約二年、ついに猫島としての本来の姿を取り戻そうとしていた。
「ソフィア様っーー!、ソフィア様っーー?」
神楽が神社の境内で、大声を張り上げる。周辺にいた参拝客も、そんな神楽の姿が珍しいのか只ならぬ様子に目を見張っていた。
当の彼女は何やら我慢できないといった様子でソワソワしており落ち着かない。
そんな主である神楽の様子に、即座に駆け寄り声を掛ける燕。
「神楽様、どうなさいましたか?」
「あっ、燕。ソフィア様を見なかったかしら?」
「ソフィア様? それならいつも通り、漁港の辺りじゃないでしょうか?」
「漁港ですね。それではちょっと、私は行って参ります!」
神楽は彼女からソフィアの居場所を聞き出すと、足早にその場を離れる。
「あっ!? 待って下さい! 私も参ります、神楽様!」
慌てて神楽の後を追う、燕。護衛を伴うという認識すら忘れている神楽に一抹の不安を感じながらも、只事ではない様子に二年前の記憶が蘇り、内心では動揺していたのだった。
◇ ◇ ◇
「おっ? ソフィアちゃん! 今日も猫かい?」
「ん、漁港には猫ちゃんいっぱい。楽しい」
「あっはっはっは! 猫と云えば魚だからねぇ」
「おかる、腰は大丈夫?」
「ああ、もうソフィアちゃんのお陰でバッチリさ! 数十年振りだよこんな楽なのは、ありがとね!」
「ん、良かった」
ソフィアが漁港にいた恰幅の良い壮年の女性と話し込んでいる。会話の内容から恐らくソフィアが、おかると呼んだ女性の腰を治癒魔法で治したのだろう。
当然ではあるが、ソフィアはこの猫島では誰よりも有名になっていた。故郷を追われ壊滅した島をコカトリスや百万の魔物の群れから取り戻し、あまつさえ瓦礫と化した猫島の街並みを一瞬で取り戻したのだ。尊敬するなという方が無理である。
だがソフィアは、そんな島民の畏敬などは一切望まなかった。以前の世界でも同様な事は往々にして多々起こったのだ。その度にソフィアは萎縮し畏怖しながらも神を見るような眼差しで見てくる住民達に自身が気後れし、結局その地を去らねばならないという事が繰り返された。
なのでソフィアは神楽に事前に相談していたのだ。そこで神楽はソフィアを只のいち猫島民として接するように、帰島する者達全員に申し送り合わせる事にした。
元々猫達を島の猫として世話をしている気の良い島民達は、神楽の話を聞きもろ手を挙げて殆どの住民が賛成、納得に至ったのだ。
中には島の英雄であるソフィアのそんな悲しい過去を聞き、憐憫の涙を流す者、怒りに打ち震える者、同情する者など三者三様であった。
『たしかにソフィア様は猫島の英雄であり恩人です。しかし彼女自身がその立場を望んでおりません。ソフィア様はただ、猫達や私達友人達と猫島で平和な日常を暮らせれば良いと仰っています』
神楽のこの言葉に島民は感銘を受け、こうしてソフィアが自由に島内を歩き回っていても過剰に反応する事は無く、見守りつつ気軽に接するようになってくれたという訳だ。
だが問題はあった。その一つがインフラだ。はっきりいってしまえば、ソフィアは魔法ひとつでこの広大な島を自由にする事が可能である。
つまりこの街のインフラ従事者達の職を失いかねないのだ。そこで神楽と市長である鈴音は、制約を設ける事にした。それはインフラに関わる根幹事業には、なるべくソフィアの魔法に頼らないようにする事、である。
そもそもソフィアがいつまでも猫島に滞在しているとは限らない。その時になってインフラが破綻していては目も充てられないのだ。
ただ離島である事を鑑みて、どうしても時間的な問題もあり島の中だけで解決できないような切羽詰まった状況の時にのみ、ソフィアに頼る事は可能と島民達は自主的に定めていた。
島民達はこの猫島を救ってくれた心優しい猫好きの少女が、余計な煩わしさを抱えずにのんびりと過ごして貰える事を望んだのだ。
もちろん島民全員が善人な訳ではない。中にはソフィアのその力を金儲けに使おうと企む奴等もいる。まあ、そういう輩は猫足衆によって大体アレコレされて放逐されるのだが。
なのでこの件はソフィアには一切知らされていない。ただし余談だが、おかるに治療した時のようにソフィアが自主的に魔法を行使した場合は、ノーカンという事にしている。
閑話休題
「あ、キスケ。おいで」
「ニャー」
ソフィアが一匹のグリーン色の目をした茶トラの猫を見つけ、名前を呼ぶ。呼ばれたキスケという、一斤パンのようなボディを持つ雄猫が、ボテボテとソフィアが突き出した手に歩み寄る。
「フフ、キスケはポッチャリしててカワイイ。でもちょっと太りすぎ」
「ニャー、ニャ」
『太ってニャい』とでも言いたそうなキスケを前に、ソフィアは餌を亜空間倉庫から取り出して与えた。
「はい。私が作った猫ちゃん用ダイエット食。栄養価も満点でおいしく満腹感も大きい」
「ニャ」
「フフ、おいしい?」
「ゥニャ」
ソフィアが与えた餌を満足そうにガツガツと一心不乱に食べるキスケ。余程旨かったのか、あっという間にフードボウルから餌が消える。
「ニャー」
食した後は満足そうに口回りを舐め、ソフィアに『馳走になった』とでも言ったのか、一声鳴くと背を向けフラフラと何処かに消えていく。ソフィアはその姿を黙って見送っていた。
「猫ってのは気まぐれだからねぇ。全くこっちの気持ちはお構いなしさ。ま、そこが可愛いんだけどね。あっはっはっは!」
「ん、そこが猫ちゃんのかわいい所」
ソフィアはおかるの言った言葉を、復唱するように紡ぐ。
彼女は猫の生態をこの二ヶ月つぶさに観察していた。追いかけると逃げ、去ると追ってくる。構いすぎると怒るので少し放っておいたら、それはそれで今度は怒るという気分屋な性質。まるで寄せては返す波打ち際のようである。
だが彼女は悟った。それこそが猫の猫たる所以なのだろう、と。
それ以来ソフィアは、基本的に猫の自由に任せ過度な干渉はしないで見守るようになったのだ。もちろん、甘えている時は全力で構い倒すのだが。
「ソフィアさーーん!」
そこへやけに声が大きい者からソフィアの名を呼ばれる。聞き覚えのある声だった。恐らくこの猫島に越してきた海星だろう。
「海星、これからダンジョン?」
「そうッス! いや~、最近DunTuberとして人気出ちゃって! 俺の配信を待っているファンが多いんで!」
「ん、よかった。気を付けて」
「はいッス! じゃ、行ってきます! おかるさんも無理すんなよ!」
「あたしはまだそんな年寄りじゃないよ!」
「ハハハ、それだけ元気がありゃぁ大丈夫だ! よっしゃ~! 待ってろよ、俺のファン達よーーー!!!」
そう叫びながらダンジョンの方に走り去っていく海星。
「まったく、あの元気はどこからくるのやら……おや? どこか行くのかい、ソフィアちゃん?」
「ん、ギルドのボスと瞳に会いに行く」
「そうかい、瞳ちゃんとボスに宜しく言っといておくれ」
「ん、わかった」
ソフィアはおかると別れ、ギルドに歩き出す。意外な事だが、あの面倒くさがりだったソフィアは転移魔法をあまり使用しなくなっていた。
理由は当然、猫の為だった。街を散策すれば猫に行き当たる、そんな場所だからこそ一匹でも多くの猫に会う為に、最近は歩くようにしている。
◇ ◇ ◇
「ソフィア様っーー!、ソフィア様っーー?」
「おや? 神楽ちゃん、ソフィアちゃんを探しているのかい?」
「? ああ、おかるさん。ソフィア様を見ませんでしたか?」
「ああ見たよ。二時間位前までここにいたんだけどねぇ。ギルドのボスと瞳ちゃんに会いに行くって言ってたよ」
「ギルドですね、ありがとうございます!」
「どうしたんだい? 神楽ちゃんは……あっ、燕ちゃん。最近幸夫の奴は見ないけど、どうしたんだい?」
実はおかると千鶴と幸夫は同い年の幼馴染みである。最近見かけなくなったので少し心配していたのだ。
「え!? ああ、父は母が『鍛え直す』といって東京に連れて行きました。父が経営していたネットカフェは今、桃達三つ子が引き継いでますよ」
「はぁ~、そうだったのかい。千鶴は相変わらずだねぇ。ハッハッハッ」
「そうなんです、相変わらずです……あっ、待って下さい! 神楽様! おかるさんすみません、失礼します!!!」
「……何だか忙しないねぇ」
嵐のように来て去っていく二人を眺め、おかるはそっと呟いたのだった。
◇ ◇ ◇
ソフィアはおかると別れた後、猫島の探索者ギルドへと足を運んでいた。もちろんその道中にも色々な島民や猫達とのふれ合いがあった。時間をかけながらここに辿り着いたのだ。
そしてギルド内部に入ると、彼女は一直線にある場所へ向かう。
「ボス、元気だった?」
「ニャゥン」
「フフ、そう良かった」
ギルドで一番日当たりが良く、フカフカのクッションが敷いてある場所。それがボスと呼ばれるキジトラ猫の日々の居場所であった。ソフィアが声を掛けると素直に返事をくれる。
ボスはメインクーンの血が混ざった雑種の雄猫で、ヘーゼル色の目と茶色、黒の縦縞模様に大きな体躯、長毛なたてがみがライオンを思わせるので名付けられたそうだ。
一説にはギルド長の飼い猫ではないか、と云われている程に様相が良く似ている。まあ本人は否定しているが。
またその名の通りにボスは、この辺りの縄張りを取り仕切るボス猫である。
「あっ!? ソフィア様! 私に会いに来てくれたんですか?」
ギルド内部でソフィアとボスを遠巻きに見ている探索者の中から、勢いよく飛び出してくる一人の女性。
背は奈海より少し高い。ショートで切り揃えた黒髪に、額に鉢金を巻いている。身体もかなり鍛えているようで筋肉質な体格。相当な戦士である事は足の運びから察しがつく。目は大きな眼に二重、一文字に結んだ唇は彼女の凛々しさと美しさを体現していた。
「ん、小松、元気? 腕はどう?」
「大丈夫です! バッチリですよソフィア様!」
ソフィアが小松と呼んだ彼女は本名を武田小松といい、コカトリスによって右腕を石化され探索者として絶望の縁にいたのをソフィアによって救われた存在である。
治った右腕をブンブンと振り回し、絶好調といわんばかりにアピールをしていた。
「良かった。小松はこれからダンジョン?」
「はい! 今日こそは100階層目指します! 剣二の奴に随分と先を越されちゃいましたからね」
「ん、気を付けて」
「有り難うございます! では行ってきますね!」
ソフィアにそう言って片手を上げ、とって踵を返すと来た時と同様に勢い良く飛び出していく小松。
「フフフ、やれやれですね。治った途端にあれですから。また無茶をしなければ良いのですが……」
後ろからそう声を掛けてきたのは、このギルドの副ギルド長である高坂瞳である。ギルド長の小山内が片桐と共にダンジョンに籠っている今、実質ギルドを仕切っているのは彼女であった。
スラリとした体型にタイトなスカートタイプのビジネススーツ。ワンレンを右に流したモカブラウンの髪、意思の強そうなパッチリ二重の吊り目。一目で仕事が出来るビジネスウーマンであるというオーラを周囲に放っていた。
「瞳、呼ばれたから来た」
「ええソフィアさん、お迎えに上がりました。最上階の貴賓室に参りましょう」
瞳がソフィアを誘導し、貴賓室へと繋がるエレベーターへと向かう。
実はソフィアが亜空間倉庫に未だに大量に持っている魔物の死骸ではあるが、さすがに無料で引き取るという訳にはいかなかったらしい。ソフィアは固辞したのだが会計上そうもいかず、その為の話し合いに来たという訳だ。
猫を養うにもお金が掛かるし、この世界での暮らしにも当然だがお金は掛かる。いつまでも神楽に世話になる訳にはいかないので、ソフィアはその申し出を受ける事にした。
もちろん魔物売却金を全て受けとる気はない。経費やソフィアへの多少の報酬を除いた殆どを事前団体や復興基金に寄付をするつもりなのだ。
しかし問題もあった。ソフィアは身分証が無い為、銀行口座を作れない。さらにこの時代、ほぼ総キャッシュレス化が済んでおりスマホは必須アイテムだったが、こちらも身分証がないので作れなかった。今日はその件についても話し合う予定である。
「ガッハッハッハッハ! この勝負、俺の勝ちだな片桐! まだまだおめぇには負けねぇぜ!」
「そう言っていられるのも今のうちですよ、小山内さん」
エレベーターに乗り込もうとした瞬間、入り口から聞き覚えのある喧しい声がギルド内に響く。
「……すみませんソフィアさん、少しお待ち頂いても宜しいですか?」
「ん」
そうソフィアに言うと聞き覚えのある声の主を標的と定め、瞳は颯爽と踵を返す。只ならぬ雰囲気に周りの探索者達も、モーセが海を割ったように自然と避けてゆく。空いた通路へカツカツと、ヒールの音を床に刻ませ、顔を暗黒微笑に染めながらソレに詰め寄る。
「……良いご身分ですね、小山内ギルド長?」
「うん? おお、瞳じゃねぇか! どうしたこんな所で?」
「こんな所で……へぇ。逆にお聞きしますが、あなたはどちらへ?」
「ん? ああ、片桐とちょっとな! ダンジョンで魔物をどっちが多く狩れるか勝負をしててよぉ、もちろん俺が勝ったがな! アッハッハッハッハッハ!」
「ほぅ、それはそれは。楽しかったですか?」
「ああ、つい夢中になりすぎちまってなぁ! アイテムボックスが一杯になったんでこうして帰ってきたわけよ!」
触らぬ神に祟りなし。既に色々な事を察した探索者達は避難をしており、この場には誰もいなかった。流石、コカトリスで学んだだけの事はある者達だ。危険予測は並みではない。
……ついでに片桐も、ちゃっかり避難していた。
「……すみませんが小山内さん、ちょっと屈んで貰えませんか?」
「?? ん、なんだ? まあ別に構わんが?」
瞳に言われ、腰を落とし屈む小山内。ちょうど瞳の腰の辺りに顔がきた時に、ふいに手が延びてくるのが小山内の視界に入る。
「イダダダダダダダダダダダッッッ!!!!!????」
「私が! どんだけ! 苦労! してるか! 知らない! ですよね!?」
「アダダダダッッ!! く、苦労ってなんだ!?」
万力のような握力で、小山内の顔をアイアンクローで締め上げる瞳。彼女はこの日の為に日々の忙しい間をぬって、握力を鍛えたという。
「あなたが! 毎日! 遊び! 呆けてる! から! 私の! 負担は! 今や! ブラック! 企業! 並み! なんです!」
「イダダダダッッ!!! す、すまん! 知らなかった! だからこれ外してくれ! 頭が割れちまう!!!」
「割れたら! ソフィアさんに! 治して! 貰います!」
「冗談だろ!? アダダダダダッッ!!! 頼む! 俺が悪かった! これからは身を入れて働く!」
「……本当ですね? 嘘だったら今度は承知しませんよ?」
「本当だ! 今度は絶対に本当だ!」
小山内の必死の懇願がギルド内に響く。その様子を見ていたボスは『またかニャ』とでも言いそうな顔で二人を見守っており、慣れているのか飽きたのか、時折アクビをしていた。
「……まあ、いいでしょう」
「ハァッーーー、フゥッ……また死ぬかと思ったぞ」
地獄のアイアンクローから解放された小山内が、その場にへたり込み、シャレにならない冗談を吐く。
「さて、それでは早速、約束の方を果たして貰いましょうか」
「え? 今からか? 汗も掻いたし、ちょっとひとっ風呂浴びてから……」
「そんな時間はありません。さ、行きますよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! え、襟を引っ張るな! お、おいっ!」
小山内の襟首を引っ張り、強引に連行する瞳。その姿は美女と野獣ならぬ、美女調教師と飼い慣らされた猛獣といった
「あっ! すみませんソフィアさん。今日の所はこういう訳ですので、また後日こちらから神楽さん経由で連絡致します。ご足労頂いたのに、大変申し訳ありません」
小山内を引き摺ったままソフィアの前にやって来た瞳が、一礼をしてから今日の会合が無くなった事を申し訳なさそうに告げる。
「ん、大丈夫」
「そ、ソフィアの嬢ちゃん! た、助けてくれ!」
「……頑張れ」
「そ、そんな! 薄情もん! アッーーーーー!!!……」
助けを求めてきた小山内を華麗にスルーしたソフィアは、エレベーターに乗せられてゆく躾られた猛獣を、静かに見送るのだった。
「……やれやれ、危うく巻き込まれる所だった」
「逃げた?」
「そりゃぁ逃げる。高坂さんは昔から、怒ると鬼になるからな」
「オニ?」
「ああ、異世界風にいえばオーガ、だろうか?」
「ん、理解」
小山内が去った後、物陰から片桐が顔を出しソフィアに瞳の正体を暴露する。
「そういえばあの石化していた三人が、ソフィアさんに改めてお礼をしたいと言っていた」
「ん、大丈夫。三人は今は?」
「あいつらは久々に家族水入らずで過ごしてる。心配掛けた分、しばらく親孝行するみたいだ」
「片桐は?」
「ああ、俺と小松は棄児なんだ。だからその辺は心配ない」
さらりと重い言葉を口にする片桐。実は小松が必死にダンジョンに突入を試みようとしたのも、こういう深い事情が絡んでいたのだ。
「……ごめん」
「いや、気にしないで欲しい。血の繋がった家族はいなくても、俺と小松には剣を教えてくれた師匠がいるので。まああの人は帰って来るな、修行しろというお人なんでな」
蒼天一刀流道場の主であり、片桐と小松の師匠である。幼い頃から二人、この道場にて腕を磨いていた。いわばこの二人にとっては親代わりであった。
「これからソフィアさんはどうするんだ?」
「ん、奈海と雛を迎えに行く」
「ああ、猫島高校か」
こちらに転校してきた奈海と神楽の妹である雛は、猫島にある高校の一つで共に同学年同クラスで学んでいた。雛は高校が再開されたのを期に、首相官邸から戻って来ていたのだ。
「ん、そっちは?」
「俺は魔物を清算したら、もう一度ダンジョンへ行こうと思っている」
「小松と海星が行ってるから会うかも?」
「承知した。それじゃ、また」
「ん」
片桐が手を数瞬上げ、別れの挨拶を交わす。そのまま清算カウンターへと消えていく。
その姿を見送ったソフィアはボスに近づき、そっと柔らかな毛並みの頭を撫でる。
「またね、ボス」
「ニャーゥ!」
ボスに見送られギルドから出たソフィアは、ギルドからほど近い猫島高校へ歩を進める。
彼女が去ったギルドからは、いつもの喧騒が聴こえていた。
◇ ◇ ◇
「あっ!? 片桐さん! すみませんがソフィア様を見ませんでしたかっ!?」
「神楽さん、随分慌てているな……ソフィアさんなら三十分程前に猫島高校へ行ったが?」
「猫島高校ですね! ありがとうございます、失礼します!」
「あっ! 神楽様ーー!!! か、片桐さん、すみません失礼します!」
「……一体何なんだ。またコカトリスでも出たのか?」
◇ ◇ ◇
「あっ! ソフィアちゃーーん!」
ソフィアが猫島高校の校門前に辿り着くと、折よく奈海と雛の二人に出くわす。
「ん、迎えに来た」
「あれ? 今日は用事があるんじゃなかったっけ?」
脅迫の件があってから念の為にソフィアは、奈海の送り迎えをしていたのだ。自身が巻き込んでしまった罪滅ぼしではないが、多少の打算も含んでいると言えよう。
通学路の途中に、ある猫ちゃんがいるのだ。
「無くなった」
「そっかぁ、じゃあ一緒にマダムに会いに行こうか?」
「ん」
「それじゃあ私、先に帰るから」
そう言って、その場を去ろうとするのは神楽の妹の雛である。身長は奈海より頭一つ低い。髪はサラサラの黒髪で、肩甲骨まであるストレートロングだが前髪が長く、目をすっぽり覆っていた。スタイルは神楽に似ていて豊満だ。どうやら姉妹揃って覚醒遺伝したらしい。
「はい、捕まえた~」
「ちょっと!? 何すんの、奈海?」
「せっかくソフィアちゃんが来てくれたのに、一人だけ帰るはないでしょ?」
そんな雛を『返さないぞ』とばかりに腕を絡めて立ち止まらせる奈海。
「別にソフィア様がどうとかじゃなくて、早く帰って機械いじりがしたいだけだから」
「それは夜でもできるでしょ? マダムは今しかいないんだよ?」
「……いや、むしろ猫は夜行性だしマダムはいつもあそこにいるでしょ」
「ごちゃごちゃ言ってないで出発!」
「出発も何も帰り道だし……ハァ」
女三人が連れだって歩く。端から見れば見事な凸凹トリオである。
余り気乗りがしていなさそうな雛だが、悪い気はしていない。この喧しくもお節介な新しく出来た友人は、雛が持ち合わせていない真逆のような性格で、一見水と油に見えるがそうではなかった。要はお互いがお互いを補完するような関係で、割りと居心地が良かったのだ。
「雛は照れ屋」
「ソフィア様っ!?」
「あーー! そうなんだ? 雛、照れてんだね?」
「違うからっ! フゥーー……この二人といると、ツッコミが二倍になる……」
歩いていると、ある公園の一角に辿り着く。そこのベンチに目的の猫はいた。ペルシャ猫の血を引いており、フワフワモコモコの長毛はまさにマダムの名に相応しくゴージャスである。色はクリームを基調とした五色のハイブリッド、目はブルー、丸い顔と愛嬌のあるつぶれたお澄まし顔がチャームポイントの雌猫だ。
「マダム、おいで」
「ニャォン」
ソフィアが呼ぶと、歩く度にシャナリ、シャナリとでもSEが付きそうな雰囲気で、優雅にこちらに向かって来る。
「うーん、いつみても気品あるよねぇ」
「飼い猫みたいな雰囲気あるよ」
「マダムはゴージャス」
「それ、名前みたいになってます、ソフィア様」
「フフ」
雛のツッコミはさておき、ソフィアは亜空間からフードボウルを出してマダムに餌を与えた。キスケと同じく彼女自作のおいしい餌である。まるで貴族の晩餐のようにそれを食すマダム。ソフィアはそんなマダムの背中を撫でてやり、毛並みを整える。
「ニャゥン」
気持ち良さそうにその名の如く、猫なで声をあげるマダム。
そこへ見知った声が遠くの方から掛かる。
「ソフィア様っーーー!!!」
「ん? 神楽?」
土煙が上がりそうな勢いでこちらへ駆けてくる神楽。その後ろからは同じように全力失踪の燕。
「ぜぇぜぇぜぇぜぇ……」
「か、神楽……ぜぇ……様」
「お姉ちゃん……大丈夫?」
「燕さんも平気?」
息切れを起こしてその場でヘタって座り込んでいる二人を心配してか、雛と奈海が声を掛けるが、返事はなかった。
「ん、二人に水」
ソフィアが亜空間倉庫からペットボトルの水を二本出し、二人に差し出す。
「あ、ありがとう……ございます……ゴクッ! ゴクッ!」
「い、いただきます……ゴクッ!」
余程、喉が渇いていたのか二人は、500mLの水を一気に飲み干した。
「フゥーーー……落ち着きました。有り難うございます、ソフィア様」
「ハァーー……有り難うございます、ソフィア様」
「ん、よかった。どうしたの?」
「そうです!!! 大事な用件を忘れる所でした! ソフィア様! おめでとうございます! 父から連絡がありまして、ついにソフィア様の我が国における身分証の発行が許可されたそうです!!!」
「!!! 私の……身分証が……?」
余りの驚きに神楽の言葉を復唱するソフィア。これで銀行口座が作れ、スマホが購入でき、愛する猫達の写真や動画が取り放題になるのだ。さらにパスポートも取得できる事によって海外にも行けるようになり、世界中の猫を堪能する事ができる。
「おめでとう! ソフィアちゃん!」
「おめでとうございます、ソフィア様!」
「それで神楽様は、市内を駆けずり回っていたのですね……納得しました。ソフィア様、おめでとうございます!」
「ああ! ようやく伝えられました。この報告は誰よりも一番にソフィア様にお伝えしなければと、思っていましたから。改めましてソフィア様、おめでとうございます!」
「……ありがとう、みんな……本当にありがとう」
感激の為か、三匹の猫達の初対面の時のように、自然と涙を溢すソフィア。
「ニィ!!??」
「ニィ!?」
「……ニィ??」
ソフィアに抱えられていた三匹が落ちてくる涙によって、目を覚ます。その途端『どうしたの? 大丈夫?』とでも言ってそうな鳴き声で、ソフィアに訴えている。
「フフフ、ごめん。起こしちゃったね、ミケ、クロ、シロ」
「うわぁ~、毎日見てるけどやっぱり可愛い!!!」
「三匹も毎日ソフィア様の腕に抱かれて、幸せでしょう」
「この抱っこ紐、雛ちゃんが使ってたヤツでしたっけ?」
「そうです。雛が赤ちゃんの頃に使用していた物です。それを燕が再利用して、子猫用に仕立て直してくれたのです」
そう、ソフィアが今、肩から下げているのは抱っこ紐を燕が改造した物である。初対面の時よりは大きくなったのだが、未だ小さい猫達を連れて散歩にいくのが便利で愛用していた。
「ん、ありがとう燕」
「いえ、もう何度もお礼は頂きましたので」
「――さて、それでは帰りましょうか、我が家へ。奈海さん、今日はお祝いですから一緒に夕食を食べましょう」
「わっ、良いんですか! ありがとうございます! ご馳走作り手伝いますね、燕さん!」
「お願いします、奈海さん。厨房の者達にも連絡しておきます」
「お願いします、燕」
「ニャウーン」
お祝い準備の段取りを練っている所に、我関せずと餌を一心不乱に食べていたマダムが、中断させるように一声をあげる。
「マダム、おいしかった?」
「ニャゥン」
「そう、よかった。また明日ね?」
「ニャニャゥ」
「ニィ!」
「ニィ」
「……ニィ」
来た時と同様に、シャナリ、シャナリと優雅に去っていくマダム。それを見送る三匹の子猫達。どこか母親を思い出しているのかもしれない。
「ん、ミケ、クロ、シロ、帰ろ?」
「ニィニィ!」
「ニィ!」
「……ニィ!」
だが三匹は今はもう寂しくはなかった。何故ならこの温かいぬくもりがいつも側にあるからだ。
「ソフィア様、後日私の叔母の鈴音から身分証の件で、呼び出しがあると思いますので」
「ん、わかった」
「雛ちゃんも料理しようよ、楽しいよ!」
「私は機械をいじっていたい」
「雛様、料理スキルを身に付けていても損はありません。この機にどうですか?」
「そうね、たまには手伝いなさい。これは姉命令です」
「えーー!」
「ん、私も手伝う」
「「「「……いえ、ソフィア様(ちゃん)はいいです……(あのダークマターは勘弁して下さい……)」」」」
「ニィ!」
「ニィ」
「……ニィ」
「ふふ、ミケ、クロ、シロも手伝うって」
五人と三匹は夕暮れの公園を一路、家である神社に向かって歩き出す。まあ三匹は抱っこ紐の中ではあるが。
ソフィアが召喚した一冊の猫島の写真集。そこから端を発した怒濤のような目まぐるしい日々。そしてついに得た念願のモフモフ可愛い猫達のいる日常。
恐らくソフィアはこれからも、色々やらかし周囲を困惑させながらもこの地球で、暫くはのんびりと羽を伸ばすのだろう。
十月の季節が迫った九月の夕暮れ。ヒグラシの代わりにコオロギがいつの間にか鳴いている。赤い夕日が五人の影を伸ばしながら、いつまでも照らしていた。
――【始原の魔女と猫島】 第一章 『猫島解放』 了――
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ここまでお読み頂き、本当に有り難うございます!
皆様の応援のお陰で、無事に第一章を終了する事ができました。感謝感激です!
今後の事や諸々の事などは、近況ノートの方に記させて頂きますので、宜しければご一読下さい。
最後になりましたが、これからの執筆の励みになりますのでもし宜しければ、フォローとお好きな★~★★★で構いませんので評価の方をお願い致します!
始原の魔女と猫島 武蔵千手 @musashi-senjyu1010
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます