第12話 猫宮総理記者会見の顛末
「それでお嬢様は本物でしたか?」
「……うむ、どうやら幻でもCGでもフェイクでもなく、本当の神楽だった――ああ、千鶴君に申し訳ない、謝っておいて欲しいと伝言を頼まれたよ」
「……そうですか、お嬢様が」
神楽との電話を終え、秘書の千鶴と豊橋を部屋に招き入れた鈴之助は、開口一番訪ねてきた千鶴にそう答えた。
「良かったですね総理。昨日突然お嬢様のスマホからメールが来た時は驚きましたけどね」
「ああ、しかも『明日の10時にこのWeTuberのライブ配信を見て下さい』とURLを添付だけしてきて、こちらからは一切連絡できなかったからな」
「スマホとスマートウォッチの電源、切ってましたもんね。最初はイタズラか愉快犯かと思いましたし」
「まあ神楽からのキャリアメールである事は、間違いなかったのでな」
「うちのハゲと燕も同じです。まさかこのような事を企んでいたとは……しかも全世界に向けてあのような恥ずかしい失態を。後程絞めますので」
千鶴が握り拳を作り、目に炎を宿す。モザイクで全身像は隠れていたのだが、夫である秀夫のハゲ頭だけは見る人が見れば一発で誰かという事がバレバレな映像であったのだ。
「ハハハ、まあそれは置いておくとして……とにかく皆、無事で良かったよ」
「無事では無かったみたいですが……あのソフィアさんという方のお力のお陰でしたね」
豊橋が言葉を濁しながら話す。
確かにソフィアの力がなければ、神楽以外の者達は命はなかったのだろうと鈴之助は思っていた。
「皆が助かった上コカトリスと数十万の魔物を討伐してくれ、街まで元の姿に戻してくれたあの映像が真実だと仮定すれば、個人としてはこんなに嬉しい事はない。だが一国の総理としては……正直この先が思いやられるよ」
「そうですね、上手く神楽お嬢様に先手を打たれた感じでしょうか?」
「……まあ実際にあのソフィアさんという人智を超えた存在を映像が出る前に知り合っていたならば、私は外交的側面を考慮して隠蔽と秘匿に走っていただろう」
「もはや時既に遅しですが……」
ネットというものは別名デジタルタトゥーと謂うように、一度拡散されたものは半永久的に残るものだ。ソフィアが行った一連の、驚天動地な行動は既に世界へ拡散されている。
ソフィアを隠蔽するなど最早不可能なのだ。先手を打った神楽の読み勝ちである。
「それと神楽の伝言だ、千鶴君。保護猫で良いので、子猫を何匹か連れてきて欲しいそうだ」
「子猫、ですか?」
「うむ、ソフィア嬢が欲しているそうだ。というより猫目当てに異世界からやってきたというのは、本当だったらしい」
「それはまた……ですが、承知致しました。とびきり可愛い子猫ちゃんを連れてきます」
「ああそれと、例の石化してしまった冒険者の身柄の手配も宜しく頼む」
「承知致しました」
千鶴は動画内で繰り返された出来事に未だ半信半疑ではあったが、主の要望に応えるべく、深々と一礼をした。
千鶴の答えに満足そうに頷くと鈴之助は、豊橋の方に向き直し問いかける。
「豊橋君、君は自衛隊に詳しかったね?」
「はい? まあそうですね。マニアではないので普通の人よりかは、ですが」
「今日本で一番早い艦は?」
「今ですと、改はやぶさ型ミサイル挺で、一杯で50ノット出せるハズです。だだし航続距離は900kmですので、猫島へは無理かと」
「ふーむ……では通常艦では?」
「もがみ型護衛艦ですね。公称では30ノットですが、一杯なら40はいけます。航続距離も十二分なので最大船足で往復しても問題ないでしょう」
世界は制空権を奪われた事で、自然と海上輸送の重要性が増していた。飛翔系の魔物達は、空を飛行する物体には容赦がないのだが、幸いな事に海上を進む船舶には目もくれなかったのである。
自衛隊の艦隊や海保の艦艇などは魔物には無力であったが、当然人間には有効だった。領海での問題を未だ多く抱える日本にとっては、今も必要不可欠な戦力なのだ。
「良し! それでは豊橋君、手配を頼む。記者会見終わりに直ぐに猫島へ向かう」
「承知致しました」
「さて……とりあえず関係各国との協議は外務大臣の如月君に任せよう。私達は今日の18:00からの会見に合わせて、閣僚達と話を擦り合わせておこうか」
「既に皆さん閣僚応接室に集まっておいでです」
「そうか……それでは行くとしよう!」
鈴之助は二人を連れだって歩き出す。千鶴と豊橋は閣僚達からの質問に備えるべく、関係資料を携えて鈴之助の背中を追ったのだった。
◇ ◇ ◇
「18:00時になりましたのでこれより、猫宮内閣総理大臣の記者会見を始めさせて頂きます。初めに猫宮総理から発言がございます、総理よろしくお願い致します」
内閣広報室の係の者からアナウンスが入り、鈴之助が上手から登壇する。
「えー、内閣総理大臣の猫宮鈴之助でございます。皆様ご承知の通りかと存じ上げますが、本日私の故郷でもあります猫島が解放されました」
鈴之助の言葉を聞き、記者席からはどよめきが沸き起こる。
「ただし、これはあくまでもまだ推測の域を出ません。この記者会見の後、私自ら現地に乗り込みこの目でしっかりと真偽の程を確かめて参りたいと思っております」
再度記者席からどよめきが沸き立つ。気の早い記者数人が既に挙手をしており、質問をする気でいるようだ。
「申し訳ありませんが質問は、猫宮総理の発言の後にお願い致します」
係に注意され、渋々腕を下げる記者達。
「えー、二年前の悲劇を見て私事ながら、娘の安否を家族全員で心配しておりましたがこの度、無事を確認できまして……」
鈴之助の発言が続く。記者達はレコーダーとメモで記録しながら発言の言葉を拾ってゆく。
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「それではこれからプレスの皆様からのご質問を頂きます。ご質問をされる方は挙手の上、指名を受けてからお近くのスタンドマイクにお進み頂き、社名と氏名を明らかにした上で一人一問の質問をお願い致します」
鈴之助の発言が終わり、係が記者達に再度アナウンスをする。終了する前に既にほぼ全ての記者が挙手をし、指名されるのを待っている状態であった。
鈴之助はその中の一人、顔見知りである人物を指名する。
「どうも、
「えー、ご質問にあった件ですが、異世界から来たという事はまだ今の段階では断定できかねます。この後に直接会い、確かめたいと思っております。また彼女への処遇ですが、隠蔽や隔離、幽閉などの拘束は一切しない事が閣議で決まりました。そもそも彼女にそのような事をできないというのは動画を見て頂けたら明らかでしょう」
実はこのやり取りは予め決められていた予定調和である。質問をした落合と鈴之助は大学の同期であり、ソフィアの身柄の自由を印象付ける為に、いの一番にこの質疑を質問させたのだ。もちろん誉められた事ではないのだが。
「総理! 宜しいでしょうか!?」
「どうぞ」
「
「身分証については保留しています。これも直接お会いしてから話を進めたいと思っております」
神楽との通話でのやり取りにもあったように、身分証とは軽々しく発行できるものではない。ましてや異世界人などという未知なる者であるならば、尚更である。
ただし鈴之助は閣僚達との閣議でソフィアの国民栄誉賞にも匹敵する偉業を鑑みて、もし猫島の解放が真実ならば超法規的措置により、身分証を発行しても良いとの閣僚一致の言質を得ていたのだ。
「それでは、そこの女性の方」
「ありがとうございます。私はNHRの政治部記者、近藤です。今回の問題になりました例の動画ですが、撮影した男女二人への処分等は何かお考えでしょうか? 立ち入り禁止区域である猫島に近づき、明らかに法を犯しているように見えるのですが?」
「これについては後日、件の撮影者に直接聞き取り調査を行いまして、慎重に判断を致したいと思っております」
神楽は電話の段階で海星と奈海の件は、あえて鈴之助には伝えなかった。それは直接弁明をした方が良いかと考えたからである。
なので現段階では鈴之助は答えようがなく、このような答弁になったのだ。
「では、次はあなたで」
「
「えー、その件ですが当事者である私の娘の神楽に確認致しました所、流石のソフィアさんも蘇生はできないとの事でした。あれはあくまでも、いうなれば仮死状態であったからに過ぎないとの事です。もちろん石化し粉砕された者を元に戻せるなど、現状ソフィアさんにしかできない奇跡の御技ですが」
鈴之助はついに来たと感じていた。予想はしていたが、ここで世界に向け混乱を招くような事態は一国の首相として、断じて避けなければならない。
神楽から聞いていた事実を答弁したのだった。
どこからともなく落胆の溜め息が聞こえてくる。もし蘇生魔法などという神の所業であるものが使えたならば、スクープどころの騒ぎでは済まなかったからであろう。期待との落差が余りにも激しすぎたのだ。
「次に、そこの方」
「週刊政経ジャーナルの戸橋です。実はある筋からの情報なんですが『一連の騒動は元々政府とそのソフィア嬢とやらの、申し合わせた自作自演である』との報告もあるのですが……総理はいかがお考えで?」
記者会見室にどよめきとざわめきが一瞬にして伝播する。
「お静かに願います! これ以上騒がれるようでしたら、ご退出を願うかもしれませんので
ご注意下さい」
係の一括で波を打ったように静まり返る。
「えー、戸橋さん……でしたか? どこからそのような妄言ネタを仕入れたかは存じ上げませんが、それは事実ではないと、ここでハッキリと断言致します」
「しかし! 過去を省みたら、得てして英雄などというものは創られた虚像というのも多いでしょう! 政府と共謀して、新たなヒロインを祭り上げる! 閉塞感漂う社会の中で、鬱屈した国民に与えるには絶好のシナリオだ!」
「私はそれが、ソフィアさんに当てはまるとは思っておりません。更に、私達政府が彼女を知り得たのは数時間前です。その様な愚劣な謀を巡らせる時間など一切ありません、以上です。では次の方どうぞ」
「総理! まだ質問は終わっていません!」
鈴之助は、記者の余りの妄言に辟易して次の記者へ指名する。だが戸橋は食い下がり、質疑を求めてきたのだった。
「次の人、良いですよ、どうぞ」
「チッ!」
「……えーと、東京スカイテレビ報道部の鈴木と申します。ソフィアさんが異世界から来た理由は猫という事なんですが、猫島へは猫も連れていくのでしょうか?」
「はい。既に保護猫から選んでおり、連れていく用意はできております」
「なるほど、ありがとうございました」
鈴之助は戸橋を無視し質疑応答を続けると、舌打ちをしながらも渋々引き下がっていったのだった。
そうして記者会見は更に続いて行く。
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「以上を持ちまして本日の会見は終了させて頂きます。大変恐縮ですが、挙手をされて指名されなかった方は広報室宛にメールで質問状をお送り下さい。後日書面にて回答させて頂きます」
係の者がアナウンスをし、長かった会見も終了を告げるのだった。
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「ふぅ……あの戸橋という記者は少々臭うな。千鶴くん、頼んだ」
「畏まりました。配下の者に探らせます」
執務室に帰ってきた鈴之助はネクタイを緩めると、戸橋という記者が言っていた『ある筋』というのが気になっていた。
裏の専門家である千鶴に探らせるように檄を飛ばし、人心地をつく。
「さて、ゆっくりしたいがそうもいかん。豊橋君、例の手筈は?」
「はい、準備万端整っています。横須賀基地に配備済みです」
「良し。千鶴君の方は?」
「こちらも手配済みです。子猫と石化した冒険者は護衛艦くずりゅうに乗艦させています」
「うむ万全だな――豊橋くん、留守の方は宜しく頼む」
「はい、お任せください」
豊橋の肩に手を置き、留守を一任した鈴之助。信頼感の表れだろう。
向きを千鶴に直しお互いに頷いた後、口を開く。
「では千鶴君、行くとしよう。明日の昼頃には着くと思う」
「承知致しました」
横須賀へ向かう為に執務室を出る二人。異世界から来た始原の魔女ソフィア・クインという超越者に、今後散々に振り回させられるのだが、今はまだ知らない。
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おまたせしました、次回いよいよ可愛い子猫ちゃんの登場です!
ここまで長かった……モフモフを堪能して下さい!
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