第13話 首相との邂逅とソフィア念願のモフモフ
「お父様、皆様、ようこそおいで下さいました」
「「「…………」」」
神楽が島に上陸した面々に対し歓迎の意を表するが、一同は唖然とした表情で混乱の極みにいた。それもその筈である。鈴之助達はあの会見の後、日を跨いだ昼頃には猫島の沿岸に到着していた。
だが護衛艦は接岸できない為、上陸用舟艇で人員などをピストン輸送しようとした所、突然艦内に神楽とソフィアが現れたのだった。
呆然としていると『転移しますね』と言われ、目の前の景色が変わったと思ったのも束の間、懐かしの我が家である猫神神社の境内に居たというのが現状だ。まあ混乱しない方がおかしい。
ちなみに一緒に転移させられたSP達は混乱をしながらも、周辺へ安全確認をしに早々に散開していった。このSP達も実は猫足衆の手の者であり、鈴之助の警護は千鶴と幸夫がいれば十分であると判断しての事だ。
「……いや、あのな神楽。まだ私達だったから良いようなものの、これが他国の要人だったら誘拐にしか見えないからな?」
「お嬢様、流石にもう少し説明があるべきかと……」
「それについては大変申し訳ありません。ですが一刻も早く石化した冒険者の方の解呪と、ソフィア様に子猫をお見せしたくて」
悪気はないのです、といわんばかりの神楽ではあるが、ソフィアの為なら多少の暴走も厭わなくなっていた。本来、猫神神社の信者で猫神という守護神に遣える宮司なのだが、ソフィア教という名の宗教にも浸かってしまっている状態である。当然そんな宗教はないが。
「いや、まあ、それは良いとして……えー、改めて。初めましてソフィアさん、私が神楽の父親にしてこの国を預からせて貰っている立場の内閣総理大臣でもある、猫宮鈴之助です」
「初めまして。私は日本のダンジョンを統括管理しているダンジョン庁で長をしています、
「私はそこにおりますハゲの妻で、鈴之助様の政策秘書をやらせていただいております、桜井千鶴と申します。以後お見知りおきを」
「ん、私はソフィア・クイン。異世界から来た」
丁寧にお辞儀をし、礼を尽くす鈴之助達に対し、いつもの無表情でぶっきらぼうに応えるソフィア。隣にいた千鶴は一見冷静に装っていたが、額に若干の青筋が浮かび上がっていたのを夫である幸夫は見逃さなかった。さすが恐妻家である。
「あ、申し訳ありませんが、ソフィア様に敬語の類いは期待しないで下さい。決して尊大に振る舞っているとか、皆様を軽んじているだとかではないですから。いうなればソフィア様はこの喋り方含めて、こういうお方なのだとご理解をして貰いたいのです」
そう、ソフィアのこの話し方はもはや本能からくるものなので、矯正のしようがない。犬にニャーと鳴けと言っているようなものである。この喋り方だからこそソフィアであって、敬語を使うソフィアはソフィアではない別人なのだ。
……実はこの事が、少し先の未来でトラブルを未然に防ぐ事に繋がる事になるのだが、現段階ではここにいる誰一人として想像していなかった。
「ああ、私は気にしないよ……千鶴君も怒気を抑えるように」
「……はい。失礼致しました」
「それではまずは、子猫ちゃ……コホンッ、石化した冒険者の方をソフィア様に戻していただきましょう」
「……今、優先順位が入れ替わったか?」
「いえいえ、全ては人命が第一です。それではソフィア様、お願いできますか?」
「ん、分かった。
一緒に転移させていた、二年前に石像と化した冒険者達。その石化してしまった者達三人に、ソフィアの解呪の魔法が優しく降り注ぐ。爬虫類が脱皮をする様に、身体から石が剥がれ落ちていく。
やがて全ての石化が解呪されると、三人は人間として息を吹き返した。
「ここは?」
「あれ、私は……どうなったんだっけ?」
「コカトリス!?」
「おおっ! 石化がいとも簡単に! まさしくソフィア殿は超越者だ!……まあ、私自身が転移させられた時にそう思ってはいたが」
「……本当に信じられません。夢を見ているようです」
「凄い、これが異世界の力……」
「どうやら異常はなさそうですね? 彼らは私達のような怪我や毒に侵される前に石化しましたから」
神楽が三人の身体を見回すが、特に異常は見られなかったので安心する。当の三人は混乱状態にはあるのだが。
「それでは俺がコイツらに事情を話しますよ」
片桐が回復した三人への説明役として名乗りをあげる。
「すみません、片桐さん。社務所を使用して下さって構いません。宜しくお願いします」
「承知した。おい、お前達、ボケッとしてないで行くぞ?」
「……えっ!? あっ、片桐さん! はいっ!」
「片桐さん!? あっ、待って下さい!」
「コカトリスは!? どこだ!?」
「……おい、片桐達は行っちまったぞ?」
「え? 小山内さん? あっ、片桐さん! コカトリスはどうしたんですか!? 置いていかないでくださーーーい!」
一名、熱病のようにコカトリスに取り憑かれた者がいたが、三人共片桐の後を追い社務所へ向かって行った。
「……まあ、混乱するのも無理はねぇか。そんで俺達はどうするよ、相沢さん」
「フフフ……公式の場ではないですから、いつもの呼び方で呼んで下さい、小山内さん」
「おう、そうかい? じゃ、遠慮なく呼ばしてもらうぜ、柚希の嬢ちゃん」
「まあ、もう嬢ちゃんという年ではないですが」
小山内に嬢ちゃんと呼ばれた柚希は、怒りもせずにまるでそう呼ばれる事に抵抗がない素振りを見せていた。
庁の長であるが故にブランドの高級スカートスーツを着こなしている為、一見するとお堅いイメージを持つ。だがダンジョンで鍛えたであろう凹凸のハッキリとしたしなやかな肉体をはじめ、女性特有の柔和な面立ちと洗練された動作は、否が応でも魅力的な女性であるという事を感じさせてしまう。
「ハンッ! 俺にとっちゃぁ、ダンジョンでピーピー泣いていたヒヨッコの時と変わらねぇよ」
「……小山内さんとはじっくり、ohanashiをする必要がありそうですね」
柚希と小山内の間に若干不穏な気配が流れる中、ソフィアがソワソワしながら待ちきれないとばかりに口を開く。
「……猫ちゃんは、いる?」
「ああっ! ソフィア様申し訳ありません! 千鶴さん、そのキャリーバッグの中に子猫がいるのですよね?」
「はい神楽お嬢様、取り合えず三匹の子猫を用意致しました」
「では早速見せてもらえますか?」
「承知致しました」
そう言って千鶴はキャリーバッグを地面に置き、ケースの扉を開く。すると中から三匹の可愛らしい子猫が、初めて見る景色に戸惑いながらも顔を覗かせたのだった。
「ニィ!」
「ニィ」
「……ニィ」
一匹は黒・茶・白の短毛のやんちゃそうな三毛の子猫で、もう一匹は全身黒の短毛で賢そうな子猫。最後の一匹は全身真っ白い長毛種のフワフワで少し臆病そうな子猫であった。
その場にいる皆が、三匹の子猫のいる光景に癒されていた。強面の小山内でさえ孫を見る祖父のように目尻が垂れ下がっている。
「ニィニィ!」
「ニィ?」
「……ニィ~」
突然に三毛の子猫が走り出す。その後に何事か? という素振りで、三毛の後を短い手足を必死に動かしながら追う黒白の子猫達。どうやら三匹の中でのリーダーは、三毛猫らしい。三匹がトタトタと走り着いた先は、ソフィアの足元であった。
「ニィ! ニィ!」
「ニィ!」
「……ニィ!」
三毛猫がソフィアの足元で、ダッコしろといわんばかりに彼女に視線を合わせ鳴く。それに合わせ他の二匹も一緒になって鳴いていた。
それはまるで母を追い求める子供のように子猫達はソフィアにすがっていたのだ。
「どうやら子猫達も動物に宿る本能で、この中で一番力がある奴を見抜いたようだな」
「まあそれは否定しませんが。ソフィア様、どうぞ抱き上げてやって下さいませ…………ソフィア様? どうされました?」
「あっ!? こりゃまずい!」
小山内が叫んだ直後、ソフィアが『はぅっ!?』と間の抜けた言葉を発すると同時に、彼女の頭が爆発し地面に倒れ気絶した。その惨状はいつも通りにアフロヘアに吹き出した鼻血と恍惚のヨダレ、白目を剥いた顔と美少女にあるまじき顔である。
「ニィッ!?」
「ニィッ!!!」
「ニィ!!!???」
「ソフィア様!?」
「おい、どうした神楽! ソフィアさんが爆発したぞ!? 大丈夫なのか!?」
「「「「「何事ですか、今の爆発音は!?」」」」」
爆発音を聞いたSP達も駆け付け、現場は大混乱である。しかしそんな状況でも子猫達は、驚いた様子ではあったが逃げ出さずに、倒れたソフィアの顔に近づいていく。
「ニィニィ?」
「ニィ?」
「……ニィ?」
大丈夫? 起きてよ。とでも言いたそうな表情でソフィアの顔を、テシテシと子猫パンチをしたり顔を舐める三匹。気絶しているソフィアの顔は何故か至福の表情に変わっていた。
「あーあ、やっぱりソフィアの嬢ちゃんには、まだ生身の猫は早かったか」
天を仰ぎ頭を掻いた小山内の呟きが、溜め息と共に虚空へと吸い込まれていった。
◇ ◇ ◇
「ん……ここは?」
「お目覚めですか? ソフィア様」
ソフィアが目を覚ます。側には神楽が控えている。辺りを見回すと昨日、神楽達と一緒に寝た寝室に何故か寝かされていた事に少し混乱を覚えた。まあ無表情なので、顔に変化はないのだが。
取り合えず自分の置かれた状況を記憶を辿って見てみると、あの天使のような子猫ちゃん達との衝撃的な出会いに案の定暴走し、とっさに結界を張った所で記憶は途絶えていた。
服を良く見ると、拭いてくれた様子はあるのだが所々血で汚れている。さらに、頭をさわると何故かチリチリでモコモコしていた。暴走の影響のようだ。
「気絶した?――
光の輪が現れて身体を包み込み、消えた途端にあの残念な容貌から美少女へと変身していた。髪も元通りで服の汚れも綺麗に落ちており、まるで洗いたてである。
「流石です、ソフィア様。起きたてでそのような大魔法を行使なさるとは!」
「ん、大魔法じゃないよ?」
そこへ襖を隔てた廊下から、呼び掛ける声がする。
「すいません、神楽さん。入っても大丈夫ですか?」
「――ああ、奈海さんですか? どうぞお入りになって下さい」
「あっ、すいません。今、手が離せないので襖、開けてもらってもいいですか?」
「? ええ、分かりました。少しお待ちになって下さい」
そう言って神楽は中座し、襖を開ける。
「有り難うございます、神楽さん」
奈海が寝室に入ってくる。その両手には大事そうに抱えた子猫が三匹。
「っ!? 奈海さん、子猫を連れて来たのですか?」
「いやぁ~、この子達がどうしてもソフィアちゃんに会いたいらしくて、ずっと鳴き止まなかったんです。眠ってる今なら大丈夫かな? って」
「……ハァー、間が悪いとはこの事ですか……ソフィア様はたった今起きられました。また気絶させたらどうするんですか……」
「あっ、そうなんですか! すみません……」
神楽が溜め息をつく。奈海はバツが悪そうに舌を出してごまかしている。
「ニィ!」
そのうちの一匹、三毛の子猫が途端に暴れだし、奈海の腕からスルリと飛び出したかと思いきや、そのままトタトタと一直線にソフィアの元に駆け寄って行く。
「あっ! こらダメだよ!」
「ソフィア様!」
奈海と神楽がこの後に展開される悲劇を予想して、子猫を急いで引き離そうとするが時既に遅し。子猫はソフィアが手の届く位置まで来ていた。
「ニィ! ニィ!」
「……」
「ソフィア様! 今すぐに離しますので!」
「……大丈夫、神楽」
「え?」
「ん、ありがと。もう大丈夫――フゥ……」
ソフィアは決意したようにゆっくりと深呼吸をすると、自分の手元に来た三毛の子猫を、そっと両手の中に包み込む。
キトンブルーと呼ばれる子猫特有の青い目が印象的なその三毛は、小さな身体から発する体温を、確かに纏っていたのだ。彼女は命を実感した。
「っ!?……ソフィア様!!!」
「ソフィアちゃん! スゴいっ! やったぁぁっっ!」
神楽はその奇跡のような光景に思わず両手で口を塞ぎ、目に感嘆の涙を浮かべている。奈海は腕に二匹の子猫を抱えているからか、歓喜の言葉を叫んでいる。
「ニィ!」
ソフィアは、布団から半身を起こした状態で三毛を膝の上に置いた。子猫特有の綿毛のような柔らかな産毛は滑らかで、指が自然に吸い込まれていく。そのままゆっくりと頭から背にかけて、彼女は愛おしそうに毛並みを撫でていく。
「ふふ、これが猫ちゃん。フワフワ」
「わ、笑った? ソ、ソフィア様の本当の笑顔……なんて美しい」
「……ソフィアちゃんの笑顔……天使みたい」
そう、ソフィアは無表情からの無理矢理な笑顔は般若状態になるのだが、自然な笑顔は聖母か女神かと見紛う程の美しさを誇る。
「猫ちゃん、可愛い。神秘の生物」
撫でられている三毛は膝の上で丸くなり、気持ち良さそうな表情でゴロゴロと喉を鳴らしている。
「ソフィアちゃん、こっちの子達も撫でてあげてよ」
「ん、ありがと奈海」
奈海の腕から黒の子猫と、白のモコモコな子猫を受け取り、三毛と同じように膝に乗せる。そしておもむろに両手を使い、それぞれを撫でていく。
「この子達の毛並みもいい。黒い子はツヤツヤ。白い子はモフモフ。フフ」
「ニィ」
「……ニィ」
「ああ、これこそが猫神様の奇跡の御技」
「ヤバっ! この動画絶対、万バズ間違いなしだわ!」
その情景を見ている神楽は、恍惚の表情を浮かべ信奉する猫神に感謝を捧げ、一方の奈海はいつの間にか取り出したスマホで動画を撮っていた。
そこに騒々しい輩が寝室に飛び込んでくる。
「どうも~! 奈海こっちに来てます?」
「ちょ、バカ兄貴! 今、めっちゃ良い所だったのに、相変わらず空気読めないんだから!」
乱入してきた兄の海星に対して、雑言を振り撒く妹の奈海。
「女性の寝所に断りも無く入ってきたのは感心しませんが、まあ今は気分が良いので許すとしましょう。それで、父上との話し合いは首尾通りにいきましたか?」
「あ、はいすみません! 以後、気を付けます!……えーと、話し合いは、はい。神楽さんが言っていた言葉をまんま伝えたら、溜め息をつきながら渋々納得してくれました!」
「それは上々。これであなた達が罪に問われる事はないでしょう。なにせ全て偶然が重なった事故なのですから、ねぇ?」
「「はい! そうです、事故です!」」
「よろしい」
神楽の暗黒微笑が海星と奈海に刺さり、二人は直立不動で返事をする。
海星はソフィアが気絶している時に、総理である鈴之助によって直接の聴取を受けていた。そこで以前から神楽に言われていた、偶然が重なった事故の顛末を話したのだ。
もちろん魑魅魍魎が集う政界で、生き馬の目を抜くが如く生きてきた百戦錬磨の鈴之助には嘘だというのはバレてはいるのだが、彼はあえて神楽の魂胆に乗る事にしたのだった。なので今回の無茶な海星の話した理屈を、渋々ながら納得したのが経緯である。
そんな総理との緊張全開な面談を終えた海星は、ソフィアが猫を抱いているのを目にする。
「お!? ソフィアさん! 猫、触っても大丈夫なの?」
「ん、もう大丈夫」
「はぁ~! 良かったねぇ!……ん? あれ、みんなはどうしたんスか?」
実はソフィアが爆発、気絶した直後にその事が全員に伝わり、心配した皆が寝室に詰めかけていたのだが、今はその人数が少なくなっていたのだ。
「小山内さんと柚希さ……相沢さんは今後の魔物の取り扱いなどの相談に、ギルド支部へ行きました。片桐さんは石化から復活した冒険者の方達を連れて『ダンジョンで鍛え直してきます』と仰ってダンジョンへ。千鶴さん達は、どこかで家族会議をしていると思います」
「桃さん達、三人衆はどうしたんスか?」
「桃達は千鶴さん達の代わりに、父上に付いています。ずっと一緒でしたよね?」
「えっ、居たんですか!? 全然気が付かなかった……」
「それで、父上はどうしたのですか?」
「あ、復興した町の様子を見てくるって言ってました」
なんやかんや有り、帰島してから懐かしい故郷の地をまともに拝め無かった鈴之助は、桃達やSPを引き連れて街へ視察に出ていたのだった。
「そうですか……喜んでくれると良いのですが」
「大丈夫だよ、神楽さん。懐かしの故郷が復活したんだもん、絶対喜んでるって!」
「そうそう! これから住民の人達が戻って、また猫島の歴史が始まるんだから」
「フフフ、そうですね。海星さんの言う通りです」
「兄貴、たまには良いこと言うじゃん!」
「あのな、俺はいつも良い事しか言わねぇっつうの!」
「フフ――父親といえば、お二人のご両親は以外と冷静でしたね?」
本来であるならば、海星と奈海は日帰りで家に帰っていたはずなのだが、今日に至ってもここにいるのは何故か? それは神楽の一連に渡る企みが終了した後、二人の両親に電話し事情を話した為である。
もちろん虚実交えて話をし、アーカイブにあげた例の動画なども観て貰った上で、鈴之助の聴取が終わるまではと、条件付きで猫島に滞在する許可を得ていたのだ。
ちなみに終わった後はソフィアの転移で漁船ごと帰還する事と、操業できない間のお金の保証も鈴之助との間で確約済みである。
「あー、昔から無茶はしてたので……慣れてんだと思います」
「まあただ今回は、大目玉覚悟だよね」
「ま、終わった事はしょうがねぇさ! 成るように成るってヤツだ」
「そうだね、ソフィアちゃん達とも出会えたし……って、そういえばソフィアちゃん、その子達の名前って決めたの?」
奈海が、ソフィアの手の中で遊ぶ猫を見つめながら問う。
「名前?」
「あっ、その様子だとまだ知らなかったんだ?」
「フフフ、ソフィア様。その子達は既にソフィア様の猫なのですよ?」
「私の……猫ちゃん?」
ソフィアが驚くのも無理はない。鈴之助が連れてきた猫は保護猫なのだが、生体販売の猫達よりも譲渡条件が厳しく制限されているからだ。
身分証がないソフィアには厳しいだろうと、予め神楽から聞かされていたので、これはソフィアにとっては予想外の嬉しい誤算であった。
「ソフィア様のご活躍をNPOの保護猫団体代表の方も知っていらしていて、総理である父が保証人になるならという条件付きで、特別に譲渡していただいたらしいです」
「っ!?………………ん……」
ソフィアの目からはいつの間にか無意識に涙が溢れていた。頬を伝う涙が零れ落ち、子猫達に降り注ぐ。
「ニィッ!?」
「ニィ!」
「……ニィ?」
どうしたの? とでも言いたげな子猫達が泣いているソフィアを見上げる。その子猫達の様子を見て、さらに止めどなく溢れてくる涙。
「ソフィア様……」
「ソフィアちゃん……」
「ソフィアさん……」
元居た世界でソフィアは世界中を巡った。しかしその過程でソフィアは、必ずしも全ての人間に歓迎されてきた訳ではない。始原の魔女と云うネームバリューは大きかったが、未開な部族や邪教に溺れた者達などにとっては、邪魔な存在でしかなかったのだ。
そんな状況を悠久の時を生きるソフィアは数多く経験し、学ぶ。形成されたコミュニュティーにとっては、異物である自分を排除しようとする事もある、と。
なのでこの、異世界という大いなる未知の世界に於いては、自分は異物どころではないのだろうとソフィアは覚悟していたのだ。
それが蓋を開けてみれば神楽をはじめ、優しく温かく迎えてくれる者ばかりで、自分を排除しようなどとは微塵も感じなかった。
もちろんそれは大いなる力を持つだとか、命の恩人であるというのも含まれるのだろう。
さらには鈴之助の記者会見でも居たように、必ずしも全員が彼女を歓迎している訳ではない事も知っている。
だがこの心優しい異世界の人達、少なくともこの猫島の住人達は、もし自分が力のない少女であっても恐らく温かく迎えてくれたのではないか、と彼女は思っている。
切っ掛けは可愛いモフモフ生物を見に来るだけだった。だが、たった一冊の写真集が結んだ縁で、多くの素晴らしい異世界の友人達とも知り合えた。
さらに自分が欲してやまなかった猫ちゃんが、いま自分の飼い猫になってこの両手の中に存在している。嬉しさに溢れた感情は、涙という清流になりソフィアの頬を濡らし続けていた。
「ニィ! ニィ!」
「ニィニィ」
「……ニィニィ」
「……ん、ミケ、クロ、シロ。これからよろしく」
嬉しさで涙に溢れていたが、子猫達に名付けをせっつかれたような気がしたソフィアは、印象通りの名前を呼び掛ける。
「……え? 見た目通りなの、ソフィアさん? 安易すゲェボウゥッッ!!!」
折角の感動的な雰囲気を余計な一言で台無しにした海星に、両脇からの肘鉄攻撃が鳩尾に突き刺さる。
「ううっ……奈海どころか神楽さんまで……無念」
悪は成敗され畳に沈んだ。
「……ダメだった?」
「いいえ。私は分かり易くてこの子達に合った、とても素敵な名前だと思います」
「うちもそう思う! バカ兄貴に事は気にしないで、ソフィアちゃん! だってほら、当の子猫ちゃん達が一番喜んでるし」
奈海が指を指した先の子猫達は、ソフィアが口にした名前に嬉しそうに反応を示していた。
「気に入った?」
「ニィ! ニィ! ニィ!」
「ニィニィ!」
「ニィ!」
「ふふ、ミケ、クロ、シロ。私と出会ってくれて、ありがとう」
西に沈み行く夕陽が、窓を突き抜けソフィアと子猫達を照らしている。それは聖母が我が子を慈しむような情景で、荘厳華麗な絵画のように見る者を魅了していた。
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