第11話 ライブ配信の舞台裏と親子の交流


「俺はよぉ~♪ 海のぉ~男~♪ でも~実は~♪ カナヅチ~♪……よっす! いつも俺達の兄妹島ちゃんねるを見てくれてるみんな、ありがとう! 兄の北条海星だ」

「ちょ、ホントその変な歌の出囃子何とかならないの? あっ、どうも妹の北条奈海です」

「俺はな、いつかこの歌で紅白に出るんだ!」

「天地がひっくり帰ってもないわ……え~とバカ兄貴は放っておいて、皆さん! 今日は見ての通りライブ配信しています!」


”いきなり変な歌から始まって草”

”泳げなくて草……俺もだけど”

”いつもの動画じゃないのか? 何かリスナーの数もやたら多いし”

”何かいろんな所にこのライブ配信の告知があったんだけど?”

”来て良かった! 奈海ちゃんカワイイ! 兄貴はどうでもいいや”

”登録者38人しかいなくて草”

”んで、一体何が始まるんです?”

”おらぁ! つまらんかったら容赦しねぇぞ!”


 海星の突拍子もない出囃子から始まったライブ配信。猫足衆の努力による裏工作のお陰で、普段の登録者数に見合わない数のリスナーでチャット欄は埋まっていた。


「いやぁ~、さすがに緊張するな。だけど今からリスナーのみんなに見せる動画はマジで驚きの連続だから! 絶対に後悔はさせないぜ!」

「そうだね~。今日はいつもの固定さんもいるけど、新規のリスナーさんが多いから」

「で、みんな! 俺達が今どこにいると思う?」


”どこって、後ろに拝殿みたいなのが見えるから神社じゃねぇーの?”

”だよなぁ~”

”どこからどうみても神社で草”

”兄妹島の神社じゃねぇーの?”


「ん~、おしい! 兄妹島じゃないんだよなぁ~」

「正解は……隣の猫島の猫神神社でした! ワァー、パチパチパチ!」

「ほら、周辺の街の景色も猫島だろ?」


”ハァ?”

”またブラフかフェイクかハッタリか”

”ハイハイ騙り乙~”

”嘘ならもっとマシな嘘つけよ”

”奈海たんカワイイ! ボクは信じるよ! 兄貴てめぇはダメだ”


 海星がドローンを神社の外の景色に向けカメラで撮る。奈海も口と手を使い、自らジングルを入れて今いる場所の発表を行うが、リスナーは誰も信じようとはしなかった……一人を除いて。


「まあ予想通りっちゃぁ、予想通りだな……なんか俺への当たりが強い奴がいるけど?」

「だねぇ~。で、そんな皆さんに、とりまこれ見て欲しいんだけど?」


 奈海がそう言うと、ドローンのカメラが神社の鳥居の上部を写し出す。


”は?”

”マ!?”

"え? 猫神神社って書いてある?"

”嘘だろ……”

”篇額までフェイク?”


「えー、驚くのも無理はないが、これマジだから」

「さっき答え出した人いたけど、この鳥居の上部にあるやつね。これ神額とも篇額とも社額とも言うそうです」

「メモ見ていうなよ」

「だってさっき渡されたから……という事でフェイクでもでも何でもありません! こんな高そうな物、うちらが偽造できる訳ないし」


 神楽が思案したのは、リスナーにどうやってこの二人が崩壊した猫島の猫神神社にいるという事を信じさせるか? という事であった。

 であるならば神社ならではの物を見せれば良いという事で、鳥居上部にある神額という神社の名が刻まれた看板を映したのだ。


”マジかよ”

”半分信じた”

”奈海たん僕はずっと信じるよ”

”神額はなぁ、さすがにフェイクは罰当たり過ぎて作らねーだろうし”


「ま、ここでごちゃごちゃ言ってても始まらないんで、とっとと本題の動画見せるんで」

「だね~、その方が早いし」

「あっ、この配信はドンドン拡散してくれよな! あと動画終わりにスペシャルゲストが登場してくれる予定なんで、楽しみにしててくれ!」

「あ、うちらがなんでここにいるとかはまた別の機会に。じゃ良かったら高評価とチャンネル登録よろしくね~!」

「それじゃ、動画スタート!」

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 海星のキュー出しで昨夜に編集しておいた例の動画が再生される。そこに映し出されたのはあり得ない光景と予想外の出来事の連続であった。

 何よりもリスナーを驚愕せしめたのが、それを引き起こしたのがたった一人のか弱そうな少女だったという事だ。

 

 海星が言ったように、恐らく方々にこの配信の事が拡散と宣伝をされたのだろう。徐々に配信の同接数は増え、動画の終盤になるとその数は300万人を超えていた。

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”……嘘だろ”

”重すぎだろ、カクカクで草”

”ソフィアたんもかわヨ、でもやっぱり奈海たんかな~”

”うおぉぉぉぉぉ!!!!!! 記念パピコ”

”ありえん、マジありえん”

”登録者38人から20万人超えてて草”

”神は存在した……ソフィア様という神が!”

”俺はモフモフ猫神教に入信するぜ”

”↑ いや、元々宗教だから”

”……流星が降ってきたぞ”

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「え~と、どうだった? 動画の方は? って聞くまでもないか」

「……ちょっと同接数と登録者数の増加に混乱してるんだが、まあ時間も押してるしそうもいかないから、ここで冒頭で言ってたスペシャルゲストの登場だ!」

「はい、この猫神神社の宮司である猫宮神楽さんと…………動画で大活躍だったソフィアちゃんの登場でーーーーす!!!」


 奈海のコールと同時に登場する神楽とソフィア。ソフィアはまたしても無表情のドヤ顔で両手を広げながらの登場スタイルだ。


「皆様、初めまして。猫神神社、宮司の猫宮神楽と申します」

「ん、こんにちは。私は異世界から来たソフィア・クイン」


”うおおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!!”

”マ!?”

”ホンモノキターーーーーーーー!!!!!!!”

”あああソフィアたんペロペロ”

”神楽様! ご無事で良かったです!!!!!”

”何故だ! なぜ投げ銭ができない!?”

”スパチャが送れないんだが!!!”

”金を! 俺の想いを受け取ってくれーーー!!!”


「えー、大変申し訳ないのですが、今回はスーパーチャットの方はオフに設定させていただいております。理由と致しましては、私が神職であるというのが一番です」

「そそ、事前に話し合って取り決めた事だから」

「わりぃな、みんな! スパチャは次の機会によろしく!」


”いや、お前にやるメリットねぇだろ”

”奈海ちゃんにならOK”

”そ、ソフィアちゃんに感謝のスパチャを!”


「スパチャ代わりといっては何ですが、もしよろしければ私の叔母様である猫草鈴音の猫島基金や、各種慈善団体の方へ寄付をしていただけると助かります」


 神楽はドローンに向かい一礼をする。

 宗教法人の役員である神楽も、副業での収入を得てはいけないという事はない。彼女の場合は、自分で言っていたように神職は奉仕であるという理由が大きいのだ。

 実は猫神神社もWeTubeでチャンネルを持ってはいるのだが、純粋に神社の紹介動画であり収益化の条件は満たしてはいるが申請をしていない。


「時間も押しているようなので、ここで私達が何故ライブ配信とこのような動画を皆様にお送りしたのか、というのをお話致します」


 神楽はここまでの経緯と今回の自身の企みをリスナーに向けて話す。リスナーは一部、非難もあったが概ね神楽の企みに好意的であり、心情も理解してくれたようであった。


”猫島の救世主ソフィアちゃんが籠の中の鳥状態になるのは許せねぇよな”

”ソフィアちゃんは籠なんか自ら壊して出てくるだろw”

"おっ? そう言ってるそばから内閣府から緊急メッセージだってよ"

”総理が18:00から緊急記者会見か”

”ま? 親子対決か?”

”神であるソフィア様に楯突こうなど笑止千万”

”↑神じゃないってソフィアちゃん自身が否定してるだろうが”

”神じゃなくてもソフィアちゃんに今さら喧嘩なんか売らんだろ”

”売った途端に日本壊滅待ったなしで草”


「チャットにもあります通り、どうやら色々な方面も騒がしくなってきたようですのでこの辺で配信を終了させていただきたいと思います」

「という訳であの動画はアーカイブで公開しておくから宜しく! 高評価とチャンネル登録の方も頼むぜ!」

「SNSのZやスピオラグラムのフォローもよろしくね~!」

「あっ、海星さんと奈海さんはあの場面がカットされていなかった事について、後でじっくりohanashiがありますから」

「「ひえっ!」」

「それでは皆様ごきげんよう」

「ん、バイバイ」

 

”乙~”

”最後に不穏な言葉で締められてて草”

”二人ともご愁傷様”

”神楽様とohanashiしたい、俺と代わってくれ!”

”またソフィアちゃん生で見たい!”

”おつかれ! 神楽さんの麗しい顔を見れただけで満足”

”乙です~”


 神楽が深々と礼をする中、配信は終了する。ドローンがゆっくり空中から降下し地上に降りると、ライブ配信中を示していた青いランプが消えた。

 同時に、配信が無事終了した事を悟った一同が神楽達の元へと集う。


「神楽様お疲れ様でした。早速ですが、鈴之助様からのお電話が繋がっております」

「ええ、ありがとう燕。予定通りですね」


 そう言いながら、燕が神楽にスマホを渡す。


「皆さん、申し訳ありませんが私は少し外しますので」

「おう! 言わずとも分かってる」

「……では失礼致します」


 神楽は足早にその場を離れ、この後の事を頭の中で描いていた。



 ◇ ◇ ◇



「――お久しぶりです、父上」

『うむ……どうやら本物の神楽らしいな』

「ええ、ご覧の通り間違いなく貴方の実の娘である猫宮神楽です」

『その物言い、確かに神楽だ』


 神楽は空中ディスプレイに投影された父の鈴之助の姿を見やると、懐かしさというよりは自身の事で2年前よりもやつれた様子に、少し負い目を感じるのであった。


「まずはご心配をお掛け致しました事、お詫び申し上げます」

『うむ』

「ですが、敢えて連絡しなかった意図は動画を見ていただいたならば、聡い父上ならご判断いただけたと存じます」

『……全く、お前にはしてやられたよ。こっちは今大混乱の真っ最中だ』

「そこは大変申し訳なく……千鶴さんにも私が深く謝罪していたとお伝え下さい」

『分かった、伝えておこう』


 今の二人のやり取りは公人である首相としてではなく、いち私人としての親子の会話なので千鶴などの秘書達は席を外している。


「それでソフィア様の件ですが……こちらの要求は3つです。まず第一に絶対に束縛をせぬ事、これは監視しない事も含まれます」

『……うむ』

「第二に、ソフィア様の身分証を超法規的処置により特例で発行して欲しい事です」

『……それはさすがに私の一存ではどうにもならん。閣僚との協議が必要だ』

「ええ、承知致しております。なのでそちらは気長に待ちましょう」

『そうして貰えると有り難いが、まあ猫島の件とコカトリス討伐の功績があれば、頭の固い連中も説得はしやすいだろう』


 これがまだ地球人であり、他の国に国籍をも持っていた人物ならば問題はなかった。

 だが嘘か真か異世界からやってきたという眉唾な少女の言に、一国の閣僚達が振り回されるのだ。いくら国難を救ってくれた英雄だろうと、軽々しく身分証を発行する訳にはいかなかった。それが法により統治された法治国家の定めであるからだ。


「第三に、可愛い子猫ちゃんを何匹か頂きたいのです」

『……子猫? では動画で言っていた事は本当なのか?』

「ええ、真実です。ソフィア様の一番の関心事は猫と戯れる事だそうです」

『異世界から来たというのが本当なら、わざわざ猫の為に?』

「そうです。保護猫で良いので、一刻も速く連れて来て下さい……どうせ明日にはこちらに来られるんですよね?」

『……う、うむ。その予定ではあったが……分かった、千鶴君に頼んで子猫を選んでおこう』


 神楽が子猫を指定したのは、ソフィアに可愛い盛りである子猫時代を堪能して貰いたかったからである。まあソフィアなら『子猫でも成猫でも猫ちゃんは全て尊い』と言うとは思うのだが。


「それと申し訳ないのですが、ソフィア様が蘇生魔法を使えるというのは、記者会見で強く否定して下さい」

『蘇生魔法を?……石化し粉砕された者を生き返らせたように見えたが、あれは?』

「あれは一種の仮死状態だからできた事のようです」

『うーむ、そうなのか……まあ蘇生魔法など神の御技を使うなどあったら、世界はコカトリス以上に大混乱するだろうからな』

「その通りです。さすがのソフィア様もそこまでの事は、お出来にならないようです」

『うむ。なるほど、言いたい事は分かった。質問があった場合、記者達には上手く言っておこう』


 死者蘇生はいうまでもなく世界が変わろうと禁忌魔法である。流石のソフィアも死者を蘇生するには亡くなってから数時間以内が限度、老衰で亡くなった人は無理などの条件が発生する。ちなみに数時間というのは、魂が身体から完全に剥離してしまうリミットらしい。

 石化の場合は例えバラバラになっても、魂は石にしばらくは定着したままなので蘇生できるという事であった。ただし、数十年も風化していると剥離して無理だという。


(父上、騙してしまい申し訳ありません……)


 もしこれを公表してしまえばどうなるか? ソフィアに死者を蘇生させて欲しいという世界中の人間がこの猫島に押し寄せてくる事は目に見えていた。

 神楽は申し訳ないと思いつつも、この件は心に閉まっておく事にしたのだ。もちろんこの事を知り得た他の人間にも、厳重に口止めをしている。


「それと石化してしまったお三方は無事でしょうか?」

『ああ、厳重に保存している』

「良かったです。ではその方達もお連れ下さい」

『了解した』

「では父上、名残惜しいですがまた明日お目に掛かりましょう」

『ああ、分かった……神楽』


 そう切り出した父、鈴之助の顔付きが、一国を背負った険しい男の顔から柔和な一人の父親の顔付きに変わる。


「……? 何でしょうか?」

『良く無事でいてくれた、皆喜んでいる。遅くなったが、お帰り』

「っ!? ……ええ、只今帰りました」

『うむ。では明日』

「はい」


 通話が切れると投影された鈴之助の映像も消える。

 

「……今日も暑くなりそうですね」


 神楽は真上にきた太陽に片手をかざし、光を遮るようにして呟く。

 頬には瞳から流れた涙の滴が静かに伝わり、乾いた地面へと落ちて染み込んでいった。

 


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