第5話 神楽の企みと適材適所
とりあえず急を要する事態は過ぎ去ったので、今は落ち着きこれまでの出来事やソフィアの過去、この世界に来た理由なども一通り話を終えた所だ。
感謝と感激の嵐に巻き込まれて、ソフィアは少しぐったりしている。
またスマホにより自分達が2年もの歳月の間石化させられていた事も知ったのだった。
「(一刻も早く親しい人に無事を知らせたいのは分かりますが、申し訳ありませんが連絡するのは今は一旦控えてもらいます。なのでメッセージには既読などは付けないようにして下さい)」
「(……それはなんでだ、神楽殿)」
「(ソフィア様の事です。いま彼女の事が父上に知れたら、何をされるか分かりません)」
「(確かに……鈴之助様は悪いお人ではありませんが、融通が利かない事がありますからな)」
「(その通りです。なので私はアレを利用しようと思っております)」
「(やっぱり気付いていたか、アレ)」
「(まあ割りと目立っていたからな)」
「(政府用じゃなく、安っぽい作りだから民間人だろう)」
「(とりあえずアレは無視して下さい。配信して貰わねば困りますからね)」
神楽達はドローンに悟られない為に小声で会話をする。
神楽はあのドローンを利用して、この状況を世界へ配信してもらおうと考えていた。
恐らく既にソフィアの証言から、今までの空前絶後な動画を撮っているハズである。
その様子を世界に発信すればどうなるか? 当然ソフィアは時の人となり、総理である父の鈴之助もヘタな手出しはできないだろうと考えていた。
鈴之助は悪い人間ではない。だが、職務に忠実な為に、身内よりも国益を優先する人物ではある。なのでソフィアという人智を越えた傑物を知り得たら、きっと外交的に支障が出るという事で秘匿するに違いないと神楽は読んでいる。
命の恩人であるソフィアにはこの世界で窮屈な思いはさせたくない。彼女の力を考えれば大人しく幽閉や軟禁などはされないとは思うのだが、自由が阻害される事があってはならないと強く願っていたので先手を打つ事にしたのだ。
まあ、配信が世に出てしまうと別の意味で目立ってしまい動き辛くはなるのだが、そこは有名税として国に監視されるよりはマシだと我慢して貰おうと思っている。
余談だがライブ配信かそうでないかはドローン上部に点灯している色で判別がつくようになっている。赤は録画、青がライブ配信で今は赤色が灯っていた。
「改めましてソフィア様、この度は私達の命を救って下さり、ありがとうございました」
「……お礼はもう大丈夫。それにある意味ニワトリのお陰」
「コカトリスの、ですか?」
「そう」
ソフィアはみんなに石化していた事で命が繋げていた事を話した。石化していなければ、恐らく毒や怪我でもはやこの世にはいなかったであろう事も。
まあただし、その元凶もあのコカトリスなので結局は始末が出来て良かったという事に落ち着くのであったが。
「本音を言えば、あのコカトリスに一矢報いたかった所だがな」
「私もそう思います」
「まあ、過ぎた事を言っても始まらん。それよりもヤツが討伐されて全員無事に生還できた事を喜ぼうや!」
「小山内さんの言う通りです。今は皆の無事を喜びましょう」
「……そうだな。それが一番か」
「それにしても嬢ちゃんが、猫を愛でにわざわざ異世界から来るとはなぁ」
「ん、向こうに猫ちゃんいない。あとカワモフちゃんの名前が猫ちゃんだと分かって嬉しい」
「……まあ、名前というか属名ですが。正式名称は、ネコ目ネコ亜目ネコ科ネコ亜科ネコ属に分類される小型哺乳類のイエネコというみたいですな」
「……桜井さんスマホを見ながらドヤらないで下さい。千鶴さんに言いますよ?」
「すみませんでしたっ!」
神楽の一言でその場で土下座を決めた秀夫。少し先の未来で、ドローンに撮られていた為に世界に発信され、妻の千鶴に大変な目に遇わされる事になるなど知る由もない。
そんな神楽と秀夫のやり取りを横目で見つつ、ソフィアは桜井の持つスマホに指を差して言う。
「猫ちゃんが一番。でもそれにも興味はある」
自分の世界には無かった文明。科学というらしいが、剣と魔法の世界で生きていたソフィアには眩し過ぎる知識の宝庫である。
「スマホは身分証がないと厳しいですね」
「まあそりゃぁな、今やダンジョンに入るにも必要だからな」
このダンジョンのある地球世界では、科学と魔石エネルギーの融合により従来の文明類はさらに発達・発展を遂げており、当然スマホもその筆頭である。
身分証としてはもちろん、キャッシュレスによる財布の代わり、ダンジョンへの入場証等々挙げたらキリがない程に多岐に渡って必要不可欠なアイテムだ。
またスマートウォッチとの連動により、ダンジョンに於いてはより高度化したマッピングの形成や階層の把握、スキルや魔法の管理など空間魔法を使用した倉庫と合わせて、現代における必須の三種の神器と言われている。
(ソフィア様のこの世界の身分証を手に入れる為にも、アレによる配信は成功させなければ)
神楽は心の中で決意を新たにするのだった。
「しかしソフィア様を導いてくれたのが、あの猫島写真集だったとは……」
「ええ、これはきっと猫神様の御導きに違いありません……畏こくもいと尊き猫神様、感謝致します」
「「「「「感謝致します、猫神様」」」」」
あの強大で凶悪なコカトリスという化け物を一蹴し、神にも匹敵するような人智を超えた存在であるソフィア。その彼女が召喚し手にした一冊の写真集、それが切っ掛けでこの猫島へと世界の壁を越えて来た事、そしてこの窮地を救ってくれた事。
点と点が線になり運命は繋がっていく。
偶然としては余りにも出来過ぎる展開。神楽と猫足衆達は猫神様の助力に対して感謝の祈りを捧げるのだった。
「確かにあの写真集? には神聖な神力の残滓が感じられた」
「……やはりっ!?」
「となるとソフィア様はやはり猫神様の御使い様……」
「「「「「……っ!?」」」」」
一斉に土下座をする猫島由縁の者達。
「全然違う、猫ちゃんをモフモフしに来ただけ」
「わっはっはっはっは! 嬢ちゃん、この状況でも猫一筋かよ。大物なんだか天然なんだか」
「小山内さん! 御使い様に失礼ですよ!」
「……御使いじゃないから。普通でいい」
「そんなに好きならとりあえず、ソフィアさんに猫の動画でも見せてあげたらどうだ?」
「動画?」
「……そこからか。まあ百聞は一見にしかず、桜井さん適当な猫動画を」
「分かりました、片桐さん。それでは私の秘蔵の猫動画をお見せしましょう!」
◇ ◇ ◇
「……まさかいきなり爆発するとはな」
「おうっ! 俺も目ン玉飛び出るかと思ったぞ」
「ソフィア様お怪我は御座いませんか!?」
「……大丈夫、結界張っておいたから。天使が降臨したから暴走しただけ」
「……ですがお
桜井のスマホで猫の動画を見せた所、突如ホアッという間抜けな声と共にソフィアが自爆をしたのだ。幸い結界のおかげで周囲に被害はなく、彼女自身もローブのお陰で無傷である。ただし死の砂漠の時と同様に、髪はアフロになり顔回りも悲惨な事になっていたが。
「大丈夫――
「凄い……一瞬で綺麗に!」
「……いやぁ、まあなんだ。命の恩人に向かってこう言うのは何だけどもよ、こんな調子で直接猫に会ったらどうすんだ、嬢ちゃん?」
「確かに、動画でこれではな……」
「問題ない、段々慣れてきてる。枷もいらなかった、最初は力が真っ黒い空まで行った」
「枷? 真っ黒い空? 宇宙の事でしょうか?」
「宇宙? って言うの?」
「――ああ、うむ。とりあえず宇宙と猫の件は置いておくとして……これからどうするのだ、神楽さん?」
話があらぬ方向に転がりそうだった為、片桐は修正するべく神楽に今後の対応を聞く。
自分から猫動画の件を振っておいて、である。
「そうですね……ソフィア様、先程の件は本当に宜しいのですか? 正直ここまでして頂いたうえに、さらに島の魔物を一掃してもらうなど申し訳なく……」
「ん、問題ない。猫ちゃんが魔物じゃないとわかったから容赦はしない。あと困った人は見過ごせない」
ソフィアはこの島がダンジョン崩壊によって、スタンピードが起こり島中に魔物が溢れている事も伝えていた。神楽からはその対処は島の人間である自分達の役目だと思っていたのだが、ソフィアから割りと簡単に魔物だけを島から駆除できるという提案を受けたのが現状である。
「まあ神楽殿、ここはソフィアの嬢ちゃんに任せた方が良いと思うぞ?」
「小山内さん! あなたはギルドの長として責任感はないのですかっ!?」
「いやいや、あるからこそだ。俺達が見据えなきゃならんのは、魔物を掃討した後のこの島の復興だ。倒して貰った魔物数十万の魔石や素材の扱い、瓦礫の除去や建築物関連、避難した住民達の帰島準備など、やる事は腐る程ある」
「小山内さんの言う通りだ、神楽さん。適材適所、俺達はそれぞれの場所で己にできる事をやれば良い。その上で時短になるなら、ソフィアさんの提案に甘えてしまうのもアリだと俺も思う」
「片桐さん……」
「神楽お嬢様、お嬢様は一人で何もかもお抱え過ぎるきらいが御座います。ここは皆様の言う通り、ソフィア様に頼られても宜しいのではないでしょうか?」
「燕まで…………分かりました。ソフィア様、恥を忍んでお願い致します。お願いしても宜しいでしょうか?」
「ん、任された」
フンスと鼻息を荒くし、無表情のドヤ顔で自分の胸を叩くソフィア。
その愛らしい仕草と表情に癒され、一人で気を張っていたのが少しばかり馬鹿馬鹿しくなった神楽。
「ふふ、それではお任せ致します……それではここで二手に分かれましょう。私と燕はソフィア様に付いて行きます。残りのみなさんはダンジョンに残って門撤去後の対処をお願いします」
「まあそれはいいんだけどもよぉ、あれマジで太陽に繋がってんのか嬢ちゃん?」
「ん、繋がってる。一方通行で門を通過したら最後、私と弟子達と耐性のある竜位しか帰ってこられない」
「いやいや、太陽に飲み込まれて帰って来られるのもヤベェけどよ」
「熱や太陽光線とかはこっちに一切入ってこない設計だから安心」
「……そういう問題なのか?」
皆がソフィアの言葉を聞いて一斉に門を見る。通路が狭いせいか、魔物が門の前で渋滞を起こしていた。門に消えていく魔物を不審に思ったのか、知性が少し高い種類の魔物達が警戒して門の前で止まっている事も要因の一つだった。
「……ん、改良の余地アリ」
「いや、あれでも足止めになってるし充分だろ?」
「小山内さん、ソフィアさんの感覚に我々が合わせるのは無理だと思うぞ」
「神の御使い様ですから」
「違う……じゃ門を消す――
通路の奥に設置していた門が撤去される。すると途端にダムが決壊したかのように、魔物の群れがこちらに雪崩になって襲いかかって来たのだった。
「まったくどんだけいやがる、だが面白れぇ! 2年ぶりに両断丸の錆びにしてやる!」
「フフ、腕が鈍ってなければ良いが」
「「「いざ!」」」
「それではお嬢様、燕を宜しくお願い致します。燕、神楽お嬢様を頼んだぞ」
「はい、父上」
「桜井さんもお気を付けて」
「ん、死んでも蘇生するから大丈夫」
「「「「「「「「…………」」」」」」」」
聞いてはいけない事を聞いてしまった各々は、それぞれに与えられた宿命を今はとりあえず果たすべく駆けていった。途端に接敵した者達の剣戟の声が交差する。
「おおおりゃあぁぁっっ【破岩波】!!! 嬢ちゃん達! こっちは大丈夫だ、早く行ってくれ!」
「シッ!奥義、【朧月】! 島の解放を頼む!」
「「「はぁっ!!! 【円爆】!!! お願い致します!!!」」」
「そいっ! 【斬手裏剣】! 頼みましたぞ!」
「ん、まかせて」
「みなさん、お気をつけて! それでは、ソフィア様、燕行きましょう!」
「はいっ!」
「ん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます