第4話 常識外れの魔女による救出劇と生還と
少女は怪物を倒した後、カワモフちゃんを探して山麓を歩いていた。
空中に浮いた奇妙な物体は相変わらず付いてきていたが、今はカワモフちゃんの為にとりあえず無視をしている。
(あそこ何かの穴? ハチの魔物? 一杯いる)
しばらく歩いていると、大きく壊された穴のような形状のモノを発見する。
崩れた岩が瓦礫になって積み重なってはいるが、元々は何かの入り口だったような形跡が残っていた。その入り口らしき所には、一匹一匹が人間の赤ちゃんほどもある大きな蜂の魔物と、その躯体に見合う大きい屋敷程の巨大な巣が鎮座している。その数は目視だけでも数百匹といった所か。
あの奇妙な空中に浮かぶ球体は蜂に警戒しているのだろうか、かなりの距離と高度を保っていた。
(坑道?)
穴の方に目を向ければ、ここは山なので何かを採掘している坑道だったとしてもおかしくはない。だが少女は違和感があった。
(……ダンジョンからのスタンピード?)
坑道のような崩れた大きな穴、廃墟になった港町らしき光景、おびただしい数の魔物。ピースとピースがカチリと嵌まり繋がった事で、少女が今まで考えていた事がようやく正答だったと証明されたのだ。
(あのニワトリ、弱かったけれど原因?)
スタンピードには大抵大きな要因が存在する。
一つは魔物がダンジョン内で討伐されずに増え続けた事による原因、いわば風船の中の水が収まりきらずに破裂し溢れ出した状態。
もう一つが自らを脅かす大きな脅威がおり、集団が恐慌状態になりダンジョン崩壊と共に外に押し出される事である。
今回は後者だったという事だろう。ただしその脅威が少女にとっては弱すぎて原因とは信じられなかったのだが。
(ん、中から微かな人間の生命反応……瀕死?)
ダンジョンの入り口付近を観察していると、人間の生命反応が微弱ではあるが察知できたのだ。だがその反応は余りに虚弱であり、発している者が瀕死か仮死状態なのは容易に判別できた。
「
さすがに人命が掛かっていたので逡巡している場合ではなかった少女は、即座に蜂の魔物への有効な魔法を発動させる。
すると巨大な蜂の巣を中心にして透明な球体が空中に飛翔していた巨体蜂と共に丸ごと包み込むと、毒々しい紫の煙が中に充満していく。
元々蜂は煙などの刺激物に弱い生き物である。魔物になっても一部の例外はあるが、性質はそう変わらない。これに毒が加わった事により、逃げ場を失った蜂達は次々と死んでいく。
やがて中にいる全ての蜂達が死に絶えたのか球体は光の滴となって消え去り、間髪入れずにボトボトと大量の蜂の死骸が地上に落ちてきたのだった。
巣の方も生命活動は感じず、今は静かに巨大で異様な姿だけを晒している。
「死体が邪魔――
入り口を塞いでいた邪魔な死体と巨大な巣が瞬時に消える。上空でこちらを伺って待機していた球体が微妙に揺れ動く。
が、少女は気にせずにダンジョン内部に入っていった。
◇ ◇ ◇
ダンジョン内も当然という位に魔物で氾濫していたが、少女は落ち着き払い何事もなく対処と駆除をし、死体の山ができる度に収容していった。
(次から次へ沸いてきて邪魔)
だが際限なく沸いてくる魔物に苛立ちが募り、ある大きな空間に入った時に沸いてくる方向の通路へ魔法を放つ。
「
通路に門を設置した少女は発していた生命反応を探す。微弱な反応だった為、追い辛かったが、何とかこの広い空間へと辿り着いたのだ。
そして見つけたのは、手足がおかしな方向に向いている石像。少女は横たわった石像の前までやってくると、手で優しく触れるのだった。
「この石像……やっぱり人間。あのニワトリの仕業? 今助けるから――
優しげな癒しの淡い光が石像を包む。すると石の部分が剥がれ落ち、中から人間の皮膚が露出する。
「%$っ、#&っ……」
「いけない――
石化が解呪されたと同時に苦しそうに血を吐く女性。とっさに状況を判断した少女が回復魔法を掛けて事無きを得た。
回復はしたが酷く憔悴している様子だったので、水筒を取り出し頭を抱き抱え少しずつ水を飲ませる。
「
その間にも髪を始め身体の汚れや服が破れたりしているなど酷かった為、ついでとばかりに魔法を行使して女性を元の状態へと戻しておく。
「#$%&!?……#$%&#!」
「ん、言葉がわからない」
「$%&#§Ω!」
「ん? 何? どこいくの?」
恐らくこの異世界での人間である女性は、回復したと思いきや急に立ち上がり少女の腕を引っ張ってどこかへ連れていこうと必死の様子であった。
余りの必死さに少女も只事ではない雰囲気を察し、付いて行くとそこには女性と同じく石像になったと思われるモノが空間内のあちこちに転がっていた。
ただし女性とは違いバラバラになった無惨な状態で、だ。
あの鶏か、スタンピードにより集団で暴走した魔物に踏み砕かれたりしたのだろう。
「%$#&±†※!」
女性は少女の前で膝を折り三指を付いて土下座をしてくる。
バラバラになった人間であった石像を指で指し、何度も頭を下げ頼み込む。言葉は分からないが、石化を解呪して欲しいのだろう。
「…………ん」
「#%&‡!っ!?!!!!」
だが少女は首を横に振る。
残念ながら彼の者達の生命反応はない。石像状態であったのなら何とかなったはずである。だがバラバラになってしまっては、それは死を意味する。
そもそも少女は女性だけにしか生命反応を感じなかったのだ。彼女が魔物に見つからずバラバラにならなかったのは運が良かったからに過ぎない。出入り口から死角になった岩場の影にあったお陰だからだ。
その途端、女性は絶叫しながら地面に伏せ大声で泣き叫び、崩れる。
「ああああぁぁぁっっ!!!!! &%#$※っ! #$%&#っ!」
言葉は分からずとも、悲痛な叫びは異世界共通であった。容易に理解ができた。
少女は地面に伏せ泣き叫ぶ女性を抱き起こし、そっと背中に両手を回し抱き締めて、赤ちゃんをあやすように優しく撫でた。
「ん、好きなだけ泣くといい」
「うわあああぁぁぁぁっっ!!!!! $%#&#!」
少女にすがりつくようにして号泣している。嗚咽混じりに言葉を発しているようだが理解はできない。
広い空間内に女性の慟哭が反響する。空中にいる物体が心無しか、悲しみが乗り移ったようにたゆっていた。
◇ ◇ ◇
しばらくすると落ち着いたのか、女性は少女の腕から離れる。
すると再び三指をつき今度は土下座ではなく、丁寧な礼をして見せた。
「Ω※∈#$%∞$%#」
「ん――
「%$#&!? ※∞Ω#$%†」
泣き崩れた事でまた顔が汚れてしまった彼女に対し、再度魔法を掛け綺麗にする。
きっと改めて、自分を助けてくれた事に感謝をしてくれているのだろうと、女性の丁寧な礼を見て判断をした少女。悲しみが大きかったようだが、辛くても前を向いて歩いていって欲しいと思うのであった。
「$%&#∞?」
「……?」
やはり何を言っているのかさっぱり分からない。
取り合えずこういう時は笑顔なんですよと弟子に言われた事を思い出し、ニヤリと精一杯の笑顔を浮かべた。
「#%&‡!!!!」
その途端、女性は絶叫しながら一目散に逃げ出し岩場に隠れる。
「何かいけなかった?」と思いながら首をかしげるが、普段無表情の少女がむりやり笑顔を作ると、実は般若のようになるのだが全く気づいていない。
(ん、無理。辞書を貸してもらう)
言葉の重要性を改めて認識する。
翻訳魔法をこの世界用にアップデートする為に、言語の辞書を欲した少女。ただしそれが上手く伝わるか不安だったので、策を弄する事にした。
前の世界で使われていた西大陸標準語の辞書を取り出し、逃げて岩の影からそっと覗いている女性にこれを見るようにジェスチャーをした。
「#$%&‡Ω?……%$&#§∀△!?」
話が通じたかは分からないが、恐る恐る近づいてくる。
本を手渡すと、多少おどおどしながらも捲りはじめてくれたのだった。
「同じ、この世界の言葉の辞書」
少女が先程と同じようにジェスチャーで交互に、口を指し本を指し必死に説明をする。
その必死さに応えるように女性が読んでいると、急に騒ぎ出した。
「‡∀△#%?……§Ω$%‡§×○%#!」
女は突然、空間魔法の掛かった巾着袋から板状のモノを取り出すと、必死に何か指を突っつき始める。時折指を滑らせたりしながら何かを探しているようだった。
「$%#Ω!」
女性が少女に板状のモノを見せる。空中に何か文字の羅列が投影されている。魔方陣であろうか? 一体どのような仕組みなのか、興味をそそる。微かな魔力、いや魔石であろう痕跡がみてとれる魔道具らしきものだった。だが、今見るべき所はそこではない。
何故ならそこには、少女が欲してやまなかったこの世界の言語辞書らしい物が目の前に存在していたのだ。
「
板に向かって手の平をかざしながら呪文を唱える。
不思議な事に文字の羅列が光り、文字が浮き上がったと思ったら、螺旋を描きながら少女の額に吸い込まれていくのであった。
「$%&#∠※!?」
「……ふぅ」
時間にして10分位であろうか? 最後の光の文字が吸い込まれると、安堵の表情を浮かべ深呼吸をする。
それを見ていた女性は驚愕の顔で絶叫していたが、少女は構わずに作業を続ける。
誤解は言葉が通じた後で正せば良いと思っていた。
「
続けて自分に言語翻訳の魔法を掛ける。これは永続魔法で一度翻訳に掛けられた言語は未来永劫訳される。
少女はキチンと翻訳魔法が機能している事を確認すると、おもむろに女性に向かって言葉を話した。
「Does it make sense?」
残念ながら女性が渡したのは英英辞典アプリだった。
◇ ◇ ◇
「本当に申し訳ありません」
「ん、大丈夫問題ない。ありがと」
「以前英和辞典と間違えて入れてしまったのを忘れていました……」
少女が突然英語を話しだし、驚きつつも間違えて英英辞典を差し出した事に気づいた女性は、改めて日本の国語辞典のアプリを差し出し、少女の解析と翻訳が終わった状態が今である。
「では改めてまして、私は神社で宮司をしております
「ん、思ってないから大丈夫……神社って何?」
初めて聞く単語に聞き返す少女。
実は言語解析と翻訳はあくまで言葉を理解するだけの魔法であって、知識を補完するものではない。知識解析という一瞬にして知識を得る魔法もあるのだが、知識はなるべく自分で学びたいという考えを持っていた。
言葉も知識の一つなのだが、割りとせっかちな為にそこは省いている。
「神社とは西洋風に言えば、神殿になるでしょうか?」
「ん、理解した――私はソフィア・クイン、異世界から来た。名前は向こうの言葉で永遠の探求者という意味」
「異世界……神様とかでは?」
「神様じゃない。大いなる意思? 精霊? 的なもの……らしい」
「精霊様……どちらにせよ、とても高位な存在の方とお見受け致しました」
「そんな大した者じゃない」
ソフィアは神楽と名乗った女性が自分の生い立ちを知って萎縮しているのが分かり、少しでも緊張をほぐそうと気を使って言葉を発した。
一方の神楽は、異世界から来たソフィアと名乗ったこの少女が、尋常ではない力の持ち主である事は今までの行動から容易に知れたので、自身が一番気がかりな事を聞いて見る事にしたのだった。
「あの……それで、ここに来られるまでにコカトリスを見ませんでしたか?」
「コカトリス?」
「あっ……ええ、その大きな鶏のような化け物です」
「あのニワトリ? 殺した」
「殺した!?」
「ダメだった?」
「あっ、いえ、全然ダメではないです……むしろ仇が討てた事が……嬉、しくて…うっ、ううっ……死んだ、あの子達も……これで…くっ、浮かばれ、ます……ううっ」
誰かがあのコカトリスという名の鶏に殺されたのだろうか? 少女にとっては路傍の石同然の輩だったのだが、あの巨体だったのだ。少し力のある者が挑んでも返り討ちにされるのも無理は無い。
だからこそ少女が殺した事で仇も取れ多少溜飲が下がり、悲哀と驚喜が混じった涙を流したのだろう。悲喜こもごもというやつである。
「綺麗な顔が汚れる、よ?」
「ふふ、ありがとうございます。でも私の顔などどうでもいいんです、すぐに弔ってあげないと……」
「……大事な人、亡くなったの?」
「……はい……そこにバラバラで……ううっ、転がって……くっ」
「ん?……死んでないけど?」
「はい……死んでないけど、転がって……ううっ………………えっ!? 死んでない!?」
「ん、生きてはないけど死んでもない」
「そ、それはど、ど、どういうこ、事なのでしょうか!?」
神楽が動揺するのも無理はない。ソフィアが口にした言葉はまるでトンチである。
「石像がバラバラになったから死んだだけ」
「それは死んだのでは?」
「死んでない。石像を復元すればいいだけ」
「で、でも私が石化の解呪をお願いした時は、無理だと首を振って否定してらしたハズでは?」
「ん? それはバラバラのまま解呪したら、バラバラ死体ができるだけだから否定した」
「と、という事は石像を元に戻せば生き返るのですか?」
「ん、そう」
「石像は元に戻せるんですか?」
「ん、簡単」
「Ω※∞†&%#$!?!!!! もうっ、もうっ! ソフィアさん、もうっ!!!!」
「……?」
神楽がポカスカとソフィアの身体を殴る。もちろん力は入っていない。彼女が動揺するのも当然である。通常石化して粉砕された者は死んで復元などはできない。だが、ソフィアと彼女の弟子達は簡単に実行できてしまう。
浮遊物体も動揺を隠せないようだ。
「じゃ、元に戻す――
空間内に魔方陣が広がる。バラバラに砕け散っていた石像が、それぞれ元の形に構成し直されていく。その様はまさに、時間を逆回転させたかのような光景である。
やがて光が収束すると、元の人間だった形の石像が横になっていたのだ。
「うあああああああぁぁぁぁっっっ!!!!! 燕っ! みなさんっ!」
思わず駆け出し一体の石像に抱きつく神楽。恐らくその像になった人間に相当な思い入れがあるだろう事は、事情を知らないソフィアにも察せられたのだった。
「……神楽、石像また壊れる」
「うえっ!?」
だが、空気は相変わらず読めなかった。
「……申し訳ありません。燕……この子と私は赤子の頃から姉妹同然に一緒に過ごしてきた仲なのです。お恥ずかしい……」
「仲良き事はいい事」
「ありがとうございます」
「ん、じゃ石化も戻す――
先程と同じように魔方陣が広がり、神楽が体験した時と同様に石化した部分がゆっくりと剥がれ落ちていく。
「ううっ……ゴフッ!」
「俺は……ガハァッ!」
「こ…こは? ゴホッ!」
「こ、これは!?」
「面倒だけど、石化状態の時は治癒は効かない。だから解呪してから掛ける――
神楽と同じで石化が治っても直前の怪我や病気、犯された毒などは残念ながら自然治癒はしないのだ。
癒しのミストの光が広がる。怪我や毒状態なども治り、浴びた人間達が生気を取り戻していく。
「俺は一体……」
「……俺は倒されて」
「……ここは?」
「「「……う、うぅ」」」
「……っ!? か、神楽様っ!」
燕と呼ばれていた女性が起き上がりに神楽の姿を見つけると、抱擁をしてくる。その表情には涙が滲んでおり、主従の垣根を越えての絆が目に見えるようだった。
「燕っ! 無事で、本当に無事で良かった!」
「神楽様っ! ううっ、神楽……神楽が無事で安心したよぉ!」
「神楽様、私達は一体……」
「どうなってんだ、こりゃぁ」
「俺は……生きてる?」
「「「……?」」」
それぞれの無事を喜ぶ者達、いまだ何が起きたか混乱している者達、自身の生還に確信が持てない者など、各人各様の反応を見せている。
そんな中、メンバーの中で唯一何が起きたのかを熟知している神楽が柏手を打つ。
「はい、みなさん! 混乱もあるとは思いますが、私達はまず始めに絶対にやらなければならない事があります」
「やる事? コカトリスのヤツか?」
「なるほど……」
「確かに、このままでは猫足衆副頭領としては、終われませんな」
「神楽様! どこまでもお供致します!」
「「「……はっ!」」」
「……違います。コカトリスは既に退治されました」
「「「「「「「……はぁっ!?」」」」」」」
「私達全員は、コカトリスを退治して下さっただけでなく、命をも救って下さったこちらのソフィアさんにお礼を言わなければなりません」
ジャーンやバーンなどのSEが発生しそうな紹介で、神楽の後ろから登場したソフィア。
悪ノリも相まって、手を広げながらのドヤ顔だ。無表情のドヤ顔であった。
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