第3話 絶望の先にあったのは焼き鳥


(港……廃墟?)


 少女が薄い膜の張った異世界の扉から「タプンッ」という小気味良い音と共にやってきた異世界であろう景色は、かなりの異様な光景が迎え入れていた。

 向こうで見た景色通り瓦礫があちこちに散乱しており、相変わらず多数の魔物が跳梁跋扈していたのだ。

 幸い少女のローブには、雑魚の魔物は感知出来ない認識阻害魔法が編み込んであり、こちらには全く気付いていない。

 周囲を見渡せば、同じく廃墟というよりは戦場跡といっても過言ではない程の惨状で、明らかに自然ではなく不自然な様相を呈していた。


(この世界の言葉……でも周囲は魔物)


 その前にやる事があった、言葉の壁である。

 突如現地民に会うかもしれない。いくら始原の魔女と呼ばれている規格外の力を持っていようと、インプットされていない言語は翻訳のしようがないのだ。

 分かりやすく言えば、翻訳ツールの翻訳言語一覧の中に言語が記載されていない状態である。


(ん、いいや。現地民に会ったら笑顔、これで解決)


 その見た目や言動、態度などからコミュ症だと思われがちではあるが、実は以外にコミュ強である。初めて会う人物にも物怖じしなかったりする。

 ただし、いつもほぼ無表情なので笑顔が出せるかは疑問だが。


 歩いていると殆どの物が原型を留めてはいないが、珍しい建築物や何やら車輪の付いた鉄の箱のような物が目に飛び込んでくる。

 海に目を向ければ金属や木材でできているような漁船だったらしきものが、海に半分沈んでいたりボロボロになって朽ちかけていたりもした。


(見た事もない物がたくさん)


 思わず感嘆する程に周囲に広がる光景は、心を引き付けるには充分だった。

 だが惜しいかな、そのどれも目に入るすべてが瓦礫の山と化していたのである。


 そんな事を考えていると、古びてボロボロになった倉庫らしき建物の前に着いた。扉は開け放たれており、中は薄暗いながらも小窓から太陽の光が指し入っているのか、空中に舞う埃がキラキラと照らし出されていた。

 漁に使う道具だろうか? そこら中に散乱しており、小さな小舟の漁船もシーツが掛けられ保管されている。


(シーツの下、カワモフちゃんいる?)


 おもむろにシーツを剥ぎ取ると、期せずしてそこにいる団体さんの中の一匹と目が合い視線が交差する。

 

『………………ゲェ?』

  

「――万死値、【水輪の刃】ヴィシュレス・テラ


『『『『『『ゲゲェェッッ!? ギャァァァッッッ!!!』』』』』』


 水で出来た丸ノコの鋭い刃が、一瞬にしてゴブリン達の身体を小舟ごと真っ二つに引き裂く。

 辺りは一面、緑色の血液らしきものとぶちまけられた臓物や脳、木の破片が散乱しておりどこの戦場かという程の惨状を描き出していた。 


 殺されたゴブリン達は、運の悪い事に少女を暴走させた”絵姿”のカワイイモフモフ赤ちゃん生物と同じ構図、同じ体勢、同じ数で寝ていたのである。

 あの素敵なカワイイ情景が、臭く醜い生物に上書きをされたのだ。認識阻害で素通りはできたのだが、彼女に殺すなという方が無理な話なのであった。


(魔物全滅させる?)


 少女の元の世界を基準にして考えるなら、この状況はスタンピードが起こった様子とソックリではある。

 人間が魔物によって全滅させられたとなれば、状況は変わってくる。ただ少女的にはカワモフちゃんが魔物である事は捨てきれていないので、やろうと思えば簡単に全滅させられるのだが、躊躇しているのだ。


 と、そこにかなり大きめの魔物の反応を遠方の山に少女は感じた。


(ドラゴン? 行ってみる)


 反応の大きさからしてドラゴンではないかと推測する少女。

 異世界仕込みの知識では、ドラゴンは高度な知的生命体で会話が可能という先入観を持っていたのだ。実際向こうの世界でも友人関係を築いている竜種もおり、ドラゴンが悪とは思っていない。

 少女はこれから行こうとしている山をその瞳に写し、呪文を唱える。


範囲転移アルテ・ポルテ


 少女が一瞬で消える。一見、死の砂漠に行く時に使った空間転移と同じように見えるが、原理は別である。

 空間転移は一度行った場所にマーキーングを付けておく事で使用できる。一方、範囲転移は瞳で視認ができる場所限定なのだ。

 つまり少女はこれで、好きな時に異世界の壁を超えて元の世界に帰還ができてしまう。

 ただし、さすがの少女も連続で異世界に行き来できる魔力はない。せいぜい一日に一度片道切符程度だろう。

 ちなみに範囲転移は転移できる距離が限られており、遠見の魔法を最大使用した100km位が限界値である。



 ◇ ◇ ◇ 



(ここら辺?)


 転移してきた少女は山の麓にきていた。鬱蒼と木々や草が生い茂り、手入れがされていない事が誰の目にも明らかな状況であった。

 だが奇妙な事に、所々草を食い散らかしたような地面が剥げた跡が点々としているのだ。

 そんな事をこの光景を見ながら考えていたその時――


「……何か来る?」

『グゲェッゴオォッゴオオオォォォォッッッ!!!』


 巨体を震わせながら大音響の嘶きを周辺に鳴き轟かせ、両翼の羽を熾烈に羽撃かせて台風並みの暴風を纏いながら、猛然と地響きと土煙をあげ凄まじいまでの速度で突進してくる物体。

 周辺の木々や草も押し退けて、少女に一直線に向かって来るこの様は一言で言って悪夢である。もしもこの光景を見ている者がいたとしたら絶望と悲哀と憐憫に包まれていたであろう。


「……うるさい――【鉄拳制裁】ポデフィア・レスセンス


 ――ただし始原の魔女と呼ばれる少女でなければの話だが。


『ゴォッブルゥアァァゲエェェェッッッ!?』


 怪物の巨体が、少女の身体を押し潰そうとしたその時、空中に巨大な鉄拳が現れて怪物の胴体を逆に打ち砕いた。

 殴り倒されたその巨体は、山裾に広がる伐採もされずに生えている木々をなぎ倒しながら転がっていく。

 怪物は全く予期せぬその出来事に、真っ赤に染まったその赤い目の瞬膜が、せわしなく開閉している。打ち付けられた左の翼はひしゃげており、最早広げる事も儘ならない。


「ドラゴンじゃない? ニワトリ? お尻にヘビ? キメラ?」


 一方その原因を作った少女はまるで他人事のように、首を傾げていた。大きな生命反応があって来てみれば、ドラゴンではなくて只のでかい鶏であったのだ。

 しかも尻に蛇まで生えていてキモイし、キメラと呼ばれる少女の世界の禁忌生物に似ていた。あと、単純にうるさかったので思わず手が出てしまったが悪気はない……多分。


『グギャアァァッッゴオォッッ!!!』


 怪物は地面を転がりもがき苦しんでいた。

 当たり前である。生まれた時から地の王者として君臨し、今まで痛みなど感じた事もない。それがこの矮小でみるからにひ弱な存在が起こした出来事なのだ。


「会話できる?」

『ゴオォゲエェェェッッ!』


 千載一遇のチャンス! 怪物はそう思ったに違いない。何やら不用意に近づいて来る矮小なモノ、防ぐ事ができない石化の呪いを浴びせてやる。石になった後にこの礼はたっぷりしてやろう、そう考え眼に強力な呪いの力を込めて放つ。


「ん、石化の呪い?」


 無情にも少女には効かなかった。呪いが到達する直前に消え去ったのだ。

 まあ当然である。少女の身に纏ったローブは自身が研鑽し知識を総動員し長い年月をかけ製作した至高の逸品なのだ。

 多種多様な便利で完全完璧、安心安全な魔法効果の数々が、完全持続で常時発動するようにこのローブには込められている。清浄魔法が組み込めないという欠点はあるが、それを補って余りある性能を施していた。

 その一つが呪い無効で、恐らく神罰に匹敵する呪いでも無効化してしまうと云われている。


『グ……ゲェ?――ッ!? グガアァァッッ!!!』


 何で効かなかったのか、何故平然としているのか、怪物は理解ができない。

 それならばと、今度は必殺秘中の石化光線を彼女に向かって放った。


「? 今度は光線の石化?」


 当たり前だが何事もなく立っている少女。

 石化自体効かないのだ、光線で飛ばそうが効くわけがない。

 

『グッ……グルゥッギャアァァッッ!!!』


 怪物は怒り狂っていた、痛みの事など忘れて。

 自分など歯牙にも掛けないその態度に業を煮やし、起き上がったと思ったら、巨大な蹴爪の付いた鶏足をかき鳴らすように地団駄を踏み、右の翼を羽ばたかせて威嚇していた。


 衝撃は凄まじく、山を揺らし地響きを響かせながら大地を震わせている。

 流石の少女も足腰が覚束なく立っていられる状態では……立っていました。

 というより空中に浮いていた。

 実はこれもローブの効果の一つである。自身を脅かす強い揺れ等を感知した時、自動的に浮遊機能が働き浮く。ちなみにネタバレするなら、怪物が最初に現れた時から浮いていた。


『ゴゲェグゲェグゲエェェッッ!!!』


 怪物は、自分が何をしても涼しい顔で首を傾げてくるこの矮小なモノに、もはや遠慮などいらないと思い始めていた。

 あの生まれた時に襲ってきた矮小なヤツらでさえ、手も足も出ずに無様に破れ去った自身の必殺の攻撃を使ってもいいのではないか。

 正直あの攻撃を使うと、この一体が焼け野原になり美味しい草が食べられなくなる。そう思いあの技は封印していたのだ。だがこいつなら使っていいのでは? そう思った矢先には既に身体は条件反射で動いていた。


『グゥルゥックゥッギョアアァァッッグゲエェッッ!!!』


 怪物が身を震わせ、自身の羽一枚一枚に静電気を纏わせ毛羽立たせる。使い物にならなくなった左の翼の羽にさえも行き渡らせ、巨体の威圧が否応なく増す。

 怪物が纏うそれは、静電気からいかずちへと変化していき、全身を紫電の塊へと変えていく。

 同時に、残った右の翼を羽撃かせ暴風に似た風を身に纏う。切り裂く暴風と紫電の雷、合わさったそれは疾風迅雷であった。


 『グルゥッゲエェェッッ!!!』


 怪物が渾身の一撃必殺の技を放つ。

 カマイタチのような鋭い風の刃と稲妻轟く雷撃。その一つでさえ致命傷は必須であり、避けられぬ理不尽な暴力。

 それらが一体となり、暴力が暴虐と化した怪物の起死回生の一撃が、少女の小さい身体へと迫っていた。


「今度は雷と風?」

『ゴゲェッッ!?』


 いつもの無表情の顔で呟く少女。

 接近したその一撃は、羽虫が殺虫灯で殺される時のような音と共に消え去り、少女は全くの無傷で空中に浮いていた。

 当然ローブには、対魔法攻撃と対物理攻撃の全てを無効化する仕掛けがしてある。


「燃えてる……」


 周りを見渡すと、技を放たれた直線上に広がる木々に火が燃え移っており、無表情の顔を少し嫌そうに歪めている。

 もはやこの奇妙な怪物には話が通じないと悟り、少女は本格的に反撃にでる事にした。


「雷はこう使う――【百花雷鳴】サタレア・アラント


『ゴオゲエェェェェッッルウゥゥッッ!!!』


 雲一つない青空広がるこの晴天下に、突如発生した無数の迅雷。

 稲光と轟音と共に全てが怪物に降り注いでいく。先程自分が放った電撃の威力が天と地ほども違う事を今、身動きが取れない状態で怪物は実感していた。

 雷の耐性を持っていても何の意味も為さない、これこそが真の理不尽な暴力。

 感電状態に陥った怪物は一糸も身じろぎできずに、ただただこの身に起きた現状が一刻も早く過ぎ去るのを待っていたのだった。


『ゴ、ゴゲエェ……』

『シャシャシャァァァッッ!』


 迅雷が収まったと同時に鶏の巨体が地面に倒れる。

 憐れ怪物、全身白かった羽毛が炭のように真っ黒に焦げており、所々煙が燻し出されている。だが尾の蛇の方は主と違い、ダメージは少なかったようで怒り心頭といった具合だ。

 何故無事だったかと言えば、魔物の蛇はその皮が絶縁体として機能しており電系の攻撃に対して大きな耐性があるからだ。

 

「近所迷惑……成敗」


 そう言っている少女だが、この一面廃墟ではご近所さんがいるとは到底思えない。さらに鶏の技以上に少女のせいで多数の木々に火が付いて延焼してしまくっている。

 一番迷惑だったのは少女の放った技の方という事を、残念ながら気づいていない。


「良し」


 全然良しじゃない。


「……火事?」


 あんたのせいや。


「……消す――【水の妖精の慈悲】ベタ・ケイジュ・アルモ


 突如空中に水が集まり出し、人形を模したモノにかたどっていく。その姿は神話の女神のような美しさと神々しさに溢れていた。背中に薄透明の羽を四枚を身に付け、女性らしい起伏に富んだ身体を水の羽衣で包みこんでいる。

 そんな彼女が慈悲の笑みを称えたかと思えば、広げた両腕から水がほとばしり虹を描きながら周囲の火を鎮火させていく。

 気がつけば火は全て掻き消され、水の妖精も虹と共にいつの間にか消えていた。


「良し」


 今度は良し。 

 だがしかし、ホッとしたのも束の間で今度はそこに別方向からの攻撃が少女を襲う。宿主の復讐とばかりに、尾に張り付いていた蛇が反撃に出たのだ。


『シャアァァァァッッ!!』


 蛇の口から出された致死性の毒、その毒は瞬く間に辺り一面を毒の霧で押し包む。

 噴霧された毒は当然少女にも達しようとしていたが――


「毒……」


 効く訳が無い。

 毒の対策をしていない訳がない。だが残念ながらこの蛇は脳のリソースを殆ど鶏に取られており、主人が危機の時は毒を吐くという条件反射しかできなかったのだ。

 さらに運の悪い事にこの行為が、少女の逆鱗に触れる事とは露にも知らずに。


「毒とか、私は効かないけど……カワモフちゃん達が死んだらどうするの? お前達はもう死刑――【太陽の炎】アウリオ・リラキ


『ジャアァッッ!?』

『グゲエェェェェッッ!?』



 気がつけば、小さな太陽を模したような火球が鶏と蛇を包み込む。

 太陽のようなモノだけあり、その内には凄まじいヘドロ状の溶岩が渦巻いていて、取り込んだモノは一瞬で蒸発する。

 だがしかし、不思議な事に表面上の温度に熱さは感じない。太陽のような直視できない陽光もなかった。雷とは違い、親切設計である。

 そして不憫な鶏と蛇は土に還る事も許されずに、太陽という名の溶岩の塊に飲み込まれ、数秒で蒸発し骨すら残らずに跡形もなくこの世から消え去ったのだった。


 憐れ鶏、もし少女に出会わなければこの世の春を存分に謳歌できたであろう。

 もし蛇が逆鱗にさえ触れなければ、温情によって生かされていたかもしれない。

 だがそれは所詮、世迷い言に過ぎない話である。

 そんな少女が消え行く小さな太陽を見てそっと呟いた。


「今日は焼き鳥」


 骨すら残ってない。

 そもそもあの得体の知れない怪物を食べようとする事にドン引きである。

 そんな少女は周辺を見て、魔物が残していった置き土産を処理するために呪文を口にする。


「毒、除去する――範囲毒除去アルテ・ポズタ・オイスン


 腕をかざし呪文を唱えると、まるで静かな水面に広がった波紋のようであった。

 清浄な光の輪が毒で侵された山裾に波形として伝わっていく。それが収束した時には、周辺は毒の散布など無かったかのように木々が風に揺らめいていたのだった。


「多分この辺にカワモフちゃんはいないと思う、けど」


 少女が言っている事は概ね正しい。あの巨大な怪物がいるこの近辺に小さな生物が近寄るとは思えない。たとえ魔物であっても、生物の本能は危険察知には敏感なのである。

 ただ残念ながらあの鶏は鳥頭だったので、結局最後まで危険を察知できなかったのだが。



「ん、アレ気になる」


 ふと見上げると、空中に丸い物体が浮かんでいる。小さなガラスのようなものがはめ込まれており、こちらを凝視しているように見えた。

 微かな魔力は感じるが、どういった制御で物体が浮遊しているのかは分からなかった。


「……今はカワモフちゃん優先」


 明らかな人工物で人の手による物。この人工物の持ち主を探れば、恐らく人間に突き当たる事は明白であった。

 しかし少女はそれよりも、今はカワモフちゃんが気になって仕方がないのだ。


(カワモフちゃん、すぐに行くから待ってて)


 もはや少女の目には、カワモフちゃんと呼ぶ生物しか入っていない。

 まだ見ぬ未知なる生物を求めて再び歩き出した。


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