第7話 イメージ



「え!?」


「ちょっとぉ!?」



 それは沈むというより、落ちるに近かった。


 まるで足元の地面がなくなってしまったように、グレイの体が急速に飲み込まれていく。


 けど、完全に落ちずに済んだのは。



「ふぅ……」



異常事態に気づいたアルフェルノアとミルダが、脇の下に手を差しこんで、それ以上落ちないようにしてくれたからだ。


そうじゃなかったら、今頃どこまでも地下へ落ちていったに違いない。



「あんた何イメージしたんですか!?」


「わりぃ、沼思い浮かべちまって」


「よりにもよって底なしとか、なに考えてんですか!」


「あーもう、今はそういう場合じゃないでしょ!」



 ミルダは筋肉質で重いグレイの体を支えながら、右手をグレイの額に伸ばす。



「イメージ書き換えなら、えっと……そうだ! グレイ、ここは沼じゃなくてプール! 水深1.2メートルしかないよ!!」


「!?」



 その瞬間、グレイの体を支えていた手にかかる重さが、嘘のようにすっと抜ける。


 グレイは何が起こったかわからないという顔で、まるでプールの底に足をつけているように立つと、ミルダを見た。



「すげえ、なにしたんだ?」


「グレイのイメージを沼からプールに書き換えたんだ。かけ離れたイメージには変えられないけど、こんくらいだったら得意だからね」


「グレイさん、大丈夫ですか?」


「ああ、おかげでな」


「すみません、グレイさんの魔力を見誤ってました」


「気にすんなよ。じゃ、待っててくれ」



 グレイはそういうと、大きく息を吸って地面の下に潜っていった。

 その間、なにもすることがないミルダは再び外壁を調べだしたアルフェルノアに声をかける。



「ねえ」


「なんです?」


「なにか見つかると思う?」


「やってみないことには。けど、なにもなかったということがわかるだけかもしれませんね……」



 そのアルフェルノアの言葉どおり、結局、地下から何かが出てくることはなかった。

 次第に太陽は傾き、グレイも途中でバイトがあるからと帰ってしまう。


 そして。





「ねー、そろそろ帰らない?」



 春、とはいえ、夕方にもなれば風はかなり冷たくなってくる。

 ミルダはブレザーの前をぎゅっと合わせると、壁の前にいるアルフェルノアに声をかけた。



「……そう、ですね」



 口ではそう言いながらも、アルフェルノアは名残惜しそうに校舎の外壁に目を向けた。


 白亜はくあの外壁は、夕焼けのまぶしい光を受けてだいだい色に輝いていた。それだけでも美しい光景だったが、胸を巡るのは別のことだ。


 この外壁のどこかに隠された扉はあるのか。

 それとも本当にそんなものはないのか。

 けど、もしなかったとしたらその時は。



 ——誰が疑われるのか。



(考えすぎ……ですかね)


「ほら、帰るよ!」


「あ、はい」



 いい加減しびれを切らしたミルダに押されて、アルフェルノアはその場を後にする。



「ねえ」


「なんです?」



 校舎裏を離れ、寮へと続く石畳の道を歩きながら、ミルダは先ほどから気になっていたことを尋ねた。


 それは、グレイがバイトがあると先に帰ろうとしたときのことだ。



「あのときさ、グレイになにか言おうとしてた?」


「ああ、それは——」


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