第8話 はじまり



「グレイさん、気にしてるかもと思いまして」


「え、地面に沈みそうになったこと?」


「いえ、そうではなくて……」



 寮へ続く道を歩きながら。

 石畳を見つめるアルフェルノアの顔は、まぶしいばかりの夕日を受けているのに、どこか暗い。



「僕、最初にグレイさんと話したとき、危害を加えられるかもと誤解してしまっていて」



 刺されると思ったとアルフェルノアが口にしたとき、グレイはウサギのパペットに「ぷんぷん!」と言わせるだけだった。

 だからアルフェルノアも、そのときは気にしていなかったのだけど。



(けど、魔法を使いたくない理由を聞いたとき)



 ……危ねぇだろ。誰かを傷つけるとか。



(あれは……)


「うーん、大丈夫じゃない? グレイ図太いし」


「そうですかね……」


「それよりさ、アルって呼んでいい?」


「え!!!?」



 そういったアルフェルノアの声は、驚くほど大きかった。

 どれくらいって、ちょっと離れた木に止まっていたハトやカラスが一斉に飛んでいくくらいだ。

 ミルダもびっくりした顔でアルフェルノアを見ている。



「え……なんか、まずかった?」


「いえ! その……あ、アルって、愛称あいしょう、ですよね? それって、まるで、と、と、とも……」


「え、なんなの?」


「……いえ、なんでもありません。お好きにどうぞ」



 ついドライに聞いてしまったからか、アルフェルノアがそれ以上何かを言うことはなかった。

 そしてミルダも、首を傾げつつもそのことを追求することはなかった。

 

 なぜなら、目的地の寮が目前にせまっていたからだ。

 代わりにミルダは、今後のことを尋ねる。



「明日も調査するよね?」


「はい。3日後までですが」


「3日? なんで?」


「それは……この件を調査しに、魔法執判しっぱん官がやってくるからですよ」








「リィエン」



 プリエール魔法学校の一角にある、教員室。

 そこで仕事をする教師たちの様子は、一見いつもと変わらないようだった。

 けどそれは表面上のことだけで、魔法薬学保管庫で起こった事件が明らかになってからずっと、浮き足だった、妙な雰囲気に包まれている。


 その教員室の端にある、魔法薬学の教員関係者用の席で。

 資料を広げたまま、どこかをじっと見つめていた助手のリィエンは、呼びかけにガタリと椅子を鳴らして立ち上がった。


 そこにいたのは。

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