第54話




「・・・・・・あれ、これは言えている?制限が緩和された?」

「え?嘘。それって第一級禁則事項のはずじゃあ・・・・・・いや、むしろあれから数千年も経過しているせいで制限が緩まった?いや、この場合はあれが近づいたと見るべきか?」


 禁則事項にも様々な種類がある。特に第一級となると縛りが強くなる。ただ話すだけならその部分は口パクですらもできなくなるくらいだが、それを無理に伝えようとすると最悪の場合は災害にまで発展する不自然な自然現象が起こる。

 この第一級禁則事項が話せるようになるのは、禁則事項で無くなったか、かである。だからこそ、ソロンは困惑し、ローズは慌てているのだ。


「ソロン、今年度中に私の神殿へ来てくれ。ただし、学園を優先してね。別に夏季休暇期間でも冬期休暇期間でも春期休暇期間でも構わない。寧ろ、こっちも禁則事項の確認をとらないといけないからね」

「それなら夏季休暇か冬期休暇の時に向かいますよ。どうせ臨時会合を開いて、参加可能なラウンズの面々を筆頭に協力を要請するのでしょう?ならば定期会合が行われる夏季か冬期に行った方が楽でしょうし。・・・・・・その時は私だけでなくシエル様も連れて行って大丈夫ですか?きっと、いえ、絶対に後で拗ねるでしょうから」


 横でシエルが『私はそんなことしませんよ〜!』と訴えていたが、ソロンはひとまず――完全に、この後も、とは言っていない――無視をした。

 ただ、他の人は『それは流石に無理だろう』と思っていたようで、怪訝そうな顔をしている。


「えぇ、良いわ。何なら、長期休暇の自由課題の題材と称して御学友たちも連れてきて構わないよ」

「寧ろ、今まで参加していなかった事自体が問題なんだけどね」


 そんな怪訝そうな顔をしていた者たちは、これらの一言で驚愕した。

 反対にシエルは怪訝そうな顔をする。


「ローズ法皇猊下にお尋ねしますが、どうしてソロンが参加していない事が問題なのでしょうか?」

「ん、それはね〜。・・・・・・これって言ってもいいやつ?」

「どうぞ、お構いなく」


 ソロンは『どうして自分の許可をもらうんだ』というかのように見える目を向けて応えた。

 ソロンにとっては何よりも重要なことであり、何にもやましいことがない理由であったからだ。


「ソロン曰く『自分が不在の間にシエル様に何かあったらどうするつもりですか?責任は取れますか?傷一つさえ付けないという契約を交わすことができますか?』だってさ。いや〜、思い出しただけでも恐ろしかったな〜。あのときのソロンの顔は」

「・・・・・・そんなに怖い顔をしていなかった気がしますが・・・・・・」


 ただし、最後の一言だけは流石にツッコミを入れた。『一国の王を脅していませんよ〜。無理強いさせていませんよ〜』というアピールだ。先程の的の素材の件は、一歩間違えれば他国の王族や有力貴族に重症を負わせる可能性があったのだ。だからこそ、責任追及ということで元凶であるローズを捕えた――ソロンの場合は主がシエルであるため責任追及をするのは国家問題となる――のだ。

 また、今回はエルサレム神聖法皇国法皇名義ではなく、ローズ個人の名義で渡した物であるため、今回は外交問題等にはならない。何なら、ローズの補佐を務める者が直接転移して謝罪に来たほどだ。だから問題は全く無い。


「さて、私はそろそろ帰るとしようか。あぁ、それは適当に処分しておいて。ソロンの十八番おはこ、デバフと状態異常等の盛り合わせ・詰め合わせセットという文字通り地獄の権化、その顕現。それの直撃をくらったせいで良くも悪くも、付与されていたすべての術式が解除されていたから、何も問題はないよ。まぁ、貰うことを前提にしているから、液状化の術式を付与したんだろうけどね。」

「まさか、液状化した瞬間に液体を跳ねさせ、それを媒体として触れた相手もしくは場所一帯を呪う感染型呪毒液となるとは思ってもいませんでしたよ。・・・・・・今は眼をメンテナンスをするために一時的に交換していましたので、よく視ることができませんでしたし・・・・・・」


 ソロンが最後の方で小声になったのは、内容的に聞かれるとまずいからだ。

 『眼を交換する』なんてことは一般的に考えて、人間にはできない。かといって、ソロンが人間ではないのかと言われれば、普通の人間とは異なるだろうが、人間であることには変わりがない。


「・・・・・・そういえば、そんな時期だったか。遅くても最後のメンテナンスから五年以内には次のメンテナンスをしなければならないんだったよね。そして最後のメンテナンスが丁度、五年程前。その頃は依頼の量が多かったり、皇女殿下の受験対策やら何やらをやっていてまともにメンテナンス作業ができる時間がなかったわね・・・・・・」

「・・・・・・分かっていたのであれば協力してくれてもよろしかったのではないでしょうか?・・・・・・」

「・・・・・・いや、気付いたのはついさっきなんだよ。君直属の部隊の者に呼び出されたのは、最近の仕事の確認用紙やら未決済の書類やらがたくさんあって、整理していた丁度そのときだったからさ。本当に気付いたのは今さっき・・・・・・」


 ローズもソロンに合わせるように小声で話し始めた。

 ローズが言い終わったのとほぼ同時に、


ゴーン、ゴーン

ゴーン。ゴーン


 と授業終了かつ昼であることを示す時計の鐘が鳴った。


「は~い、今日のテストはここまで!魔術に関してこれだけの技術を持ちながら、何故、魔法至上主義者の多いうちの国に、それも皇族になんか仕えているのか、本当に謎でもあるソロン君の実力の一端くらいは理解できたかなぁ~?」


 エルフィーは外部に張っていた魔法による視界遮断と防音結界を、ローズは内部に張っていた同じく魔法による幻想風景と遮音領域を、それぞれ同時に解いた後、クラスのメンバーだけでなく、まだ残っていた見学者にも向けてそう言った。


(いや、どおりで大人しく帰っていったと思ったら、ローズの幻想魔法によって作り出された風景だったのか。やっぱり、あの眼がないから気付けなかった。)


 と、ソロンの内心は驚き半分、納得半分といった感じになっていた。


「これだけで正確に【世界最巧】の実力を把握できた者はすごいよ。何せ、現現人神筆頭にして、今なお現役の法皇の眼を以ってしても、初めて見た時はちっとも分からなかったんだから。【世界最巧】またの名を【凶悪詐欺師】という異名が伊達ではないという証拠だよ」


 しかし、ローズが言ったこの言葉で驚きは一瞬にして崩れた。


「【凶悪詐欺師】とは失礼過ぎませんか?それはたしか私たちの技巧を真似することが出来なかった自称賢人達が妬んで付けた非公式の認められていない二つ名ですよ」

「まぁ、いつの時代でもそんな愚か者がいる一方で、本当に犯罪レベルで騙してくる変態、いえ、変人がいるのも事実ですからね」


 ソロンは殴りたくなるどころか、先ほど放った対人破壊級魔術をもう一度発動してやろうか、と思うほどイラっときたが、何とか抑えた。

 ちなみに、ソロンの名前を入れて直接指しているわけではないが、ソロンのことを指して言っているのであろう『変態』や『変人』の部分に、シエル、エルフィー、ディムエル、アリア、メアリー、サム、そして、いつの間に来ていたのか、セシリアや校長のカミーラ、そして理事長のオーフェン、更には言った張本人のローズまでもが笑っていた。

 そのことにまたもやイラっときたが、平然とした顔で、ソロンはとある事実を告げることにした。


「そういえば、カフェテリアで昼食に格安で美味しく、生徒・教職員問わずいつも大人気ではあるものの数量限定であるため、争奪戦が恒例となる特別メニューが出てくる日ではあると記憶しておりますが、皆様方、このようなところにいらっしゃってよろしいのでしょうか?」


 そんなソロンの言葉にハッとしたのか、関係ない生徒・教職員の顔が青ざめる。

 そのような顔をする彼らにソロンは追撃をかける。


「一応、この場から出られないように扉には施錠魔術をかけてロックしました。私の話を聞く時間をほんの少しもらうために」


 彼らは何を言っているんだ、早く出せ、等のことを言っているが、ソロンの態度と口調から何かがあることを察し、静かになった。


「流石に、私も可哀そうに思います。特に今年はシエル皇女殿下が入学しました。そのため、今回のメニューはかなり豪華でクオリティーの高いものとなっていますからね。皆様方が是が非でも権利を得たい気持ちも分からなくはありません」


 彼らはうなずく。笑っていた者たちの一部はニコニコしながら聞いている。


「ちなみに、これはあまり関係のない話かもしれませんが、私はこちらにいらっしゃるシエル皇女殿下の専属執事です。それ故に今回は皇女殿下が入学する記念の料理を皇女殿下が口にできないのは大層惜しいと思われます。そのため、私は昨夜のうちに料理長と購入権について交渉をして参りました」


 『ずりぃ~!』という人がいれば、『まぁ、妥当か』という人もいた。

 しかし、彼らとは全く違う反応をしている者たちもいた。


「おや、生徒会長殿、校長殿、そして理事長殿、加えて宮廷魔法師筆頭殿に法皇様も顔色がよろしくないですように見えますが、どうかされましたか?」


 そう、今度は彼女たちが顔を真っ青にしていたのだ。それはまるで隠蔽していたことが明るみになりかけている不正貴族や商人たちのように。


「もちろん、無事、交渉は成立しました。しかし、ここで問題があります。こちらにはその引換券がありますが、これは何枚あると思いますか?ついでに言っておきますと、交渉の結果は『エクストラクラス』にいる限り、生徒は優先的に購入権を得ることができる、となりましたが、その分の購入権は皇女殿下の分も含めてこちらにあります」


 ソロンは右手に『特別料理購入権』と書かれた紙を、聞いている全員に見えるように上へ掲げた。そして、胸ポケットからクラスの人数分の購入権が入っている袋を見せた後にまた戻した。

 ソロンの言っている内容と、今もなお青ざめた顔をしている彼女たちを見て、何となく察したようだ。

 そこでソロンは更に追い打ちをかける。


「行く途中でとある方々に引き止められましてね。友人のよしみで自分たちの分の購入権をついでに貰ってはくれまいか、と。一応、検討はしてみると言って実際に交渉しましたが、料理長も相手が相手だからかかなり顔を渋らせていましたが、こうして私の手元に頼んできた人数とピッタリ一致する枚数がクラス分以外で余分にあるということはそういうことです。これをいつ渡そうか考えていましたが、今渡しましょうか?」


 ソロンはニヤリとしながらそう言う。

 そして、最後の一押しとばかりに、


「ちなみに、料理長からは渡してもいいが、もし無関係の人間が見ている場で渡す場合は、この五人分の購入権は見ていた者にも獲得する権利を得られるようにすることという条件を言い渡されました。ちなみに、私と料理長で交渉の場で決めたルールに則った決闘方式で決めます。おかげさまで昨夜は、このルール作りがメインの交渉になるという、歴史上最も稀でおかしな交渉の場にはなりましたけどね。」


 そうソロンが言った瞬間、場は意気消沈したが、


「なお、ルールはシンプルです。バトルロイヤル方式。不法入手しようとした五名は魔導の使用禁止、かつ、私による厳しい監視と過剰攻撃をした場合の強制失格。チャレンジャーはいかなる魔導を使ってもよい。そして、今回は先着制ではなく、このバトルロイヤル式で開催するため、五名を倒した時点で残っている者たち全員に購入権が贈呈されます」


 と続けていった瞬間、大盛り上がりとなった。


「それでは開始はこの内容を聞いて、欲しい人が全員ここに集まってくるであろう十分間はお待ちください。なお、武器の使用は可ですので、寮に置いてある人は時間内に戻って来れるのであればご自由に取りに行っても構いません」


 その言葉が終わったのと同時に辺り一帯が歓声に包まれた。


「・・・・・・煩い。だけど料理長と徹夜テンションで作ったイベントだからなのか、冷静に考えたらもの凄く大事おおごとになった騒ぎだな、これは・・・・・・」


 そんな大歓声にソロンの呟きはかき消されてしまったのであった。





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