第50話




「おいおい、どうなっているんだよ!的が壊れるどころか、全然変化してねぇじゃないか!」


 ソロンが放っていた強烈な圧が薄れた瞬間、すぐに竜人族のルーカスが文句を言ってきた。


「え?」

「おや?」

「あれ?」

「ふむ?」


 周囲の者達、ソロン、シエル、エルフィーの順に疑問符を浮かべた。ただし、周囲の者達とは違い、3人は『 こいつ/この人 は何を言っている んだ/のでしょう ?』といったような感じである。そんな態度が余計に苛ついたのか、ルーカスは更に声を荒らげながら言う。


「ソイツが壊せるようなことを言っていたが、全然壊れてねぇじゃねぇだろ!というか傷一つ付いてねぇ!一体、どういうことだ〜?」

「ちょっとルーカス!止めなさい!」


 そんなルーカスの態度を止めようとしているルカは気づいているのか、額に汗がうっすらと出ている。


「ルカさん、一体何が起きているのか、説明してみてください」

「え?」

「あなたは今何が起きているのかが分かっているのでしょう?大雑把でも間違えていても大丈夫ですので、皆さんに説明してみてください。あぁ、これは魔導を学ぶ上で重要な項目の一つで、毎年卒業試験に出すことが多いですから、その練習程度に思ってくれても構いませんよ」

「は、はい!」


 ルカは『本当に大丈夫なのか?』『自分の理解は本当に正しいのだろうか?』『もし間違っていたら・・・・・・』などと思っていたようだが、エルフィーから大丈夫だと言われ、意を決したようだ。


「まずは魔導知識から説明、いえ、確認させていただきます。もし間違えていたら、訂正をお願いします。今、ソロンさんが放った魔術は『対人破壊級』。『対人』とは、個人レベルで効果を発揮するタイプのものです。そして『破壊級』とは、その魔導の効果を適切に表す一種のラベルのようなものとなります。つまり、『対人破壊級』は個人レベルで破壊をもたらすもの。いえ、より正確に包み隠さず言うと、『確実に相手を壊す』魔導。『殺す』のではなく、『壊す』に重きを置いた、ある意味非道なもの。ただし、個人を『壊す』過程で死に至ることが多いので、大抵の魔導は『対人破壊級』ではなく、『対人殲滅級』や『対人殺戮級』に分類されます。よって、『対人破壊級』は数が圧倒的に少なく、かつ、その残虐性から禁忌指定されることがほとんどなので、『破壊級』の魔導を知る者はほとんどいません」


 ルカは魔導知識の説明を終えたところで一旦区切り、エルフィーとソロンの方に顔を向けて、『ここまでは大丈夫ですか?』という目を向けた。


(あ、ちょっと涙目になっているわ。シエルにやられたら逆らえないかもなぁ〜。)


 ソロンはそんなことを思いながら、


「よく出来てますね。流石は【竜の巫女】といったところでしょうか?大抵の竜人族はこういったところを疎かにして、人間族に負け、そしてその敗因をこちらにあると難癖をつけてくるので困ったものでしたが、あなたまでそうでなくて安心しました」


 褒めているのか、貶しているのか、どちらなのか分かりにくい言葉を送る。勿論、様々な種族についての評価の際にいつも愚痴っぽく毒舌を吐くソロンにしては褒めている方だ。それもかなり。


「おや、珍しいね。君は自己評価と同じくらい、良い意味で執着している者以外の他者の評価も低く、何なら自然に毒舌を吐きまくり貶してくる言葉が出るのに、『よく出来ている』だとか、『流石』だとか、『安心した』だとかを褒めるように使うなんて・・・・・・まさか彼女に惚れたの?浮気〜?」


 そんなソロンの褒め言葉を聞いて、一番驚くのは一緒に仕事をしていたエルフィーだ。ソロンはシエルの前では猫を何重にも被るので、逆にシエルはソロンの毒舌に驚く。エルフィーは最後の方の言葉は冗談で言ったつもりなのだろうが、本人たちにとっては冗談では済まされない。


「へぇ〜、ふ〜ん、そう。でもソロン、そんなわけ、無いよねぇ〜?」


 聞いた者全員を凍えさせそうな低音、というか、感情が伴っていない声と顔ではあるが、ソロンは涼しい顔でいつも通りのニコニコ笑顔を浮かべながら反論する。


「えぇ、当然です。私はシエル様一筋ですよ。異性同性老若男女問わず、それ以外の者は基本有象無象です。シエル様の足元にも及びません!寧ろよく私の前でそんな言葉を口にできましたね?魔法帝国メイザース宮廷魔法師筆頭兼帝国大図書館館長エルフィー・M・アールヴ殿、お覚悟はよろしいのでしょうか?」

「ふふぇ?」

「え?あ、しまった」


 しかし、そんなおかしな反論を平然と当たり前のように言うので、聞いている側が『自分たちの方がおかしいのか?』などと本気で思ってしまう。

 シエルはいきなり告白のようなものを受けたので、頭が追いつかず、変な奇声のような声しか出ず、エルフィーに至ってはシエル第一絶対主義者ソロンに言ってはいけない言葉を言ってしまったという自覚があるのか、顔が真っ青になっている。


「エルフィー殿は後程ヤルとして「ねぇ、その『ヤル』が『殺る』に聞こえるのは私だけかな〜?」ルカさんの説明は今の所不備は無いですよ。「えっ!無視なの!」強いて言えば、『破壊級』の定義は『壊す』ことではないのですよね」

「えっ、そうなのですか?」

「えぇ、『破壊級』は定義がもっと曖昧です。『壊す』と言っても対象が精神なのか肉体なのか物なのかで変わってきます。・・・・・・感覚としては『細胞破壊』や『精神破壊』に近いですかね?『破壊級』に分類された魔導のほとんどは『壊滅的に壊す』か『外傷なく壊す』かのどちらかですから」


 ソロンの固有能力【無限の保管書庫インフィニット・ライブラリー】の第一段階《開放》状態で使える固有世界《叡智の館》で直接管理している魔導書には様々なタイプの『破壊級』が保管されているが、そのほとんどがソロンの告げた通りである。これは他の魔導にも言えることだが、魔導分類は曖昧なことが多いのである。そして、そのことを知らず、もっと正確な分類法があると思っていつの時代も日々研究や調査を進めている。


「はっきり言って、『〇〇級』よりも『〇〇系』や『〇〇魔導』といった分類の方がより正確です。『〇〇級』の方がイメージしやすいと言えばしやすいのですがね」


 ソロンは苦笑しながら、話をそうまとめた。そして目で『続きをどうぞ』と促す。


「では、ここでソロンさんが行ったことについて説明させていただきます。その前に、ソロンさん!あの的に触れても大丈夫ですか?感染とかしません?」

「ん?ン〜?感染の方は大丈夫だよ。もし感染するようならシエル様がいるこの場で使わないから。接触の方は大丈夫だとは思うけど・・・・・・アリア」

「・・・・・・」ギロッ

「・・・・・・は止めておこう。念の為、風の魔導を得意としている者が行ったほうが助かるんだけど、女性だからね。同じ理由でエミリーも駄目。当然だけど、あるじを危険な目に合わせられないのでシエル様も駄目ですし、解説役のルカさんにもやらせられない。自分がやるとイカサマだとか細工をしただとか言う者が出てくるので出来ないし、かといって魔法等による遠距離攻撃は厳正な審査が出来ないので論外。となると残るは・・・・・・ん〜、この中で自動治癒能力や防御能力を持った固有能力はいる?」


 ソロンなら、もしも自分が放った攻撃に接触感染するような術式が組み込まれていたとしても平気で触れるが、不正だ何だと騒ぐ者が必ず出てくるのでやれない。そもそも、ソロンが放った攻撃には感染系や呪術系などを組み込んではいないはずなのである。しかし、だからといって触っても何も問題はないかと言わてると、未だ魔術の効果が作用中もしくは残留している危険性が捨てきれない――ソロンが以前使っていた鑑定系の眼は現在定期メンテナンス診断・確認も兼ねて再調整中のため使用不可――ので、風の魔導を得意としている者に風を纏ってもらい、直接触れないようにして触れてもらおうと思い、ソロンはアリアを呼んでみたら睨まれてしまった。

 元々女性にやらせる気はなかったのだが・・・・・・。

 そして、サムは全力で魔法を放ったため、魔力が枯渇していて動けない。

 そのため、力の強いルーカスに行ってもらおうか考えていたら、


「・・・・・・『固有能力【小さな炎】』・・・・・・この能力を知っていますか?」


 ソロンたちのクラスメイトの一人、エイダンという少年がそう告げた。








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