第48話




 いきなりだがここで〈象徴詠唱〉について説明しよう。〈象徴詠唱〉とは行使する者の象徴的な詠唱であり、自己暗示の究極発展形とも言える技術であり、己が意志や願望を言葉にして乗せ、詠唱という形で自身の無意識にかけていた枷を外す行為である。故に、その場その場で多少詠唱が変わっていても何も問題はない。しかし、異なる〈象徴詠唱〉を複数持っているということには問題がある。何故なら、先程説明した通り、〈象徴詠唱〉とは文字通り行使する者の象徴的な詠唱に使われる。つまり、複数の〈象徴詠唱〉を持っているということは、か、ということになる。中でも『相反する意志や願望』は危険だ。『複数の異なる魂』ならば、現在では禁忌とされているが、命のストックとして保有することで、延命させたり擬似的な不老不死を再現したりしていた者がいたという例が過去にある。だが、『相反する意志や願望』は文字通り、矛盾を抱えるということ。それも、同じくらい弱かったり強かったりするものではなく、が複数存在する。すなわち、ちょっとした些細なことでも暴走したり崩壊したりするということだ。それを証明するかのように、『相反する意志や願望』を持った者が過去に存在したという記録はあるが、成人前に死んでいるのだ。


 この説明を聞いた後なら、ほとんどの者がこう思うだろう。


   何故、ソロンは複数の〈象徴詠唱〉を持っているのか?


 これに関する解は至って単純だ。『自分自身の〈象徴詠唱〉ではなく、【世界最巧】としての〈象徴詠唱〉だから』。もう少し詳しく説明すると、『自身の〈象徴詠唱〉と【世界最巧】の〈象徴詠唱〉はであるため、矛盾を抱えることがない』ということである。

 補足として付け加えるならば、ソロン――【世界最巧】として――の〈象徴詠唱〉のように魔導名――魔法や魔術の名前の総称のこと――が存在しないものが多い。


 ――閑話休題それはさておき

 ソロンが使った〈象徴詠唱〉の効果は『魔導の全強化』と『不可能の可能』である。『魔導の全強化』は魔法や魔術の威力や射程、効果などをすべて強化するというシンプルかつ強力なもの。しかし、ソロンの〈象徴詠唱〉の本質はそっちではなく、『不可能の可能』にある。これは理解しにくいだろう。何しろ、『不可能』とは『可能でないこと。(しようとしても)できないこと。絶対に起こる(成り立つ)はずのないこと。』という意味で使われる言葉で、『可能』とは反対の意味を持つものだからだ。ここで矛盾が生じると思うだろうが、実際には起こらない。何故なら、より正確に言うなら『不可能の可能』ではなく、『不可能の』。つまり、不可能なことを可能にすることなのだから。『魔導の全強化』はこれの副産物に過ぎず、この理にさえ干渉しかねない力を誤魔化すための隠れ蓑であったのだ。

 よって、この〈象徴詠唱〉を使って結界を張ると、


「相変わらずきれいね。結界を構築している壁にも細かく術式を刻み、更に強化する。そして、それを悟らせない精緻さと隠蔽力・・・・・・本当に流石ね」

「褒めても何もでませんよ。作ってくれと言われれば作りますが」

「何も出ない代わりに作るんだ。・・・・・・私にも何かを作ってくれる?」


 いつものようにシエルが細かいところを見つけて褒める。

 そして、ソロンは今は王宮ではないし、何かを作る時間もなかったので、『また今度、作って渡します』と言外に込めて告げる。まぁ、『作ってと言われれば作る』と言っている時点ですぐに出せると言っているようなものだが・・・・・・。

 ちなみに、ソロンがシエルのために作るものは食べ物にしろ、飲み物にしろ、芸術作品にしろ、全てにおいて妥協を許さぬが故に味も見た目も一流並だと評判――特に食べ物や飲み物は侍女たちが試食係や毒味係を争うほど――であるため、エルフィーはちゃっかり自分の分も要求してきたが、


「あなたは自分で作ってください。余れば差し上げますが。あと、今からは少しのミスで死人が出る魔術を放ちますので、できるだけ静かに、集中させてください。それから妨害したり自分の元へ近づいたりする者が来ないようにしてください。」

「はいは・・・い〜?ちょっと、・・・・・・あ、はい、妨害はしませんし、させませんので、制御に全集中力をお使いください」


 ソロンが妨害行為をした際の被害度合いを告げると、エルフィーは止めようとするも既に起動準備段階に至っていたため止めようがなく、かつ、周りからの『今アイツの集中を乱したら、こちらにまで被害が及ぶから妨害行為はするな!そしてアイツと我々を守れ!』という無言の圧を感じ取ってすぐさま敬語を使って以後黙って守るように魔法障壁を何重にも訓練場を覆った。ついでに言うと、その顔には緊張しているせいなのか、それとも全神経を集中しているせいなのか、若干の汗もあった。

 ちなみに、エルフィーの内心は、


(ヤバい、ヤバい!ソロンが発動させようとしているのって、絶対に原典が『対国殲滅級』の魔術でしょうが!あれをたとえ『対人』レベルにまで引き下げたとしても、破壊級の威力を持つから!決して行使しても良い魔術ではないから!それなのにどうしてそれを使おうとするのかな〜!?)


 という感じであった。付け加えるなら、


(確かに『再利用するために溶かす』方法としては時間も労力もソロンであれば簡単でしょうし、効率的でもあります。しかし、使っていい魔術の範疇を超えてますよ!明らかにこれは魔法至上主義や血統主義者たちに目を付けられます!そもそもソロンが強い魔法を使って的を破壊し、そしてそれをいい感じに適当な理由を付けて自身の評価を下げる。そんな芸当をやってみせると思って、一番最後にしたというのに!それに手加減してって言ったよね!?忘れてない!?)


 である。

 ソロンが使おうとしていた魔術について見当をつけ、効果範囲だけでなく使用理由や使用後の未来予測も含めて分析しているところは宮廷魔法師――宮廷魔法師は単純な戦力以外にも研究者・探求者としての側面もある――の筆頭らしい考え方である。


   ――座標及び効果範囲を設定

   ――近未来予測を並行稼働

   ――一次被害を推定・・・・・・完了

   ――二次被害を推定・・・・・・完了

   ――最大被害範囲を予測・・・・・・誤差10メートルと推定

   ――最大被害範囲内を再検索・・・・・・問題なし

   ――全魔導回路を稼働

   ――対人破壊級へのダウングレード・・・・・・既に完了済み

   ――ランダムオート設定からマニュアル設定へと変更

   ――防御力低下術式・高温化術式・溶解毒術式の複合化を開始・・・・・・成功


 そんな間もソロンは脳内の演算領域を最大限使用し、再設定を行っていた。

 事前に術式は8割以上組み上げていたが、一部の箇所に間違いや変更があり、ほとんどの再設定を行う羽目になっていたのだ。とは言っても、ソロンの精神世界ではかなりの時間が経っているが、現実世界ではわずか1秒にも満たない時間である。

 はっきり言って、この世界において10人中最低でも8〜9人が『頭がおかしいんじゃないの?』とか、『脳の作りが違いすぎる!』とか、『化け物かよ!』とかと言われるレベルである。精神世界と現実世界はいくら時間の流れが違うからと言って、そこまで早くは出来ない。人間族の脳では精々、現実世界での1秒が精神世界での1時間未満が限界だ。どれだけ反射神経が優れていたとしても何時間レベルの処理を1秒未満で行うなど、脳が焼け切れてもおかしくはない。どう足掻いたとしても人間族の演算領域では限界というものがあるのだ。


  ――では、どうやってソロンはその限界を超えているのか?


 その答えは『演算処理能力の強化と並行演算の行使をしていく』という至ってシンプルかつ難題なもの。演算処理能力の強化はまだ分かるし、出来る可能性はある。しかし、並行演算はほぼ無理だ。ソロンがやっている並行演算は、2つのことを同時に考えることではなく、複数――最低でも数十個――のことを同時に速度を全く落とさずに考えることである。本気で脳の処理能力の限界まで酷使するレベルである。それを平然と涼しい顔で行っているのだから、『化け物』という評価もあながち間違いではない。シエルが聞いたら、使用できる全権限を使ってでも言った者は徹底的に地獄へ落とされたかのような未来が訪れるだろうが・・・・・・。


「全工程準備及び再設定完了。対人破壊級魔術【地獄の権化】射出」





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