第47話
「いや〜、ソロン君、結界ありがとうね。おかげで周囲に被害を出さすに済んだ」
見学席にいた観客に怪我がないことを確認するとエルフィーはすぐにソロンへお礼を言った。その瞬間、ほとんどの者が一斉にこっちを見た。
「さて、何のことでしょうか?あのような高度な結界が一介の使用人、それも平民に張れるとお思いでしょうか?」
ソロンは苦笑を浮かべながら平然と答えた。
そんなソロンの態度に『本当に胡散臭い笑みと言動よ』とでも言いたげにシエルは目を細める。
「おいおい、エルフィー先生、冗談ですよね?弱そうなソイツがそんなことできるわけがないじゃないですか?そもそも魔法が発動した気配がなかったですし」
ルーカスは冗談だと思い、疑問を投げかけた。何より、自分より下等種族である人間族に自分の本気が防がれるわけがないと思っているからである。そんな心情は兎も角、それは正しい反応であるだろう。しかし、それは普通の者であればの話である。
「忘れたの?彼は【世界最巧】よ。発動を感じさせずに結界を張ることなんて赤子の手をひねることよりも簡単なことでしょう。いえ、赤子の手も彼にとっては必要とあらば紙を破るかのように簡単に出来てしまうのでしょうけど・・・・・・」
「人聞きの悪いことを言わないでください!私とて、赤子には細心の注意を払って接しますよ。貴方の言う『必要』と判断しても殺したり傷つけたりするのではなく、丁重に保護いたしますので」
「えぇ、そうね。ソロンならそれはそれは大切に、慎重に、そして丁寧に、赤子を扱うでしょうね。私が心の底から嫉妬してしまうくらいには」
エルフィーは堂々と、しかし最後の方は苦笑いをしながら、ソロンは反論しながらも慈愛の眼差しを宿しながら、そしてシエルはそんなソロンを見ながら、嫉妬し拗ねるような顔をしながらもソロンの言うことを肯定するように、それぞれが言う。
ソロンが結界を張っていたということを聞いて驚いていないのは、ソロンがパッと見た限り、【竜の巫女】であるルカと、エルフ族のアリアやクロエ、そして人間族ではリアムだけであった。
「・・・・・・・・・・・・チッ」
ルーカスはソロンのことを睨みつけていたが、小さく舌打ちをして下がっていった。そこから先は何事もなく、順番に進んでいった。その他に驚いたことと言えば、シエルとソロンを除くクラスメイト全員の攻撃を以ってしても傷一つ付いていないこと。更にシエルの攻撃でも加減されていたとはいえ、全く傷つかなかったことだ。たとえ、純ミスリル製の的とはいえ、傷一つ付いてもおかしくはないと思っていたが、流石と言うべきなのか、予想が大きく外れた。
「・・・・・・エルフィー先生、この的は法皇様から送られたと言いましたよね?」
「えぇ、そうね。それがどうかしたの?」
「不思議に思いませんか?こんなに素晴らしい人材が揃っているのに傷一つ付けられないのは」
ソロンの言った疑問でようやく気がついたのか、目を開いてこっちを見た。
「それってもしかして・・・・・・」
「えぇ、法皇様のイタズラでしょうね。パッと見た感じ、何にも仕掛けがないように見えますが、よく調べてみれば色々な
ソロンは貴重な純ミスリルの無駄遣いに呆れを覚えていた。
一方、そのことに心当たりがあるのか、エルフィーはハッとしたような顔をした。
「だから、あの人は『倉庫の邪魔な置物になるだけだ』なんてことを言っていたんだ。解呪は可能そう?」
「勿体ないので、完璧に不純物を含まないように溶かしきって、何かのアクセサリーにしますよ。・・・・・・やってもいいですよね?」
「シエル様にあげる物なら献上品として目を瞑ってあげるわ」
こうしてソロンとエルフィーは厄介物となっている的の処理方法を決定した。そんな会話を聞いていた者たちは、
「あんなものをどうやって溶かすんだよ」
「どうせ法螺を吹いているだけだろう」
「そもそも純ミスリルの加工法なんて聞いたことがないぞ!」
などと騒いでいるようだが、ソロンは当然のように無視をした。ただ一言、
「シエル様、少々お待ち下さい。今すぐあのガラクタを美しいアクセサリーに変えてみせますので」
と言った。『純ミスリルがゴミ?ガラクタ?』などと言っている者も口元を引きつらせている者も数名いるがそれもまた無視する。
ソロンは深呼吸をして深層意識にまで潜る。
――術式選択……完了
――乱数設定……完了
――錬金術準備……完了
――対国殲滅級から対人破壊級へとダウングレード……完了
――全工程準備……パーフェクト
――バイタルチェック……オールグリーン
現実時間にして0.10秒にも満たないほんの一瞬のことと変化だが、ソロンの様子が変わったのは、やはりシエルやエルフィー、そしてソロンが結界を張ったことに驚かなかった者だけであった。その中でも、ソロンが何をやっているのかを理解できた者は極少数だけだろう。
「ん〜、普通に当てたら、原型を残せないかも久しぶりに〈象徴詠唱〉でもやってみますか・・・・・・」
そして、ソロンがそう呟いた瞬間、空気が変わった。より正確に言うと、場を包んでいた見学的雰囲気から緊張感へと変わった。
――〈象徴詠唱〉
それは、行使者本人の意志や願望を詠唱に組み込み、魔導力を上げる技術のこと。
自己暗示に近しいものではあるが、その難易度や向上率は暗示とは比べものにならないほど高い。神族が自らの地位などを示したり、現人神が大きな戦争に関与する際に使用していた記録が残っている。
このことからも使用者は稀で、かつ、強力な力を手にすることが出来るため、大体が宮廷魔道士になったり、要所の防衛を任されたり、要職――王侯貴族の護衛など――に就いたりすることが多い。
また、ソロンの〈象徴詠唱〉の内容を聴いたどころか、知っていることのある者はこの場にはいないのだ。一緒に仕事をしたことのあるエルフィーも、
「【我はここに告げる】
【魔法とは、神の奇跡を模倣しようとしてできなかった贋作である】
【魔術とは、神の奇跡に辿り着こうとして編み出された駄作である】
【ともに贋作なれども、ともに駄作なれども】
【汝、思ひ絶ゆること無かれ】
【汝、歩み止めること無かれ】
【未だ道は閉ざされておらず】
【道はいつしか切り拓かれる】」
もしこの場にローズなどの
「【最巧の名にかけて証明しよう】」
【世界最巧】としての〈象徴詠唱〉なのだから。
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