第42話




「一番の耐久力を持っている第十訓練場だって、神竜が放つ『竜砲ドラゴン・ブレス』を最大でも五発、一発でも無傷で防ぎきれたら良いほうだと言われるくらいだから」


 エルフィーは自信なさげにそう言うが、神竜とは文字通り神の――の神ではなく、神に仕え従うのこと――であり、ただのとは格も力も圧倒している。そんな生物が放つ『竜砲ドラゴン・ブレス』を一発でも耐えられるのだから凄い方である。また、エルフィーは『』と言った。『一発でも防げたら』ではなく。つまり、無傷で防ぎきることを考えなければ、五発耐えられるということである。この耐久力を誇る壁や床には学園の上層部か、各国の王、そして魔法帝国の極一部の者しか知らない機密事項だが、定期的に注ぐ魔力の質や量によって変動する性質を持つ物質を使っている。つまり、十人くらいの魔導師が交代制で魔力を注ぐことによって、耐久性を保ってきたのだ。ちなみに、現人神を驚かせる程の高濃度の魔力を大量に持つソロンが定期的に魔力枯渇のギリギリまで注げば、現人神あらひとがみ十二柱じゅうにはしらの攻撃を一発防ぎきることが出来るが、それは人道的な問題があること、闇ギルドからの反発を買うこと、そして何より、ローズの怒りを買うことから魔法帝国では完全に法律として『何人なんぴとたりとも徴兵以外で生命を脅かすような命令や行為をしてはならない』『人体実験は勿論のこと、魔導実験や魔導機関部の代用など、非人道的・道徳的な行為を固く禁ずる』などと色々なところに書かれている。


「あれ〜、みんなどうしたの?そんなに黙っちゃって?」

「はぁ〜、あれを知らない者達からすれば、はっきり言って困惑しますよ。まぁ、知らないのは無理もない話なのですが・・・・・・」

「え?あ〜、う〜ん、そう言えばそうだったわね。ゴメンゴメン」


 ソロンは知っている、というか現人神の一柱ひとりが発見し、10代くらい前の【世界最巧】が一定量を集め、耐久実験のために建設した施設を学園の訓練施設として転用した記録が【世界最巧】が代々持っている固有能力【無限の保管書庫インフィニット・ライブラリー】に残っていただけであるが。


「ソロン、知ってたの?知ってて私に黙っていたの?学園の建物についての説明には無かったんだけど。ねぇ、どういうことなの・・・・・・?」


 ただし、ソロンは失念していたことがある。それはシエルに話していないということ。訓練施設の秘密も説明しなければならなくなるので、以前した説明には入れていなかったのである。強いて言えば、シエルにあげた神級魔法に匹敵する魔法では最も耐久力のある訓練施設でも耐えきれない可能性が高い、と指摘しただけであるが。


「え〜と、シエル様、そんなに怒らないでくださいませんか?魔力が漏れ出ていますから、って魔力暴走!魔力暴走を起こしかけていますので、早く抑えて下さい!!」

「うわ、ソロン!吸魔の魔導具は!というか、君の吸収魔法は!」

「ありますけど、魔法も魔導具も使用者に還元されるので、シエル様は吸収された分だけの魔力を回復するのに時間がかかります。シエル様に渡した吸魔の魔導具は既に起動済みですが、還元対象はシエル様なので、半永久的に循環しているんです!」

「なら、キスでも何でも良いから、気を紛らわせたら!?」

「ん〜、あ!【召喚オーダー:幻惑魔術】!」


 ソロンはエルフィーと言い合いをしているうちに、記憶の中――主に【無限の保管書庫インフィニット・ライブラリー】――から最適な行動を考え、『気を紛らわせたら』というエルフィーの発言から使い道がほとんど無く、今の今まですっかり忘れていた児戯のような魔術、【幻惑魔術】を行使した。何故、【幻惑魔術】が児戯のような魔術かと言われると、


「何で【幻惑魔術】・・・って、そうか、幻!強い者なら幻に引っかからずに行動したり、無理やり壊したりして突破するやつが多いから、使えないものだと思ってすっかり忘れていた。いや〜、日頃の仕事のせいなのかね〜。強い相手との対策しか思いつけないのは・・・・・・」

「・・・・・・貴方の場合は歳のせいでは?老いたという可能性もあるのでしょう?」

「フフフ、女性に対して年齢に関することを言うとはマナーがなっていないね、性格が悪い悪戯小僧ソロン

「ハハハ、言ってくれますね、万年二十歳とかかす年齢詐欺師エルフィー


 幻惑にかかったシエルをそっちのけで宮廷では恒例行事となっていた言い合い喧嘩が始まった。なお、幻惑にかけられたシエルはと言うと、


「う〜ん、う〜ん、もう勘弁して下さ〜い。本当に死んじゃいます〜」


 と唸っていた。これにはソロンもエルフィーもギョッとして、言い合いを止めた。


「え?ソロン・・・・・・貴方、どんな幻惑を見せたの?」

「あれ?時間がなかったので、適当にやったのですが・・・・・・、あ、トラウマになっていますね。・・・・・・てことは・・・・・・・・・」

「うん・・・多分だけど・・・・・・、というかどうやったらこんなトラウマになるの?普通は発狂すると思うんだけど・・・・・・」


 ソロンは冷や汗をかきながら魔術を解除し、エルフィーは少し引きながらも回復魔法をかける準備をした。


「いや〜、恐らく魔力量の増量のためにやった訓練でしょうね〜。あれは数年間、毎日続けてやらない限りは慣れないものですから」

「まさか、“あれ”をやったのかい!プライドが無駄に高い宮廷魔導師部下たちが外聞など関係なしに泣き喚き、後日、身分関係なしに接し始めたという、帝国史上、最も最悪にして奇怪な事件を起こした“あれ”を!」


 エルフィーは顔を最大限、引き攣らせながら、ありえないものを見るかのようにソロンのことを見た。対するソロンは、


「・・・・・・仕方がないでしょう。それが一番良い方法なのですから・・・・・・」


 と言って、目を逸らすかのようにそっぽを向き始めた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る