第37話 入学初日の顔合わせ③




 座席は原則として自由席、だが、ソロンは今、大変困り果てていた。

 何故なら、リーゼロッテ様からは隣の席を誘われ、それをシエルは拒否しなかったどころか賛同し、自分までソロンの隣に座ると言い出したからだ。

 『両手に花』とも言える状況ではあるが、実際にやられると、自己顕示欲が強い男以外の大半は気まずいし、居心地が悪くなるだろう。ソロンの場合はシエルの専属執事ということで基本的には逆らえないので、たちが悪すぎる。シエルに対して諫言を申し上げることは出来るが、所詮は諫言。このような状況で言ったとしても聞かないだろう。もしくは更に悪化する。

 誰かケチをつけに来てくれないかな〜、とソロンが思っていたら、


「おや?シエル第三皇女こうじょ殿下にリーゼロッテ皇女おうじょ殿下ではありませんか。このようなところにいらっしゃらないで、こちらに来てはいかかですか?そのような平民風情と一緒にいては良からぬ噂が立ってしまいますよ」


 ソロン達よりも先に来ていたディムエルが声をかけた。

 ソロンは彼の行動を意外だと思ったが、周りを見て納得した。

 彼はソロン達に他の王侯貴族たち有象無象が来ないように布石を打ったのだということに。実際に、何人かが立ち上がりかけたし、廊下で盗み聞きしている者達もこちらに来かけた。わざわざ、シエルやリーゼロッテに嫌われるかもしれない役目を自分から買って出て、大事にならないようにしたのだろう。


「ご忠告ありがとうございます、ディムエル様。しかし、ご心配には及びません。約束がありまして、私はしばらく退席いたしますので。それに、この場にはがいらっしゃるようなので、私がいなくても姫様方は安全でしょう?」

「え、あ・・・・・・ふむ、そうだな。確かにここは優秀な護衛もいるし、警備も万全だ。何かあっても、すぐに対応できる。なので君は安心して約束を果たしてくれば良い」


 ディムエルは最初、戸惑っていたが、ソロンがこの場から逃げ出す口実であると理解し、すぐに話を合わせた。


「(・・・・・・私が諌めても逆効果になりそうでしたので、助かりました。ありがとうございます・・・・・・)」

「(・・・・・・構わない。寧ろ、こちらが礼を言わねばならない。シエル皇女こうじょ殿下なら国内だけの問題ということで何とかなるが、リーゼロッテ皇女おうじょ殿下の機嫌を損ねたら、最悪、外交問題に発展するからな。こちらこそありがとう・・・・・・)」


 互いにすれ違うごく僅かなタイミングでボソッとお礼を言い合い、ソロンは廊下を出て、退席する建前に使った約束――アリア達に会うだけだが――を果たしに、ディムエルは二人のお姫様のご機嫌を損ねないように話し相手をする。


「本当にディムエルには悪いな〜。しかし、こちらも確かめたいことがあったし、丁度いいか・・・・・・。この学園に本当にいるのか?私と同じ “眼” を持つ存在が」


 ソロンは人知れず、そんな独り言を呟いていたが、彼の独り言に気づけた者はいなかった、はずである。


『あぁ、そんなところにいたんだ。♪』


ゾワッ

「っ!まさか!・・・・・・気の・・・所為か?でも、さっきの『声』は・・・・・・」


 背後から誰かの声が、いや、聞き覚えのある嫌な予感を抱かせる声が聞こえ、ソロンはすぐさま後ろを振り返ったが、そこには誰もいなかった。


「気配も魔力の痕跡もなし。。気の所為か?いや、でもあの子なら今の私だと気付けない程の高度な隠蔽ができるかも?」


 この場に第三者、特にシエルがいれば驚いたことだろう。ソロンの索敵能力は半径10km圏内であれば大体見つけることのできる程であり、ローズ曰く『怒らせた時のあれは執念深すぎて私でも稀に引っかかる。本当に怖い』などと言わせる程である。

 しかし、逆を言えば、執念深くやらない限り、ローズなどの古い世代の現人神やそれに匹敵する隠蔽能力を持った相手には効かないということだ。

 シエルやローズでなければこう思うだろう。『時空間の歪みなんて分かるわけがない』と。普通は分からない。何故なら、時空間に触れたり、扱ったりしていないからだ。しかし、ソロンは違う。ソロンは触れたことも扱ったこともある。何なら、入学試験でローズに不意打ちを与えた時なんかはその中に入っている。ただし、時の狭間に行けば、永遠に戻って来れない可能性があるほど危険な魔法なのだが・・・・・・。


「ハァ〜、あの子なら大変だな〜。でもあの子は魔術帝国にいるはずだけど・・・・・・?今度、法皇様に訊いてみるか。あ!やっぱりいた」


 ソロンは意識を変え、ここに来た目的を達成することにした。

 ソロンが見つめている先には可愛らしい女の子がいた。

 学園の制服ではあるが、ソロンの執事服のような黒と白の制服とも、シエルのイメージカラーである青の制服とも違い、緑を強調した落ち着いた色の制服であった。

 『学園の制服は基本形と学年の識別を残してあれば原則、カスタム自由』とこの学園の校則に書いてある。つまり、学年を示すネクタイやリボンなどは変えられないが、柄や色の変更程度であれば可能ということだ。


「やぁ、アリア。その服装、とても良く似合っているよ」

「う、ソ、ソロン、何で貴方がここにいるの!皇女殿下はどうしたのよ!」


 ちなみに、制服に大きな変更点を加えたい場合は、学園に事前申告をし、許可を貰う必要がある。普通は大きく変更することはないため必要がないと思われるが、これにはちゃんとした需要がある。シエルは護身用の武器を入れるための場所を付け加えている――これは高位の王侯貴族なら大抵は持っている――し、ソロンの場合は専属執事として有事の際に動きやすく、便作りになっているのだ。なお、シエルとソロンの制服はソロン自ら加工したので、物理攻撃も魔法攻撃もある程度なら防ぎ、軽減できるほどの強靭性と耐久力、素早く動ける柔軟性、消費魔力や放出魔力――無意識に放出している魔力のこと――を抑え、防御に回す保存性や転換性などなど、色々な効果が付与されているので、戦場でも使える鎧並みの防護服制服となった。


「シエル様は中でお待ちです。恐らく、妖霊皇国エルミナージュの第一皇女リーゼロッテ様と仲良く談話でもしているでしょう」

「それって・・・・・・つまり逃げてきたんだ」

「さぁ、何の事でしょう。私は広い敷地内で迷子になっているであろう友人達を迎えに来ただけですが?」

「あら?では、後ほど貴方の主様に確かめさせてもらいますね?」


 ソロンの言っていることに嘘・偽りはない。この学園の敷地は本当に広いし、教室は通常の授業を行う本館とは別の場所にある。ただし、逃げる口実としてやってきたのであって、この後のことを考えると胃が痛くなりそうであった。

 そんなソロンの様子を知ってか、アリアは


「冗談です。さぁ、行きましょうか。本気でメアリーとサムが迷子になっていないか心配になってきましたし、このままでは遅刻してしまいますもの」


 そう言って、メアリー達を探しに行くことにした。


「早く来て下さい!あの子達を見つけられなければ、こっちまで遅刻になりますよ」

「はいはい、今行きますよ」


 アリアの声掛けにソロンは返事をし、その口にほんのりと笑みを浮かべながら、アリアの後を追った。




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