第36話 入学初日の顔合わせ②
〔ソロン SIDE〕
(やれやれ、入学式で貼り出されていた名前の一覧を見て、まさかとは思っていたが、本当にリーゼロッテだったとは。それにしても懐かしいな。社交界では何度か見たことはあるが、面と向かって話すのは七年ほど前だったか・・・・・・)
そう思いながら、リーゼロッテのことをよく見ると、これもまた懐かしい妖精と精霊を見つけた。
(おや、あの子達はリーゼロッテと別れる際に、護衛を任せた妖精や精霊か。あの子達の反応を見る限り、仲良くやっているみたいだ。まぁ、流石は十二始祖王の直系というべきか。格は低いが、それに見合わぬ実力を持つ。当人たちには格上げする意志がないから、たちの悪い見かけ騙しだ)
そう思ったら、堪え切れなくなり、微笑を浮かべてしまった。そしたら、何故か赤面しているリーゼロッテ――ソロンが見つめすぎているのが原因である――が更に俯いてしまったので、不思議に思った。
「ソロン、見つめすぎよ。たとえ、その子ではない存在を見ていたとしても、傍から見れば、その子のことをずっと見つめているように見えてしまうわ」
斜め後ろから突然、声がしたと思ったら、そこには混乱による硬直が解けたシエルが顔を少し膨らませていた。
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〔シエル SIDE〕
(『ソロン様』!あの子、今、『ソロン様』って言った!!一体、どういうことなの!?いつの間にソロンは他の女とも関わり合いを持っていたの!?)
私は混乱し、脳内はパンク寸前にまでなった。
(む、ソロンったらどうしてその女のことを見つめているのかしら?・・・・・・いえ、あれは何処か懐かしんでいる?それなら、出会ったのは冒険者活動として遠征を頻繁にしていた六〜八年くらい前かしら?)
辛うじて、ソロンが彼の目の前に来た女性を見つめていることに気が付き、そっちに意識を向けることで落ち着かせた。
(しかし、それにしても見つめすぎでは?一体、いつまでその子のことを見つめているつ・・・も・・・り?いや、違う。ソロンはその子のことを見ていない。目は少しだけど絶えず動いているし、視線も生暖かい・・・・・・何処か懐かしむような、お母様が私を見る目に似ている?)
私はソロンのような特別な眼は持っていないし、
(・・・・・・もしかして、非実体化している妖精か精霊でもいるのかしら?)
そのため、ソロンが視線を向けているただの空間に何かいるのではないか、と予測したのだ。そして、リーゼロッテは妖霊皇国エルミナージュの第一王女の名前であったことに私はようやく思い至った。
(それなら、妖精や精霊の可能性が高いわね。妖霊皇国は国民の殆どが妖精や精霊といった普通は目に見えない者達と契約できることで有名な国だから)
知識というのは重要なものなのだということを私は改めて感じた。
たとえ、皇位継承権が低くてもソロンから色々な国の情勢や特色などを教わっていたが、正直に言うと、その頃は必要なのかがイマイチわからなかった。ソロンが教えるということは何かしらの意味があるのだということは既に理解していたが、意味の中身まではわからなかった。だが、今になってようやく理解できた。
(ソロンはこうやって他国の者達と交流できるように教えていたのね。皇帝になったときのためと言っていたけど、本当は広い世界を自由に羽ばたけるように、決して皇族というある種の “鳥籠” に束縛されないように、そう願っていたのかもしれないわね。まぁ、ソロンらしいと言えばソロンらしいのかもね。フフ♪)
だけど、いい加減、ソロンに指摘してあげないと変な誤解が広まりそうね。
「コホン、ソロン、見つめすぎよ。たとえ、その子ではない存在を見ていたとしても、傍から見れば、その子のことをずっと見つめているように見えてしまうわ」
「あぁ、申し訳ございません、リーゼロッテ様。そして、ありがとうございました、シエル様。私としたことがつい・・・・・・その〜、大変懐かしい者達を見たものでして」
やはり、ソロンはリーゼロッテのことを見つめてはいなかった。そうでなければ、『懐かしい者 “達” 』とは言わないだろう。理由の最後が言い淀んだのは、恐らく私には視ることができない存在の説明に悩んだから。ただし、言い方が恋人に他の女性と話しているところを見られ聞かれた男性の説明に近いことにイラッときたが、
「私としては良いですよ。ソロンの引き抜きならまだしも、ただの交友ならこちらにも利がありますから。それに貴方が見つめていたのはリーゼロッテ姫のことではないのでしょう?視線がややズレていましたし、懐かしさを含んでいたことも考えると、後は私の目に見えない者達、即ち妖精か精霊、それとも非実体化することのできる者しかいないもの」
「流石のご慧眼です、シエル様」
ソロンは心の底から感心して褒めている。私はそのことが堪らなく嬉しかった。
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〔リーゼロッテ SIDE〕
私は生まれつき強い妖霊―妖精や精霊などの総称―を宿していなかった。
そもそも、妖霊と契約するどころか召喚すらできなかった。
私が近づけば妖霊は逃げるか巧妙に姿を隠す。まるで私に怯えるように。
原因はすぐに判明した。それはお母様の血を色濃く受け継いだせいだった。
お母様は現人神ではあるが、ただの現人神ではない。
原因が判ってしまえば後は簡単だった。お母様の知り合い経由でこちらにとある魔道具と人材を派遣してくれると言われ、嬉しく思った。その方を迎える途中で襲撃を受けたのだ。そして、その方と出会えた。本人は荷物の輸送と遠征程度にしか思っていなかったようだけど、私にとっては奇跡が起きたかのようだった。
助けられた時はその方が怖かった。盗賊相手に平然と圧倒したのだから。それにあの目は殺すことに躊躇いのない、いや、興味すら無いような無機質な目をしていたからだ。私は産まれて初めて恐怖を抱いた。あんなにも人を人と認識せず、機械的に殺せるものなのか、と。だけど違った。違うと悟った。
あの時の彼の目はたしかに無機質だった。感情もなかった。けど、見てしまった。たった一瞬ではあったが、彼の目が少し揺らいだのを。そして、よく見てみると、段々、見えてきた。何処か無理をしているように。彼は優しいが故に、精神を壊さないように無理やり自分の感情を殺している、そんな風に思えた。
(あの時はあんな戦い方をしていれば、いずれ精神は摩耗していき、感情が喪失していってしまう、とも思ったわ。けど、何か歯止めがかけられているのか分からない。しかし、戦闘が終わるとすぐに、それもあっさりと感情が元に戻ったわね)
私がそんな昔のことを思い出していると、
『探知系の魔導を学べば誰にでもできることですよ。後は・・・・・・少々、コツを掴む必要がありますけどね』『へ〜、探知系か〜。それってどれくらいの範囲なの?』
「・・・・・・え?」
私は夢でも見ているのかと思えてくるかのような懐かしい声を聞いた。
一方は恐らく、新入生主席となったこの帝国の皇女、シエル様だろう。そして、もう一方は、
「あぁ、あぁ。まさか、入学式のあれは、もしやと思いましたが・・・・・・あのキレイな術式を起動させた術者はやはり・・・・・・」
ずっと会いたかった。現人神の濃い血のせいで、妖霊との契約も召喚もできず、影で虐められてきた私に、格は低いが、私のことを怖がらず、今ではすごく懐いている妖霊をくれたこと。私の命を助けてくれたこと。そして、何より私にこの血の便利で正しい使い方を教えてくれたこと。そのことに感謝を告げたくて、
「(まだよ、リーゼロッテ!我慢我慢!ここで過剰に反応すれば変な噂が立ちかねない。それはソロン様にとって嫌なはず・・・・・・)」
それでも何とかこの溢れ出そうな気持ちを理性で抑え込もうとして、
ガラガラ
『おはようございま・・・「ソロン様!!」・・・・・・』
だけど、この気持ちは抑えられなかった。
ソロン様からはしばらくの間、見つめられたけど、それが私の周りにいる妖霊だったことに落胆し、だけどそれ以上に、自分を覚えてくれたこと、久々に会えたことへの嬉しさに包まれながら、いつか、まだ自分の中で蓋をしている気持ちを外に出せたらな〜、と思った。
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