第32話 入学式
「これより第500回ラメド王立魔法学園の入学式を開会する」
例年、学園行事の司会進行役はその年の生徒会書記がやるらしい。
なお、生徒会選挙は12月に行い、選挙で決まった新生徒会は1月から機能するらしい。なので、現中等部三年生も生徒会に12月まで入れるが、現三年生に良い噂を聞く者が少数であり、ほとんどが立候補しなかったため、当時、一年生だったセシリアが生徒会会長に推薦され、そのまま選挙で当選したと言われている。
「あの頃は本当に大変だったな。ウォーカー公爵からどのような演説をすればセシリアが当選するか、と訊いてきたからな」
ソロンはそう呟きながら
「そう言えば『
貴族らしくない、いや、本来の貴族らしい在り方を言ってきたウォーカー公爵に感心されて、ソロンは真面目に協力した。それに、ウォーカー公爵家は魔法帝国メイザースの四大公爵家の一つ、『国防のウォーカー』と呼ばれる程、代々、メイザースの国防を担っており、ローランド公爵家と同じく実力主義で有名な家系だ。
貴族は腹黒いところが多いし、それ故に信用できないことも多い。しかし、ウォーカー公爵家のような信用できる者も少なからずある。ソロンが嫌う社交界にシエルの専属執事として行く理由はそこにあるのだ。
「まぁ、そんなウォーカー公爵であっても信頼はしていないけどな」
ソロンが正当な理由なく国家に反逆した場合、容赦なくソロンを裁くだろう。国防を担う故に国家反逆罪を逃してくれるとは限らない。また、家族が人質に取られた場合もこちらに剣を向ける可能性がある。なので、信用はするが、信頼はしないのだ。
「ソロン、さっきから小声で独り言を言っているけど、どうしたのかしら?」
ソロンがブツブツと独り言を言っているから、シエルは心配になったのだろう。
「大丈夫です。過去のことを振り返り、味方の陣営などを思い返していただけです」
「そう、ならば良いのだけど・・・・・・最近、疲れていない?よく宮廷側からも依頼が多く来ていたみたいだし。唯一、信頼できる私の専属執事がいなくなったら、生きていけなくなるから」
「それこそ大丈夫ですよ。死んだとしても、私は貴方のもとへあらゆる手段を使い、それこそ禁忌の転生をしてでも戻ってきます!」
シエルはソロンのことを驚いた顔で何度も
「おや、シエル様、そろそろ今年の主席による新入生代表の言葉が始まる頃ですよ。お行きになった方がよろしいのでは?」
「じゃあ、ソロンがエスコートしてくれる?」
よくシエルが頼み事をするときは上目遣いでソロンのことを見てくるが、本当に頼みたいときの仕草ではないことをソロンは知っている。なので、
「無理でございます、シエル様」
そう言って、シエルを壇上へ行かせた。
シエルは『ソロンのケチ!』と小声で言いながらも、皇族としての立ち振舞いをしながら、壇上へ向かった。
そして、壇上へと体を向けようとしたら、ソロンの後ろから声がかかった。
「良かったのかしら?貴方の
「盗み聞きですか?それにあの仕草は私に本当に頼んでいるのではなく、冗談交じりに言っているだけですので」
「違うわよ。貴方のことを探していたら、そんな会話が聴こえただけよ。それにしても流石はシエル皇女殿下の専属執事と言ったところかしら?癖や仕草でその者の気持ちが分かるなんで・・・・・・」
振り返らずとも気配で、そうでなくとも声で分かっている。
「それで何の用ですか?アリアさん」
声を掛けてきた相手はアリアだった。入学試験二日目が終わって帰る前にソロンが渡した偽装魔法が込められた魔導具【カモフラージュ・ネックレス】を首から下げている。それにより、アリアは外見も気配も人間族と遜色がない程になっていた。
「貴方は何処まで知っているの?」
ソロンが用事を訊いたら、途端にアリアは真剣な顔になった。
「何処まで、とは?」
ソロンが予想できていた質問だったので、普通にとぼけて見せる。『ここで話して本当に良いのか?』という意味も込めて。
「っ!その言い方、もしかして貴方は!」
「アリア様、新入生代表の挨拶が始まりますので静かにしましょう。私は逃げも隠れもしませんので、この話はまた後程」
「え、えぇ、そうね」
アリアはソロンがのらりくらりと躱して逃げたりすると思っていたようだ。
ソロンは社交界へのお誘いなど、面倒なことでない限り、逃げも隠れもしない。特に、今回のようなソロンにも、そして恐らくシエルにも関わることであれば真面目に向き合う。ただし、時と場所は決めさせてもらうが・・・・・・。
「新入生代表挨拶、一年生主席、シエル・フォン・メイザースさん、お願いします」
「はい!」
その話を区切ったのと同時に新入生代表の挨拶が始まった。
「春の息吹が感じられる今日、・・・・・・・・・・・・」
シエルは予想通り、新入生代表挨拶の定型文から始まった。
「ご存知の通り、私は皇女の身分です。しかし、この学園の中では貴族や平民という身分の差はありません。また、人間族と獣人族、エルフ族などという種族の差もありません。なので、普通の人と同じように扱ってください。これにて新入生代表の挨拶を終わらせたいと思います」
「ありがとうございました。続きまして、来賓祝辞。」
その瞬間、様々なところで拍手が起こった。
「まぁ、一番角が立たない挨拶ですね〜」
「そうね。ちなみにシエル皇女殿下は本当に無派閥陣営なのよね?」
「えぇ、正確に言えば実力主義寄りの中立主義です。才あるものは拒まず、才無き者でも必要があれば雇用する。まぁ、『必要があれば』と言っても国防などの観点から質だけでなく量も求められていますので、必要ないことの方が珍しいですけどね」
「へぇ〜、ちなみに国防と言っていたけど・・・・・・」
「噂では魔族領で怪しいところが多いらしく、魔王様からも応援要請が来てますよ」
そんな機密情報以外の、調べればいくらでも出てくる内容をソロンは雑談として話す。誰が聞き耳を立てているのか分からないからである。
「続いて、理事長先生のお話。理事長先生、お願いします」
理事長の話が来たようだ。しかし、理事長が全然現れてこない。
ソロンが聞き耳を立てると、
「おい、理事長は何処なんだ?」
「まさか、欠席なのか?」
「そんなバカな!」
などと新入生は言い合っている。一方で、在校生は『さぁ、どうなるかね〜?』とでも言いたいのか、ニヤニヤと笑っている。
「ハァ〜、なるほど。いたずらですか」
「はい?それってどういうことだい?」
「まぁ、見ていてください」
ソロンは瞬時に理解したが、アリアはまだ気が付かないようだった。
「ソロン、これって!」
「シエル様、ご安心ください。この馬鹿げたいたずらをすぐに終わらせますので」
途中、シエルにも会ったが、適当に応えて壇上へ行く。
そして、ソロンが会場全体を見回せる壇上に上がり、
「オーフェン理事長、それは【世界最巧】への果たし状ですか?五秒以内に出てこない場合は果たし状と捉えますよ。
そう言って、ソロンは五秒数えていく。そんなソロンに新入生は怪訝を覚え、在校生は『何をする気だ?』と楽しんでいるようだ。
「
五秒狂いなく数えても出てこないので、ソロンは果たし状と捉えた。なので、
「これは非効率的なので嫌いなんですけどね〜。警告します!手加減はしないので、真面目に防いでください。
その魔法を告げた瞬間、床や壁、天井など、至る所に術式が現れた。
「魔法と違い、魔術は詠唱が無い分、術式を描かなければならない。故に魔術は魔法よりも遅いというのが魔導世界の
ソロンが言い終わるのと同時に術式から攻撃が始まった。しかし、悲鳴が聴こえるだけで、攻撃音は聴こえないし、何よりこの場にいる全員、攻撃を受けていない。
「流石ね、ソロン。まさか、
「えぇ、対ハイエルフ用術式をメインに組み込んだ魔術です。一度、発動してしまえば連鎖的に術式が起動するタイプの魔術ですよ」
ついでにシエルの魔術講義も開始することにした。
一部の在校生と新入生は興味があるようで、こちらに聞き耳を立てていた。また、残りの者達も嫌悪感を示しながらもこちらの講義を聴いている。
「この魔術はオーフェン理事長が最も得意とする【
「へ〜、そうなのね。ちなみに、その術式に込める魔術は・・・・・・」
「えぇ、任意で入れ替えが可能ですよ」
『おお〜!』という声が上がった。
「さて、そろそろ良いでしょう。これに懲りたら、私の隠蔽術式を悪用して、こんな悪巫山戯に使わないでくださいね、オーフェン理事長殿?」
「わ、分かった。すまぬな、ソロン君、それに新入生の諸君も」
何処からともなく、オーフェン理事長が現れた。ように見えるが、実際には隠蔽魔術を解いただけである。
「あ〜、気を取り直して、新入生の諸君!このラメド王立魔法学園への入学おめでとう!そして、在校生の諸君は進級おめでとう!まず、先に諸君らに言っておく!たとえ、魔術であっても舐めてはいけない!わしが見せたように高度な隠蔽を扱えたり、そこのソロン君のように・・・・・・いや、ソロン君が言うように、技術力次第で魔法との格差は容易に覆せる!もしも、この中で魔術に興味がある生徒はソロン君のもとへ行くと良い!魔術だけでなく、あらゆる魔導に関してでも大丈夫だぞ。彼は今代の【世界最巧】!つまり、あらゆる技術面で彼に勝る者は誰一人いないという証明だ。これは現人神筆頭代理たるローズ様もお認めになっていることじゃからな。あ〜、わしの話はこれでしまいにする。改めて、諸君、おめでとう!」
そう言って、オーフェンは話を切り上げた。
「え〜、これにて入学式を閉会致します!」
ようやく入学式も終わった。
ここから先は普通のパーティー同様、食事会となる。
そして、ソロンやシエル、オーフェン達の予想通り、ソロンに向かって色々な者達が一斉に来たので、ソロンは隠蔽魔術を行使して隠れることにしたのだった。
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