第28話 帝都散策




「ん〜、美味し〜♪」


 ソロンとシエルは執事長セバスメイド長ロザリーに許可をもらい、帝都内を散策している。

 帝都と言っても治安の良い地域と治安の悪い地域があり、衛兵達がいる詰所や安全な闇ギルドの支部が近くにあり、何か問題が起きてもすぐに駆け込む(駆けつける)ことができる北部の商業街にソロン達はいる。ちなみに商業街は帝都の貴族街と平民街を隔てるように造られた様々な店がある場所だ。

 北部の帝都郊外付近にはスラム街があり、その何処かに闇ギルドの支部がある。支部と言っても決まった場所にあるわけではなく、様々な場所を転々としているのだ。なので、普通の者達では見つけることが困難だ。


 ――閑話休題それはさておき

 商業街は平民街に近づけば近づく程、露店が多くなり、逆に貴族街に近づけば近づく程、しっかりとした店舗が多くなるという特徴がある。ソロン達が今いるのは、そんな商業街の真ん中、つまり、露店も店舗も両方混在している場所だ。

 なので、平民よりの貴族がお忍びで来ることも多くあり、たとえシエルであっても変装していればバレることはない――そもそも、【世界最巧】のソロンが掛けた偽装魔法カモフラージュが解けることはめったに無いのだが――のだ。


「ソロン、ソロン、あれは何ですか?」

「あぁ、あれはパンの一種ですね。カリーパンと言って、カリーをパンの中に入れて揚げたパンです」

「へ〜、でもカリーか〜。私にも食べられるかな?」


 シエルは以前、カリーと食べたことがあるが、あまりの辛さに咽せたことがあったことを思い出したのだろう。シエルの表情がやや暗い。


「カリーは辛いものが普通ですが、そうすると香辛料も大量に使うことが多くなるので、あえて香辛料を少なくしてどの年齢層でも食べられるようにしたカリーパンが多いですよ」


 しかしソロンは優しく大丈夫であることを言ってあげたら、シエルは目を輝かせ、


「そうなの?ではいただこうかしら?」


 少し嬉しそうな声で言った。

 ソロンはそんな子供っぽい仕草をするシエルに対して、『可愛らしいな〜』と思うのであった。公の場では大人っぽく振る舞っているので、こうしたプライベートな場でしか基本的に見れない一面なのだ。

 なので、


「チッ、昼間から帝都散策とは良い御身分だな。流石は法皇ローズ様とコネを持っているやつだ!どうせ、そのコネを使って入学試験も改ざんするんだろうな。クソッ、俺らは必死に受験しているというのに呑気なやつだ」


 なんてことを周りに聞こえないような小声で言ってくる者もいるが無視をする。

 シエルを侮辱したりする言葉や危害を加えようとする者であればそれなりの対応をするが、ソロン自身に対する言葉だけなら気にするだけ面倒なのだ。


「今、私のソロンを誰か侮辱しませんでしたか?」

「気の所為でしょう。少なくとも私には聞こえませんでした。もしかしたら法皇様辺りが噂しているのかもしれませんね」

「そう、ならいいわ。あ、これもこれで美味し〜♪」


 勿論、ソロンが言ったことは嘘だ。実際に聞こえていた。しかし、それを正直に告げればシエルはその相手を氷漬けにするだろう。それに、こんな町中でやれば問題行為となるし、幸せそうな顔をしながら食べているシエルの気分を害したくはなかったからだ。


(ただ、あの声を聴こえた、いや、感じ取ったのか?ある意味、もの凄い才能だな)


 ソロンはそう思わざるを得なかった。何故なら、ソロンでさえ、五感を集中させないと聴こえなさそうな声――事実、発言者の近くにいる者達には聴こえていなかった―――を、それもソロンに対する怨念じみた内容を当ててきたのだから。


「それにしても『私のソロン』ですか。なかなか嬉しいことを言ってくれますね」


 先程のシエルの発言を思い出し、ソロンは少し笑った。

 つい、普通よりは小さいが、それでも周りに聞こえるような音量の声を出してしまった。幸い、周りは騒がしかったので、シエルにはよく聴こえなかったようだ。


「ん?何か言ったかしら?ってどうして笑っているのよ!私ってば何かおかしなことをした〜?」

「いえいえ、少し嬉しいことがありましてね。気にしないでください」

「そう言われるととても気になるわ!」


 答え適当にをはぐらかしたが、それがよりシエルの興味を引いた。

 流石に答えるとソロンもシエルも恥ずかしくなってきそうなので答える気はない。


「ありがとうございます、シエル様」

「ん?何に対してか分からないけど、どういたしまして?」


 代わりに感謝を告げたのだった。何せ、ソロンは出自不明の者。本来は忌避されても当然の存在だ。なのに、そんな者のことを自身の所有物であるかのように言う。大抵の者達は奴隷扱いに聞こえるだろうが、ソロンにとっては家族のような、一種の関係の輪の中に入れてもらえたような感じがする。


「ほらほら、ソロン〜!早く次に行くわよ〜!」


 そんなソロンの気持ちを知らず、年相応な無邪気さを持ちながら、ソロンをかすシエルの声が聞こえる。


(いつまで経っても、この感覚は何処かに残っている。自分は本当にここに居て良いのか、と。だけど、いや、だからこそ、シエルが言ってくれた言葉は嬉しいし、救われる。あぁ、本当にシエルに仕えて正解だった)


 ソロンはシエルのもとに掛けながらそう思い、願わくばこの生活がいつまでも続きますように、と心の底から願うのであった。







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