第26話 【世界最巧】VS【大陸最強】






 シエルが放った氷の上級最高位の魔法、【疑似氷結地獄シュード・コキュートス

 これは指定した範囲を氷の世界を顕現させるという一見、シンプルな魔法に見えるが、実際には違う。寧ろ、顕現させるだけならまだ生易しいと言える程だ。

 この魔法は魔法名通り、擬似的な地獄を顕現させるもの。だが、たとえ擬似的なものだとしても地獄は地獄。その魔法の効果範囲内の気温は−50℃を下回る。つまり、人間族が生きられる気温ではないということだ。そのあまりの危険性から最大効果範囲が半径5mの円、または一辺10mの四角形に制限されている。

 本来ならこれは狭すぎるが【疑似氷結地獄シュード・コキュートス】は別だ。

 何故なら【疑似氷結地獄シュード・コキュートス】の効果範囲から任意の距離まで−15℃の冷気が襲いかかるという副次的な効果があるからだ。


「クッ、まさかこんな隠し玉があったとは」

「え?そんな・・・・・・」


 ソロンが足止めしてくれたおかげでローズは効果範囲内にいたはずだが、どういうわけか生きていた。それもピンピンしているように見える。


「しかし、ソロンもソロンだね。何重にも制限をかけた魔法を与えるなんて。知っているかい、殿下?その魔法は本来なら現人神が使うなんだよ。それを幾重にも制限をかけて弱めたものがその魔法だ。つまり君はその魔法を十全に使いこなせていないということだ。まぁ、暴走する危険性がある魔法を平気で使っている君には敬意を評するけどね」


 ローズから出てきた内容にシエルはショックを受けた。

 まるで『君はソロンの期待に応えられない。ソロンがいる意味がない』とでも言うかのように。


「ちなみに?まさか、、なんてことはないと良いんだけど」


 ローズはあえてこの場にいる全員に聞こえるように、しかし、わざとらしくなく、自然と聞こえるような声で告げた。


「チョット、まさか、それはないでしょう!」

「そうだぜ!これはあくまでも入学試験だ!こんな試験ごときで死ぬわけがない!」


 反論の声は次々と上がっていくが、


「君達は一体、何を言っているんだい?私は始めからこれは、と言ってきたはずだけど?寧ろ、味方からの攻撃を同意の上で受けているんだから、守る義理はないと思うんだけど?」


 ローズからの返答は冷酷なものだった。

 そして、誰しもがソロンが死んだと思っていたが、


「はぁ〜、ソロン、いい加減出てきてください!そんなにあるじである私を困らせたいのですか?本当に出てきてくれないと本気で泣いちゃいますよ?」


 シエルは今にも泣きそうな声で言った。


「まだ、希望が捨てきれないのかい?それに仮に生きていたとしても、どうしてそんなことが言えるんだい?」


 ローズは心の底から不思議そうに聞いた。顔が笑っているので、生きていると思っているのか、本当に死んだと思っているのか、どっちなのかが分からないが。


「えぇ、だって分かりますとも。何故なら、」


 シエルは俯いていた顔を上げ、満面の笑顔を浮かべながら告げる。


「何故なら、


 次の瞬間、パリン、と割れた音が聞こえたかと思うと、


空間潜伏エアー・ダイブ】」


 ローズの背後の空間が突如割れたかと思いきや、ソロンの声がし、いつの間にか持っていた鉄の棒でローズを一突きに刺し殺していた。


「小手先の卑怯な手とよく言われますが、覚えておいてください。戦場では正道も邪道もありません。何故なら、戦場では勝利が全てですから。」


 まるで、この場にいる全員に言い聞かせるかのように話す。


「あと、シエル様、申し訳ございませんでした。少々、立て込んでおりまして・・・」

「どうしたのかしら?何か問題でも?」


 ソロンが謝罪したが、珍しく最後の方が口籠っていた。


「いえ、チョット面倒な相手に見つかってしまい・・・・・・まぁ、法皇様がなんとかしてくれるので、良いですが」

「え?私?」


 ローズは本気で困惑していた。


「彼女達を抑えるのは法皇様の役目でしょう?」

「あ〜、彼女達か〜。確かに君のことをよく追いかけてストーカーしているからね〜」

「では、頼みましたよ。シエル様の平穏のために!」


 ソロンの言葉にローズは目をパチクリ、としていたが、すぐに苦笑に変えた。


「そういえば君にとって最優先事項はシエル皇女殿下についてだったか。これはこれで彼女達が怒り狂いそうな気が・・・・・・まぁ、それも含めて抑えるのが私の役目か」

「本当にソロン達は何の話をしているの?」


 シエルだけは話についていけず、コテン、と首を傾げていた。

 ソロンはそんなあるじの態度が可愛らしく、微笑を浮かべた。


「どうしたの、ソロン?微笑ましそうに笑っていて」

「いえいえ、シエル様は本当に可愛らしいなと。年相応の仕草が大変・・・ゴホンゴホン。何でもないです。」


 これ以上は不味いと思い、ソロンは言うのを止めた。実際にシエルは顔を真っ赤にして恥ずかしがっているし、周り――主にローズ――から多くの温かい目を向けられているからだ。


「ゴホン、さて、ローズ様、今更ですが、すでに止血は済み、傷口は塞がっているでしょう?それで、私達の合否は?」

「露骨に話題を変えているし、・・・・・・というか本当に今更ね。君が余計な手加減をしてくれたおかげで、見た目程、傷は大きくないし、ダメージも受けていない。それは君も分かっている筈だけど?」


 ローズは睨みつけるようにソロンを見ながら答える。


「それに合否に関しては二人共、文句なしの合格よ。シエルは最上級魔法に匹敵する上級の最高位魔法を使えているわけだし、ソロンに関して言えば寧ろ、合格していない方がおかしいと言えるわね。【世界最巧】の称号だけでも十分だと言うのに、最後のあれを見せられるとね〜。後で論文をもらえるかしら?」


 『最後のあれ』というのは恐らく、【時空間魔法】についてだろう。

 それをここで見せてと頼むということは拒否権は許さないという意志の表れとも言える。それにそんなことをこの場で言えば、


「ソロン、貴方のあるじである私にも閲覧権限はあるわよね?そして閲覧規制権も。言いたいことは分かるわよね?」


 やはりというか何というか、当然の如く、シエルも主張してきた。


「分かっています。これは元々、シエル様に覚えさせようと思っていた魔法ですし、法皇様にも後程、報告するつもりでした。それにこれは論文を見た程度で誰もが習得したり扱えたりする魔法ではありませんので」


 一応、念の為に釘を刺しておく。何故なら、【時空間魔法】はその名の通り、。つまり、この魔法を活用すれば。なので、この魔法は様々な王侯貴族が喉から手が飛び出る程欲しがるものである。

 ただし、時間遡行に失敗すれば、《時の狭間》と呼ばれる危険な場所に一生居続けることがあるのだ。なので、これは現人神の古参であるローズを筆頭に、適切な者に監督権を与えた方が良いのだ。





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