第10話 ソロンには内密に




コンコン、

「失礼します、お父様。」

「おぉ、シエル。どうしたのだ?」

「お父様と法皇様に入学試験に関してのお願いがありまして。ソロンには内密に。」


 シエルがそう言って来るのは珍しいことだ。特にソロンには内密にするように言うのは。何故なら、シエルが最も信頼し信用しているのは父親であるクライドでも母親であるノエルでもなく、自分の専属執事であるソロンなのだ。もちろん、クライドもノエルも信頼や信用はできるが、彼らは一国を統べる皇帝とその伴侶だ。なので、表立って、それも私情で、自分達の娘のために動くことはできない。それはこの国の皇族やその伴侶となる者達にとっての不文律であり、自分専属の使用人に全信頼・信用を置いている――つまり、有事の際では自分の命さえ賭けられるということ――シエルは特殊と言えば特殊だし、珍しいと言えば珍しいタイプの皇族だが、別におかしい考え方ではない。事実、過去の皇族達の中にはそんな考え方をしており、破滅した者はいるが、大抵の者達はそのまま皇帝になったり、皇位継承争いで死なずに生き残って要職に就いたり、駆け落ちして世界のどこかにひっそりと暮らしたり、様々な生き方をしている。なのでおかしいのは何だと言われれば、『自分の地位のためなら自ら動くヨランダのような者の方が例外であり、おかしなことなのだ』と答えるだろう。


「む?珍しいな。シエルがソロンには内密にするようなことを頼むとは。いや、そもそもシエルがソロン以外の他者に頼み事をすること自体が珍しいと言えるが。」

「お父様!いくらソロンと付き合いが長い私でも彼に内緒にすること、したいことはいくらでもありますよ!・・・・・・ソロンが鈍感過ぎるせいでもありますが・・・・・・」


 最後の方はゴニョゴニョ言って聞き取れなかったが、この場にいる全員が何となく察した。そして、『ソロンは鈍感なのではなく、子供が将来、親と結婚すると言うのを微笑ましく聞いているような感じだぞ。というかあれは孫や子供達を見て、眺める年寄りのようなものだから、尚更質が悪いと思うが』と心の中でツッコミを入れた。


「ゴホン。それでシエルのお願いとは何なのだ?」

「それはですね。実技に一次試験と二次試験の2つがあることはご存知ですよね?」


 シエルが聞いた質問に二人は頷く。


「当たり前だ。あそこは名門と言われるだけあって実践的な方に力を注いでいるからな。ローズ様もご存知でしょう?」

「クライド殿の言うとおりです。一次試験は魔獣討伐、二次試験は実戦形式と同レベルでの模擬戦がそれぞれ行われるということは。それに関するお願いですか?試験を手伝ったり、パスさせたりすることは出来ませんよ。」


 当たり前だが、魔法学園はいかなる権力に屈せず、中立をとるというスタンスであり、裏技として教師を使えば可能だが、そんなことがバレれば該当受験生は即失格、該当教師は即解職となるのでやる者はほぼいない。しかし、シエルがやってほしいのはそういったことではなく、


「私はそういったことをしたいのではなく、ソロンに活躍の場を与えたいのです。正確に言えば、実技の二次試験の試験官を相当の実力者にしてソロンに力を出させようかなぁ〜っということです。できればソロンの実力を知っている者が好ましいのですが、エルフィさんがやると私を贔屓するために派遣されたと言われるでしょう。なので、公にはソロンと何の関わりがなく、皇族相手でも平気に接することができ、なおかつ、相当の実力者である法皇様にお願いしたいのですが。」

「ほぉ〜、それは良いことだ。それにソロンに内密にしたのも良いことだね。彼は私が模擬戦しようとするといつもいろんな建前を用意して逃げるんだ。だから、正面から頼み込まれると逃げるに違いない。だが、こうやって試験まで内密にしておけば、事前に対策する暇がないだろうし、逃げることも出来ない。久々に全力をぶつけられそうだね。」

「ふむ。儂からも嬉しいことだな。ソロンがローズ様と知り合いだったなんて知らされていなくて、知った時には心臓が止まりかけたからな。意趣返しには丁度いい。」


 そう言って、二人は笑ってそのお願いを受け入れた。


「さて、儂は今から紹介状を送ろうと思う。」



実戦形式での模擬戦を行わせることができ、なおかつ、圧倒的な強さを誇る御方がそちらの学園の入学試験、特に実技の二次試験に大変興味を持ったらしく、その試験官を担当させてもらえないだろうか?ちなみにその御方は我々が私情で動かせる御仁ではなく、中立にして公平の採点をしてくれる者だ。世界との戦争を起こしたくなければ、くれぐれも粗相の無いようにお願い申し上げる。


        差出人兼推薦者:魔法帝国 現皇帝クライド・フォン・メイザース

           被推薦者:エルサレム法皇国 現法皇ローズ・エルサレム



「こんなもので良いかのう?」

「良いと思いますよ、クライド殿。私としては最後の文が気になりますが。」

「はい、ありがとうございます。法皇様、お父様」


 こうして、ソロンの知らないところで内密に計画が進んでいくのであった。



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