第6話 ソロンの過去・回想②


 その後、彼女を縛っていた縄を解いてあげて、こう言ったんだ。




「ここで見たこと、聞いたことは全て聞かなかったことにしてほしい。その代わり、僕は君の願い望みを一つだけ聞き届けてあげる。あぁ、でも実現不可能な願い望みは止めてほしいな〜。出来なくはないけど、その後のことが大変だから。」


 そう言ったら、彼女はなんて言ったと思う?

「じゃあ……わたしのしつじになってくれる?」だよ。あの時は心の底から笑った。大抵の者達は『世界征服』だったり、『莫大な富』だったり、『揺るがない権力』だったり、『無敵の力』だったり、本当に色々なくだらない事を強欲に願い、命令してきたけど、『自分に仕えてほしい』と願った者はいなかった。『仕えろ』と命令されたことはあっても、お願いされたことなんて一度もなかったんだ。だから、自分はたかが『長くても100年くらいの束縛』なんて良いように思えた。いや、面白く思えたのかな。彼女がどんな人生を歩むのかを。まぁ、この時は彼女が執事だなんて言うから、どこかの貴族か商人か、裕福な家庭の人間だろうとは思っていたけど、まさか皇族とは知らなくてさ。騒ぎを聞いて駆けつけた衛兵達によって知らされて驚いたよ。

 それからしばらくして、彼女の境遇というものを知った。一部の皇族やその使用人からいじめられたりしているのを。そして、再度理解した。いかに皇帝が良い人でも妻や周りの環境によっては悪い子供が産まれるということを。だから彼女に少しでも安心できるように言ったんだ。「君には自分が付いている。何があっても私は君の味方でいる」とね。そのことが理解できたのか、彼女は泣いて、だけど笑っていた。喜んでいた。その時、気付いたんだよ。貴方が問いかけた質問に。貴方は私に『何故、私が彼女シエルに仕えているのか?』と聞いたね。私としては逆に『何故、貴方は気付かないのか?』と聞きたいよ。ここまで言ってまだ分からないのかい?その答えは『彼女シエルが”あの子”に似ていたから』だよ。本当に奇跡だとさえ思った。私の胸に空いてしまった虚無感は彼女を見ていると埋められていくかのように感じたんだ。だから、誓った。

『決して君を孤独ひとりにはさせない』と

『決して君を傷つけさせない』と

『決して君を陥れさせない』と

『決して君を裏切らない』と

 そう、私はいつの間にか誓っていた。誓いを言っていた。あの魔法を使っていた。

 誰にも見つからないような場所で一人、泣いていた女の子を見つけたあの時に。


「ねぇ、泣かないで、シエル様。・・・・・・ううん、ずっと側にいてあげますので。だから・・・・・・、だからさ、ほら、泣かないで、シエル。」

「え?ソ、ソロン!泣いてないもん!泣いて…なんか…いないもん…。グスン」

「じゃあ、目から溢れているお水は何かな?じゃあ、誓いを立てるよ。君が安心できるように。恒久的であり、決して簡単に破ることのできない誓いを。

【我等の約束はここにpromissio hic

【これは契約】【これは盟約】【これは霊約】【これは誓(聖)約】

【我はここに契りを結ぶ】【我はここに固きを結ぶ】

【我はここにたましいを結ぶ】【我はここに誓いを結ぶ】

【この結びし約束が破られし時】

【破りし者、其の身、其の魂を焼き、凍て、傷つけ……永劫の苦痛に苛まれる】

【されど我は恐れない】【されど我は慄かない】

【何故ならば、我はすでに満たされているから】

【故にここに・・・・・・】【我等の約束は結ばれたpromissio facta est】」


 私はあの時、究極の『誓い』を詠うように、奏でるようにスラスラと唱えられた。ありえないことだというのは分かっている。馬鹿げているということも知っている。本来はこんな泣き止ませるためくだらないことに使って良いものではないことくらい理解している。だけど……それでもなお、使いたかったんだ。彼女のために。

 あの時、彼女はなんて言ったと思う?


「きれい。まるで星空みたい!」


 正直言って、これ以上ないくらい嬉しかった。本来の用途は犯罪を犯した者などに制約をかけるものだ。そして、破った時の罰則が酷く、魂に作用する――ある意味、『悪魔の契約』とも言えるような――罰が大半だ。そもそも容易くは破れない効力が無意識下で作用する。だから『絶対遵守(厳守)の契約』とも呼ばれる。そんな『誓い』を、今までこれを見てきた者は――自分にとっても――気味が悪く、悍ましい魔法だと嫌悪してきた。だが、彼女は違った。まだ、幼いから。あまり魔法に関する知識がないから。だから、純粋に見て、「キレイだ」と思ったことを口に出しただけなのだろう。だけど、いや、だからこそ、


「わたしにもつかえるかなぁ?」

「えぇ、使えると思いますよ。私が使ったこの魔法よりももっと美しい魔法を。」


 少しだけこの魔法が良いものに思えた。そして、彼女のために、彼女が使っても周りから『気味が悪い』だの『悍ましい』だの言われないように効力を弱めて、だけど美しい、キレイな魔法を創ろうと思えた。

 そうして、シエル専用の魔法を創造しながらいじめている証拠などを調べていました。まぁ、最初っから第二皇妃のヨランダ派陣営の者達が関与していることはわかりきっていたことなので、証拠を押さえるだけであればやり方は色々あるのですが……、『傷つけさせない』と誓ったばかりなので、許可なくやれませんし、まだ幼いので許可をもらいたくありませんでした。なので、結構やりにくかったですね〜。

 ただ、まぁ〜、その〜、なんと言えば良いのか……、やはり、ヨランダ派の派閥はいい噂を聞かない者達が多く、念入りに調べてみれば出るわ、出るわでして、当時の私にはちょっと扱いにくいものばかりでした。なので、闇ギルドへ匿名で密告し、そちらで秘密裏に対処してもらうことにしたのです。私も私で魔導具を開発し、入手方法を適当にでっち上げて、といっても今まで溜め込んだお金を使って闇市にあった物を購入したというものですけどね。作製材料は本当に闇市で購入した物なので間違ってはいませんよ。それに闇市で売られている物はたとえ王侯貴族でも原則、入手した方法や場所を聞かないという不文律がありますから。特に帝都の闇市は犯罪に関わっていなければ、情報公開はしませんし、私が開発した魔導具自体も貴方の所に数十個あると言われている撮影用の映像魔導具ですからね。とにかく、怪しまれず、証拠としては十分とも言える物でした。性格が悪い?容赦がない?ハハ、そう言われましても、我があるじに手を出している時点で優しくする気も、容赦する気も全くないです。

 それに未然に防いだり、実際に助けたりしていても駄目でしたからね。いじめ自体はエスカレートしていきますし、早く終わらせないとシエルにも悪影響がでる可能性がありましたので。何があったのかですって?シエルが反撃しようとしたり、血統主義者的な捉え方をしかけたりしていたからです。2年かけて、お世話係として助言し続けてきましたが、流石に耐え切れなかったようです。このままでは皇位継承争いにまで発展する危険性がありましたし、何より血統主義に染まってほしくなかったのです。まぁ、前者はノエル第四皇妃の派閥なのでともかく、後者に関しては私個人の考えなので、どうとも言えないのですがねぇ。……あ、着きましたよ。以前、貴方が見てみたいとおっしゃっていた「私の部屋」兼「魔法や魔術、魔導具などの研究及び開発室」です。猛毒や呪い危ないものなどもあるので気をつけてくださいよ。話を戻しますか。え〜、どこまで言ったかな?そうそう、事件の解決まで言ったのでしたね。

 私がシエルの専属執事になったのは、そうして事件が解決した後でしたねぇ。

 クライド皇帝陛下より褒美として何が良いのかと聞かれたので、迷わずこう答えたのです。


『シエル……第三皇女様との誓いを果たす為に私をあの御方の専属執事にしてください。』


とね。そうしたら、皇帝陛下はなんとおっしゃったと思いますか?


『まさか、貴様からも同じような願いを聞かされるとはな。我が娘、シエルからも同じようなことをお願いされたぞ。要約すれば「ソロンが約束通り私を守ってくれたから私の傍に置きたい」とな。詳細はまだ言えぬがな。さて、貴様は我が娘とどんな約束を交わしたのだ?』


とおっしゃったのですよ。まさか、シエルからも願われるとは思ってもいなくて。

 まぁ、その後すぐに皇帝陛下からの詰問に答えなければならなかったので、自分が使った「誓約魔法」についてと闇ギルドの元構成員であること、そして今回、シエルを助けたのはその誓約魔法によるものと血統主義者になってほしくなかったということなどを包み隠さず話しました。あぁ、でも、最初に言った「について」や「貴方との繋がりについて」など、極秘事項は言ってませんよ。もちろん、禁則事項に抵触する内容も一切!まぁ、今回バレた貴方との繋がりに関しては元々あった定期報告という理由だけで誤魔化せましたけど。

 それからはシエルの専属執事として、シエルの教育や指導をしていったわけですけどねぇ〜。はっきり申し上げますと、これは皇帝陛下にも申し上げたことですが、シエルは天才です。流石は皇族の血統、とさえ思いました。私が教えればそれを乾いたスポンジのように吸収していく。魔法だって当初は治癒魔法と初級魔法しか扱えなかったのに、すぐに下級、中級と覚えていき、今では上級魔法をそれも息を吸うかのような速度で楽に発動する。今まで見てきた者達の中でも上位に入るほどの天才でしたよ。私が言うと嫌味ではないか?私の方が天才、神童ではないか、と?いえいえ、今の私は一介の執事ですよ。そんなわけがないじゃないですか。



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