第46話 免責事項
オレは電話で面接の予約をして一週間後の当日、約束通り面接を受けにいった。場所は撮影スタジオの一角。直火で炙られたいなんて奇特なやつはオレだけだろうと思っていたが、意外にも受けに来たやつは数人いた。
「立長吉幸といいます」
「演技の経験は?」
一応の履歴書を見て面接官の一人である助監督が問いかけた。
「学生時代から演劇部に所属して、社会人では劇団に所属していました」
「ふうん、メトロポリタンっていうとあの有名なところだよね。辞めたの?」
「クビになりました!」
背筋を伸ばして凛と答えると助監督の隣にいた別の人物が聞いてきた。ちょっと癖のあるやつだった。
「志望の動機は? ファイヤーアクションって知ってます? 舞台とは違いますよ。演出じゃなくて本当に火をつけるから」
「日給、一万五千円につられました!」
衛兵よろしくでかい声を上げると周囲から失笑が漏れた。黙していた監督もさすがにそうかそうかと笑っている。助監督が付け加える。
「安全対策は万全に行いますが、怪我、やけどの免責事項はありません。ご了承いただいてからの撮影となります」
「演技のために焼かれて死ぬなら本望です!」
監督がオレの受け答えがツボにハマったらしく含み笑いしている。よっぽど可笑しかったのだろう。
「じゃ、まあ。免責オッケーね」
そういいながら手元の紙にペケ入れた。
「顔は映らないっていっても燃えてるところはそのまま映像として使用するから演技をしてほしいんです。焼かれたと想定しての演技をして欲しいんですけど今ここでできますか」
「できます、やらせてください!」
オレはダウンジャケットを脱ぐと足を幅広く開いて構えた。監督が手をぱんっと打つ。
「はーい、よーいアクション!」
オレは顔を引きつらせて全身の力をみなぎらせると全身を取り巻く炎を想像した。熱い、足元から熱気が立ち上がる。足裏を反りかえらせて、バネをつけると背中を空に突き上げるように反り返らせた。髪を振り乱し、腕で髪を引っ掴むと荒く息を繰り返す。イヤだ死にたくない、死にたくない、オレは! オレは!
「があああ、ああ、ああああああああああああ」
大絶叫を響き渡らせて命が途絶えるその瞬間まで演じ切る。死ね、死ね、死ぬんだ! 静かに空気が静まり返るなか、オレの苦しみだけがその空間に響き渡っていた。
数秒間の演技を終えるとオレは直立不動の姿勢で言葉を待った。誰もしゃべりださない、しんとしている。なんだよ、この間は。
「ちょっとすごいな」
言葉もなかったらしく監督が後頭部で手を組んだ。助監督もその傍の人もペンで紙を打ったり、首をひねったりしている。
「立長さん、その演技。炎に巻かれてもできます?」
オレはぽかんとしたが即座に顔を引き締めた。どういう意味だろう、つまりは……
「出来ます! やらせてください!」
オレの真剣な様子を見て、監督が唇を引き結んでこくこくと頷いた。
「いいよ採用だ」
「ということですので、そしたらよろしくお願いします。こっちも安全には十分配慮しますので」
やった! オレは腰元でぐっとガッツポーズを作って身を引き締めた。嬉しくなり何度も何度も頭を下げる。外気が寒いのも忘れて体を熱くしていた。あっちからすると頭を下げるべきは自分たちと思っていたようだが、その時のオレは感謝でいっぱいで、演じる貴重なチャンスを得られたことと同時に一万五千円が手に入ることを心から喜ばしく思っていた。
帰りがけにオレは紙切れにサインした。なにがあっても責任は問わないという免責事項の契約書だ。パイプ椅子に腰かけてまるで病院のインフルエンザの問診票のようにペケを入れていった。一つボールペンで弾くたびに溜飲が下りていく、降り積もった三か月が凪いでいくようだった。
すべてのマークをし終えると最後に名前をサインするところがあった。
「たてながよしゆ…………」
書こうとしてボールペンを止める。ふと気になった。このサインをすればオレは…………
振り返ってスタッフに問いかける。
「給料って現金支給ですよね?」
「撮影が終わったらお帰りの際にお渡しします」
オレは納得してサインをしてしまった。
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