第45話 生死の画策
「いや、これ死体役っていうか死なない?」
「ぶっちゃけ話聞いてるとさ、極限経験しといた方がいいと思うんだよね」
「いや、極限超えて裏側までいってるから」
オレは募集要項を確認した。場所は都内某所、様々な免責事項があるようだが死んだらどうやら保険は下りないらしい。いや、まあ保険。死んだ後で保険とかこの際関係ないけど。
「ファイヤーアクションっていうとあのド派手な刑事ドラマとかでやってるような火だるまだろ」
「そうそう」
「アレって実際に火つけてるの?」
「やってるって聞いたよ。傍で消火器準備してスタッフが待ってるんだってさ」
「消火器かあ……」
「消火器気になる?」
「いや、まあそこじゃねえけど」
消火器とかどうでもいいわ、オレは紙を見て唸った。舞台上でいずれ死のう死のうと思ってはいたがマジに死んだら演劇続けられねえ。
「いや、やっぱやめとくわ」
すると村崎が視線を強くした。
「立長さ、オレ思うんだよ。人に無いような経験を積むことで役者として一つ開眼するんじゃないかってさ。生きるか死ぬかの極限でつかみ取れるものってきっとあるんだろうぜ」
「それで?」
「有名な俳優もいってたぜ、売れない時代はよくエキストラもやってたって。アブねえシーンも今じゃいい経験になったって」
オレは息をはあっと吐いて目をつむった。
「うん、まあ、それは分かるけど。オレやめとくわ」
すると村崎は身を引いてちょっと残念そうな顔をしたあと砕けたような表情になった。
「まあ、そうだよな。オレも内心思ったわ、やめといた方がいいって。死んじゃどうしようもならねえもんな」
「どっちだよ! やれっつってたじゃんよ」
笑ってツッコミをすると村崎もへらへらと笑った。こいつ案外適当だな、調子のいいこといってるわ。村崎にはプリントを戻さずに折りたたんで右ポケットにつっこんだ。
「コレ捨てとくわ。アブねえからな」
「おう、そうだな」
その後二人でいい感じで最近観た舞台だとか映画の話を談笑し、演劇に対する熱量をこれでもかと交換し合って楽しく分かれた。別れ際、社会人の劇団公演観にきてくれよなと誘われたのでまた今度行くわと軽く約束した。
時刻は夕方、日も落ちかけて茜雲が浮かんでいる。通りには学生や主婦が溢れて、ただまだ時間じゃないのかサラリーマンの姿は少ない。みんな腹を減らしてこれから家に帰っていく。
オレは歩きながら右ポケットを探った。くしゃくしゃになった紙を広げて確認する。ファイヤーアクション募集と書かれた下の方にたしかにこう書いてある。
――『日給1万5000円』
「命かけるのに惜しい値段じゃねえよな。電話するか」
今思えば当時の金銭感覚は完全にマヒしていた。今は百万出すといわれてもやらない。いや、まあでかいオファーがきたらやるかもしれねえが。一つの現場で二、三千円という暮らしをしていた当時のオレにとっては破格の報酬だった。
頭のなかは完全に一万五千円で埋め尽くされて稼いだ金でなにを買おうかそればかり妄想していた。道淵に昔ながらの肉屋があって美味そうなコロッケが三十円で売られている。それを一つ買うと歩きながら頬張った。ふと考えていた。
「どうやったら採用されるんかな……死にたいんです! 違うな、ちょっと違う」
「死ぬほど炙られたいんですって……変態かよオレは」
「演劇に対する情熱は誰にも負けません! オレにやらせてください。よし、コレだな」
面接でのやり取りを妄想して夕暮れを歩く。この時のオレはまさか本当に死ぬほど怖い思いをするなんて想像だにしていなかった。
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