第38話 日々パート

 ドラッグストアの店内で間延びしたやまびこ挨拶をしてレジから店内を見回す。もう夜十時、さすがに来店する客は少ない。一つ向こうのレジの専門学生の先輩と眼があってコマネチのジェスチャーを送り合う。店長に見られれば大目玉だが、分からない範囲でふざけるから爆笑だわ。

 でっかいあくびをかみ殺して腕時計を見るけど、まださっきから五分しか経ってない。ああ、家帰って早く寝てえ。


 どうして月代がドラッグストアで働けているかって思ったやつもいるだろう。

 落ち着け、オレは今月代じゃない。というのも大学を卒業してすぐ劇団にいったときに月代だと役が限られてくるから伸ばせとの団長のお達しでちゃんとスポーツ刈りまで伸ばした。おかげで今は精悍な服をまといドラッグストアのレジ店員として働いている。


 じつは職探しのときに真っ先に焼き肉店の賄いを狙ったがオレの下心が見透かされたのだろう。あえなく不採用となった。同期に「焼き肉店の裏方不採用とかどうやってやるの?」と小馬鹿にされたがまあアレだ。まかないにカルビとかあるんすよね、と質問してみろ。大体そうなる。


 幸いオレは大卒だったこともあってすぐここに採用された。ただ、フルタイムで働いている人と違ってやっぱりパートは時間数が少ない。それでも劇団で練習する時間は省けないから、稽古が終わってから夜の何時間かだけ働きにきている。


「っらしゃ……」


 レジにきたおっさんが持っていたものを見てオレは瞠目した。


(ここここ、これを使うのか!)


 ということもドラッグストアのレジではまあある。敢えていわんが勝手に想像してくれ。


 飯食ってる時もクソしてる最中もレジ売ってる時でさえ演劇のことは頭から離れない。頭中を巡るのは先輩の演技や飛ばされた監督の指示、先輩へ向けての先生のアドバイス。アレもよかった、コレも為になったなんて感激しながら。


 焦点が広角過ぎないかという意見はあるだろうが、案外モブ以外のものも見えている。一部ではなく全体を把握すること。学生時代なんかは自分だけで良かったんだけれどプロは違う。みんながみんな最高レベルで動いている。だからこそその最高のバランスを崩さないためにオレには何ができるのか、モブとして何ができるのか。その思考が必要だった。


「立長さん、蛍流して」

「あっ、はい。もうそんな時間か」


 しゃがんで足元の有線のダイヤルを回すと店内が蛍の光に切り替わる。客が若干急いで買い物し始める。レジに駆け込んでくる客もいる。ただ、どんなに疲れていても笑顔でいらっしゃいませは忘れない。


 最後の客が帰り、入店口の自動ドアの電源を落とすと照明を半分消して社員はレジ締めへ、その他の店員は明日のセール準備へと移る。島陳やらエンドは朝の人がすでに準備してくれていて、いつも置いてる定番はすでに並んでいるから、それらにセールポップを貼って商品を一つかごに取ってくるだけ。

 コレ、なんのためか分からない人も多いだろうが、これはレジ登録の価格が間違ってないかを朝の人がチェックするためだ。アホらしいと思うだろう、レジが間違ってるはずないなんて。でも実際は間違って登録されていることもあって、そうゆう作業がどこの量販店でも営業時間外に行われている。


 全部のセール準備を終えると脱力した、ああ、疲れたわ。全身バキバキ。オレ全力で演劇してるもんな。働いてる余裕なんてねえんだよ。


「立長さん、これあげます」


 振り向くと女子大生の先輩がのど飴を一つくれた。美味しいやつだ。


「すんません、あざっす」


 手で謝意を伝えて口に放り込む。まじうめえ、お菓子とか自分では買えないんだわ。


 仕事を終えて警備をかけて、みんなで店を出ると二十四時前だった。もうじき日が変わる。ピンクのポロシャツに古着のダウンを羽織って身をかき寄せると息が白くくぐもった。


「お疲れさまでした」

「お疲れさまでーす」


 みんな口々に挨拶をして帰っていく。今日も風呂入りながら寝るんだろうな、と想像した。オレんちは風呂ないけど。厳しいっすね。


 聞こえてくるのは自動車の走行音、遠くで警察と暴走車が追いかけっこしている。星さえ見えない夜空を見つめながら考えていた。いつも考えるのは金のこと、演技のこと、初舞台のこと。このままでいいのかなんて。


「オレ。大丈夫かな」


 自然と言葉が漏れた。不安を忘れた日なんて一日もない。だいじょうぶよおって母ちゃんならいうんだろうな。父ちゃんはどうだろう、どう思ってるんかな。久々にあの渋い演劇論聞きたくなったわ。なんかヒントくれんかな。

 埋没していきそうな日々のなか、必死で夢追っかけてる。夢じゃ食っていけねえけどそれでも夢追っかけてる。電話代ケチってないでたまには電話しないとな。

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