劇団員編

第37話 劇団員立長吉幸

「えっと、焼きそばパンとのど飴とプリッツと……あと爆弾おにぎりか」


 ぶつぶつと呟きながら、商品をかき集めるとレジに持って行った。顔なじみのおばちゃん店員がバーコードをスキャンしながら朗らかな声で話し出した。


「今日は寒いわねえ。頭つるつるだから冷え冷えでしょう」


 ははと笑って釣銭を受け取るとあんがと、とコンビニを後にした。出たところで言葉を落とす。


「韻を踏んでるな。さすがおばちゃん、さぶっ」


 身をかき寄せると曇天で薄暗い町を小走りした。




「あ、立長くんありがとう!」


 リスみてえにちっちぇえ女優の先輩がにこにことした。ミントののど飴を渡すとそれを受け取って稽古場の奥の方に去っていく。プリッツを食べるのは別の女優の先輩でまだ稽古中だからここに置いとく。あとは。


「広場さん、爆弾おにぎり買ってきたっすよ」

「ありがとう、吉幸くん」


 看板俳優である桜田広場さんは渋い声を柔和にさせると手のひらでは包み切れない大きなおにぎりを受け取った。ストイックに食べない先輩もいるが舞台は体力がいる、だから食べるそうだ。

 オレは自分のために買ってきた焼きそばパンを頬張る。うん、腹減ってるよな。やっぱその意見には賛成だわ。


 現在7月公演のために練習している人たちはこの部屋に集まっていて日々練習を重ねている。ここにいるってことはそう、オレッちも勿論出ない。え、聞き間違いじゃねえかって。間違ってない、オレは出ない。じゃあ、オレは何しているのかというとひたすら技術を盗もうと先輩たちの稽古を盗み見している。


 四月入団の同期は全部で五人、そのなかで辞めた人はまださすがにいない。みんな人生がかかっているものだからとひたすらに技術を磨いているが割と自主練習している人が多いのか、先輩たちの稽古場に入り浸っているのはオレくらいのものだ。


 まあ、ちょっとぴりぴりとしてる時に邪魔だと叱られたこともあるが大抵の人はこの貪欲さを好意的に受け止めてくれている。だからちょっと使いぱしりみたいなこともやっている。


 そうそう劇団ではひっつめ先輩とも再会した。前髪を作ってひっつめじゃなくなってたが相変わらずの美人だった。

 交流もないわけではないのだがなにしろ彼女はオレ以上にどん欲だから忙しい。どんな速度で悪役令嬢を目指しているのだろうと思うと苦笑でしかないが初舞台もすでに踏んでいてオレの三歩先を行っている。すごい人は案外近くにいたものだと感心するしかなかった。


「吉幸くんは、どんな役がやりたいか決まったかい」

「それなんすよ」


 そういってオレを唯一吉幸くんと愛着を込めて呼んでくれる広場さんにフローリングの上でケツを回して向き合った。


「入団の時にオレはモブをイメージしてたんですね、だから先生にモブがやりたいっていったんです。でも実際にはモブにも種類があって生きてるモブもいれば死んでるモブもいる。生きてるモブと死んでるモブを一緒に扱うのはいささか暴力的かもしれないねっていい出して。オレもその通りだなって」

「まあ、でもそれはこれまでキミ以外にモブがこだわる人がいなかったからでしょう。入団してくるときからモブ目指している人なんていなかったから。先生もよくよく考えたらプロの死体役と脇役、混同して扱うのはおかしいなってなったんでしょう」

「そうなんすよね」


 オレはポリポリと頭を掻いて広場さんを見た。大腸を患ってまで舞台に立っている貫禄ある俳優がオレに真剣に向き合ってくれてると思うと嬉しくなる。どうでもいいなんて思ってないんだよな。舞台そのものが好きだから。


「でも実際は死体役やりながら生きてるのしてる人もいますし、先生が向き合っちゃったもんだから進まなくて」


 そう、オレの舞台デビューはもっと早いはずだった。5月にはモブで出る話もあったし、それに向けて一直線のはずだったのに先生が急にモブのプロを目指すのであればどんなモブかも決めておかねばその後の役者人生に響くよといい出したおかげでその先のプランが立たなくなった。まったく本当に響くんかな、よく分からんわ。あ、ちなみに先生ってのは演出家のことね。


「始めからやるよ、集まって。広場さんはマントスタンバイ」

「ハイ」


 中堅の実力はでさえ、快活に返事する。舞台とは真摯でなければいつでも去らねばならぬ、そういうところ。オレは壁際まで引いてみんなの稽古風景を見守った。爪を噛む、オレはそんななかで何がしたい。

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