第31話 デェト 前編

 四年生の卒業式が間近に控えたころ、オレはふんどし絞めてひっつめ先輩に告白した。勘違いすんなよ、比喩だからな。パンツくらい履いてるわ。


「すんません、ひっつめ先輩オレとデェトしてください」


 すっかり涼しくなった頭を振り下げて右手を差し出す。見事な直角九十度だった。気抜けするほどのあっさりとした返答が返ってくる。


「いいよ」


 まさかと目をひん剥いて顔を上げると目前のひっつめ先輩は無表情でこちらを見ていた。喜びもねえがめんどくささもねえ、そういう顔だった。


「いいんすか」

「いいよっていってるでしょ」


 うん、怒ってる? いや、怒ってねえか。


「デートってそんなもんすかね」

「一緒に出掛けるだけでしょ」

「ああ、まあいやそうっすけど」


 なんか違うなコレ。告白というかひっつめ先輩も卒業しちまうし、一回くらい出掛けるのはマナーだなくらいの感じだったけど。オレもオレならひっつめ先輩もひっつめ先輩というか。美人ってデートの誘いくらいじゃハジけねえ、こういう感じなのかな。


「いつにするの」

「今度の日曜っす」

「いいよ了解。駅で待ち合わせしましょ」

「うぃっす」


 ひっつめ先輩はそれだけ確認すると暇さえあれば読んでいる台本の音読に戻っていった。卒業したら大変だもんな、プロになるんだし。忙しくしている彼女を見ていると自然とオレの未来も想像できてしまった。


 しかし、プランどうしようか。元々思い出作りのつもりだったし、とにかくひっつめ先輩を退屈させないようなのにしなくちゃいけねえ。漢、立長吉幸全力でプランを考えまーす。腹がよじれるくらい笑わしちゃるわ! ……こういうとこは昔っから変わってねえんだよな。




 日曜日の午後オレはひっつめ先輩と駅で待ち合わせした。ここからもう勝負だった。オレは古着のGジャンを羽織りキャップで月代を隠し足を延ばしてカッコつけていた。そう、気付いた人もいるだろう。笑いも何もねえ、がむしゃらに考えた挙句オレは本気でひっつめ先輩を落とそうとしていた。おい、月代が馬鹿いってんじゃねぇっつったヤツ死刑な。


 そっと後ろから手が伸びてキャップを奪い去る。それに驚いて振り返るときれいなパンツスタイルのひっつめ先輩がいた。


「やっぱり立長くんだ。誰だか分かんなかったよ、ここは月代でしょう」

「男前っすか」

「ううん。普通」


 あ、……そうっすか。


「行きましょう」


 そういって自然と腕を組んでくる。うん、デートっぽいね。俗っぽくドキドキするわ。


「どこへ連れて行ってくれるの?」

「個人ギャラリーっすよ」

「ええ、つまんない。普通のデートじゃない」

「それが普通じゃないんすよ」


 そういってオレは彼女をリードした。


「あのね、今鎌倉の方のギャラリーでねアメリカの舞台芸術展がやってるんすよ。勉強になるっしょ。オレも前から行きたかったんすよ」

「へええ、なんか面白そう」


「舞台のセットとか特殊メイクとか。ちょっと知らねえ監督のホラー作品なんすけど、見たくないっすかリアルゾンビ」


「見たいかも」


 興味を示し始めたひっつめ先輩を引き連れていざ鎌倉、いざ鎌倉、いざキャバ……何でもありません。


 電車のなかでのひっつめ先輩は妙に大人しく物思いに耽って窓の外を眺めていた。楽しく話そうとオレの幼きころからの武勇伝なんかも用意してたんだがそれも徒労に終わりそうだ。


「何か妙にシュールっすね」

「シューール!? それ本気で言ってる?」

「いや、あ、言葉間違えたっす」


 卒業も控えると妙に感傷的になるのだろうか。秋風にさらされたような顔をしていた。


「オードリーみたいっすよ」


 そうするとひっつめ先輩がふふっと笑って前髪切ろうかと返してきた。


「いや、マジで。マジです」

「デート誘ったのはマジじゃないんでしょう」

「ついてきたのもマジじゃないんすよね」

「そだね」


 そういうと口元に笑みを作ってガラス窓に反射した景色を見ているようだった。


「立長くん面白いね、彼女になったら退屈しないかも」

「なりません?」

「なりません」


 きっぱりはっきりと。まあそうだよな、お互いの未来のために止めとこか。


「着いたよ」


 そう伝えるとひっつめ先輩は先に電車を降りてしまった。個人ギャラリーは駅から歩いて八分、そこでオレは人生を変える運命の出会いをすることになる。

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