第21話 ストライキ

 オレは人生で初めて台詞のある役をもらった。呪い殺される隣人の役、セリフは「姫神を喰ったやつは長生きすんだ」と「うわあああああ、すまなかった許してくれええええ」だ。どっちもひと言しかねえのか、つったなそこのお前。そうだ、ひと言だ。だがそのひと言がとっても難しい。


 どんなテンションでいうか岸本さんから再三に渡り演技指導があったし、部長とひっつめ先輩ともよく話し合った。意気込み全開、やる気マックス…………と、だがここで部内でとある事件が起きた。


「部長、そりゃあんまりじゃないっすか」

「どうしたんすか、先輩」


 声を荒げていた三年の先輩に問うと彼は憤慨した様子で腕を組んだ。


「聞いてくれよ、立長。お前らがちゃんと引き立てる演技しないと主演のオレの演技が台無しだなんていうんだ」

「なんだと」

「それは聞き捨てならないな」


 割って入ったのは岸本さんだった。


「部長、何度もいってますけどこの作品はモブがメインですよ。部長を主演にすえたのは部長ならば魅力あるモブにも埋もれない演技が出来ると思ったからです。出来ないなら台詞を変えさせてもらいます」

「なんだと」


 今度声を上げたのは部長だった。今回は珍しく主演ということで人一倍気合が入っていたのだろう。尖り切ったプライドをへし折られたようだった。


「主演あっての舞台じゃないのか」

「モブあっての舞台っすよ」

「モブがメインなんて聞いたことがない」

「聞いたことがないからやることに意味があるんだよ」

「オレの演技を汚すなよ、そんなんじゃ演技として成立してないだろう。あまりにお粗末だ」

「むぬぬぬぬ~」


 部長のあまりのいいぶりにみんな腹をすえかねて部長を囲った。当の部長はまったく折れない。あくまで主演というプライドがある。衆人環視の元で部長はこれでもかと声高らかにいった。


「これほど主演が軽んじられるなんて聞いたことがないな」

「部長の地味演があってこそじゃないっすかね」

「それは聞き捨てならないな」


 これ以上話しても堂々巡り。これほどに粋がられてはやってられない。


「……主演ってなんすかね」


 オレの問いかけにみんな黙り込む。答えは誰も持っていなかった。気まずい空気のままオレたちは解散となり話し合いの続きは後日ということになった。




 その後日、オレたちモブ部員は全員そろって風来坊に集って大皿に盛られた焼き鳥の串を堪能していた。その時部長が「なんで来ないんだ!」と声を荒げていたそうだがその話を聞いたのはまた後日のこと。


 串を山賊のように引き抜きながらオレたちは腹の底から笑っていた。


「ゲハハハハ、モブが来ねえと舞台として成立しねえよな」

「立長、お前天才だと思ったわ」

「ストライキすれば部長もちょっと反省すんだろう」


 煙る店内には大勢の客がいて、その一番奥の衝立の向こう側のテーブル席三つを部員で占領している。


「すんません、焼き鳥大皿お代わりで」

「レモンサワー四つください」


 普段役作りのために節制している部員も今日は気にせず食っている。姫がなんだよ、鶏がなんだよ。


「げっ、ぷはああああ」


 すんげえげっぷをかましてジョッキを置く。かなりの勢いで酔っていた。みんなで部長の日頃の行いをさんざん茶化したあと、演技の話となり熱く盛り上がった。主演とはなにかという議論では大いに意見を交わして結論が主演はモブの引き立て役ということで結論づいた。みんな適当過ぎじゃねえか?


「立長、オレたち四年はもう秋の公演で止めるからそのあとはお前たちが引き継ぐんだぞ」

「オレまだ一年っすよ」

「オレたち期待してんだ、お前の演技に」


 え、と開いたまま口が止まった。


「今後もプロになって演劇を続けられるのは大崎だけだと思う。でもお前たちの代ではもしかすると奇跡が起きるんじゃねえかって信じてんだ」

「奇跡っすか」

「今年はごたごたがあったからあんまりいい思い出ねえわ」


 たしかに部長とひっつめ先輩とぶつかり合うことが多くてギスギスしてた。あの人も鳴りを潜めているがプロ意識の高い人だ。だからプロにスカウトされたんだろうな。


「演劇とはなにか、たぶんほとんどの人にとっては娯楽だな。でもそこに真剣に取り組んでいるからこそエンターテイメントは成立する」

「就職しても続けるやつはそんなにいねえからな、オレたちもおさらばよ」

「悲しいっすね」

「そう哀しい、哀戦士だな」

「あっ、カラオケ行きてえ」


 みんなでケラケラ笑って会計をするとそのあとカラオケにいって全力歌唱。みんな普段発声練習で鍛えてるからすんげかったぞ。のどをつぶすまで歌い切った。

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