第20話 大学生活その2

「姫喰い……」


 口元をもごもごさせながらつぶやいた。口の中には豚トロフライが、右手のガラスコップには焼酎が入っている。


「ホラーっすよね」

「うん、ホラー」

「……難しくないっすか?」


 プロでこそ引き立つようなホラーの演出、下手したらただのコントだぞ。それを学生でやろうと思ったらかなりの鍛錬が必要になる。


「その感想が出てくるだけで大したものじゃないかな」

「そっすか」


 ちょっと褒められた気になって頬を染めてみる。どうせ酒と一緒になって分からないだろう。


「どんな内容なんすか」


 岸本さんの説明によると内容はこうだった。


【昔々、日本の奥地に神喰村という村があった。その村では一人の幼女を姫神として祀り上げ、その子が十八歳になると儀式を行う。村人みんなで姫神を喰らうのだ。姫神が殺されるとまた別の姫神が祀り上げられてまたそうして儀式は永代引き継がれてきた。ところがある時、一人の姫神の死をきっかけに事件が起こり始める。その姫神は靖代という母が命がけで産んだ子で、死別した靖代の無念がわが子を弑された呪いとなって村人を襲い始める……】


「くそ怖え」


 肝がさあっと冷えていく。ホラーはあんまり得意な方じゃないが身が疼いていた。最大の賛辞だといっておく。


「ね、わたしがもちろん主演するの」


 岸本さんの肩越しに後ろの座卓にいたひっつめ先輩がご機嫌に微笑んだ。


「もうキャスト決まってんすか」

「いや、決まってるのはお前だけ」


 焼酎をぶっと吹いて口元をぬぐった。


「ひどい岸本くん。立長くんだけ決まってるなんていじわるでしょう。わたしは? わたしは?」

「まあ、大崎が裏方だってことはないから。あとは部長と相談だよ」


 ひっつめ先輩は岸本さんの方にあごをのせて艶めかしくしている、出来てるってさいですか。へえへえ。


「どうして立長くんだけ決まってるの? 可笑しいでしょう。モブじゃない」


 おい、こら聞き捨てならねえな、モブを馬鹿にすんなよ。


「今度の公演大事なのは主演じゃない。モブなんだ」


 まるで腹の底を鷲掴みにされたような心地だった。大事なのはモブ、大事なのはモブ。


「あれ、じゃあ主演のわたしがモブってこと? 意味わかんない」

「わかんなくていいよ。オレのこだわりだから」


 そういって岸本さんはウーロン茶をお代わりした。もう酒を頼む気はないらしい。ふうんとつぶやくと視線を流した。座敷の奥には部長がいて、周囲を先輩たちが取り囲んでいる。このすごい人らも全員脇役扱いになるんか、ちょっと考えられねえ。


「モブが主演で、主演がモブ。まあどっちもいないと成立しないのは確かだけどそういう気持ちでやって欲しいな」

「奥深いっすね」


 脚本を見せてやると岸本さんがいうんので飲み会帰りに自宅に寄れよと誘われて、二人ふらふらしながら岸本さんの自宅へ向かった。


 カウチソファに座ってまだ書きかけの原稿をぺらぺらとめくりながら心は感銘していた。すごいぞ、すごいぞコレ。岸本さんはこの草案をもとに脚本を一から書き上げるという。


「もったいないっすね、くそ面白いっすよ。この小説」

「ボツくらったけどね」


 岸本さんは服をトレーナーに着替えながら吐き捨てた。え、冗談だろう。こんなに面白い作品なんだぞ。


「オレ切られそうなんだ。もう編集からの連絡も稀にしか来ない。新進気鋭の学生作家だなんて笑っちゃうだろ。だから書き上げて担当編集納得させようって意気込んでたんだけど、出したらプロット組まないうちに勝手に執筆するなだと。頭きてラスト破って一回ゴミ箱突っ込んだんだけど、お前の演技を思い出してやっぱり拾ったんだ」

「マジっすか、そんなこと……」


 ちょっと心臓が止まりそうだった。あの面白い脚本を書きあげる岸本さんが切られる? 何かの冗談だろう。


「そんなことある世界なんだ。オレの世界も、お前の生きていこうとしている世界も」


 岸本さんは射抜く目でオレを見つめていた。酔いなんて忘却の彼方だった。


「分かってたんすか」


 視線を彷徨わせて床を見つめる。オレの本気が伝わってしまった。たぶん始めからだだ漏れだったのだろう。


「人生で認められないことなんて山ほどあるんだぜ。でも少なくともオレはお前を認めた」


 そういってオレの手元にあった原稿を取り上げた。脚本書いてからまた後日渡すから、といわれてオレは半ば強制的に払われてしまった。


 夜道、星空を見つめながら考えていた。この無数の星のように世間には夢があって、その一つがオレの夢。強く輝く星があれば尽きてゆく星もある。オレはその一握りになれるだろうか。

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