第12話 歓迎会
大学近くの大衆居酒屋、風来坊。どうやら繕はこの店の常連らしく、みんな慣れたようにメニューを選んでいく。オレは先輩方にならってビールを注文した。大学一年の十九歳がビールって駄目だと思ったろう。忘れるな、オレは二浪してんだ。しーっ、しーっだ。
飲み物がくると部長が手を掲げた。
「六月にライフォールの鏡を控えて新入生も三人加わったから、みんなでフォローしつつ仲良くやっていこう」
仲良くねえ、ひっつめ先輩とか顔歪んでるじゃんか。
「よろしくお願いしまーす!」
「お願いしまーす」
グラスを打ち合わせてそれぞれに宴席を始めた。
今日初めて会ったばかりの先輩と隣席し、映画の話だとか語り合った。なんだろう、こういうの超楽しいわ。高校じゃ、武井部長も村崎もノウハウあっても熱くなかったからな。あの女優のつなぎのシーンよかったとか、あの映画のあのシーンこのシーン。そうだよ、腹から湧き出るこの感動とはこのことだ。
「すんません、ビールお代わりっす」
なぜ店員に敬語なのか。答えは簡単、酔っているからだ。オレは酒にめちゃ弱ええ。それなら飲むなという話だが酔って頭がくらくらしているくらいがとても楽しい。
「大丈夫か、立長。てんこすまで真っ赤だぞ」
ああ、そうだ。忘れそうになる、オレは月代だった。
「なんで月代なん?」
向かいの眼鏡かけた先輩が半笑いで問いかけた。
「オーディションで武士の演技したかったんすよ。どうしても受かりたかったんで」
オレの言葉にくつくつと周囲から笑いが漏れる。
「部長も大崎も、あ、大崎ってのはあのきつい女ね。二人ともほめてたんだよ。すげえ新人がいるって」
「へええ。頭が良かったすかね」
「演技だよ、演技」
そういわれてちょっと嬉しくなるがはしゃがず隠す。先輩が二本目の日本酒を手酌した。
「月代だと演劇で不利になるっすかね」
「いや、麦藁帽とかバンダナで隠せば大丈夫だろうってみんな話してたよ。そんなすげえ新人採用するしかねえだろって」
「えへへ面目ねえっす」
ちょっと日本語の流れが怪しいが酔ってるってことで許してくれ。酔ったついでにオレはサイレントのことについて語りたくなった。
「高校で黙劇やってたんすよ。文化祭のときなんかもう楽しくて。サイレント部っていうんですけど。文化祭のときにおかま走りして……」
しゅしゅっしゅっと走る仕草をすると笑いが起きる。みんな確かに酔ってるらしかった。
トイレに立って一度吐いて戻ると残っていた料理を見て気持ちがまどろんだ。座敷に後ろ手をついてへらへら笑う。特になにが面白いというわけではない。
「酔ったっしょ」
「酔ったっす。マジ気持ちいい」
みんなでだははと笑って小突き合う。ちょっと卑猥な感じだった。
「聞きたかったんすけど、ライフォールの鏡って学生作家さんが書き下ろしてるんすか」
急なまじめな話になるとみんな少し態度が改まった。
「あそこにいる岸本ってやつが書いてるんだよ。高校二年の時に新人賞とってデビューしたんだったかな」
先輩のしゃくった先に地味なグレーのパーカーを着た先輩がいる。眼鏡をかけて細面のカマキリみたいな顔だ。
「でも岸本も大変だよな。部長と大崎さんの間に板挟み。二人がもめるたびに脚本書き直してたんだから」
「演じるの大変じゃないっすか」
「そうそう。そもそも学生の演劇でコンテンポラリーっていいだしたの大崎だから」
へえ、ひっつめ先輩が。
「大崎さんはバレエやってたからいいんだけど、みんなダンスとか普通に経験ないでしょ。オレたちも演じかねてるの」
そうだろうな、それが真実か。待てよ、となるとオレも……
「オレもコンテンポラリーやるんすか!」
ちょっとでっかい声が出た。周囲がくるりと振り向く。座れ座れと先輩に合図された。
「まあ、落ち着け。いきなり役もらえるか分かんないっしょ」
「あ、そか」
ちょっと赤面する。勘違いも甚だしかったわ。
「大崎は昨年の末に劇団への入部が決まって関係者も身に来るからいいとこ見せたいでしょ。だから敢えて難しい演劇を要望して岸本に書かせたんだけど、部長がみんなが演じきれないからって反対してるの。で、そこの軋轢」
「へええ、てっきりオレは」
部長が悪いんかと思ってたがひっつめ先輩の方がアレだったんだな。というか。
「なんで岸本さんは部長の指示じゃなくてひっつめ先輩のいうこと聞いてんすか」
「ひっつめ先輩って」
どっと笑いが起きる。みんな彼女にはうんざりしているらしかった。隣の先輩がそっと耳打ちする。
「……できてんの」
ああ、ね。大学ってちょっとやっぱすげえわ。高校生じゃ学べなかったアバンチュールがある。なんとなく心に残ってた違和を包み隠して、そのあとは演劇の熱い話をし、先輩と盛り上がって。でもってそのあとどうやって帰ったかは一切覚えていなかった。
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