第11話 サークル内のもめごと
月曜の掲示板はどきどきしながら見に行った。見るのも怖くて目の前にチョキを作ってちょっと開く。再び閉じる、ちょっと開く。馬鹿か、オレはなにやってんだ。
名前はあった。合格したのはオレを含めて三人だった。狭き門、決意の月代がよかったんかな。受験の発表以上に緊張した。部室に来てほしいと書いてあったんでオレは早速向かった。
部室の前に到着すると声がする。怒鳴り合いの演技してんのかと思ったが本気でケンカしていた。
「公演までそんなに日がないの。脚本変えたいって何度目。岸本くんだって一生懸命に書いてくれたのよ」
岸本くんって誰っすか。叫んでいたのはひっつめ美人だった。彼女のことはひっつめ先輩と呼ぼう。ひっつめ先輩はものすごい剣幕で部長に詰め寄っている。
「キャストの持ち味が全然いかされてない」
「脚本に合うように演じるのが役者の仕事でしょう」
「ほらまた始まった。進路決まってるやつはいいよな。未来の大女優さんだ」
「演じきる実力がないから?ひがんでるだけよ。いいわ。岸本くんそのままで」
オレはふいにパイプ椅子の足を蹴ってしまった。カタンと鳴ってみんなの注目が集まる。
「……こんちは、立長吉幸っす。お世話になります」
頭をポリポリ書いて面目ねえと洒落た顔を作る。はあっと部長が目元を抑えた。
「いいよ。もういわないから。好きにやれ」
そう言葉を残すと部長は出て行ってしまった。ひっつめ先輩がパンパンと手を叩く。ピロティでやるよと声かけした彼女を残して部員はみんな出て行ってしまった。
あとに残ったのは新入部員が三人。ひっつめ先輩は先ほどとはまったく違う朗らかな顔で笑む。部屋の角に置いてあった机の上の冊子をとって三人に渡した。
「これ、ライフォールの鏡の脚本。三人に読んできてほしいの」
「オリジナルっすか」
「そう。学生作家の岸本くんが専属で公演のためにいつも書いてくれているの」
「さっき変えるとか変えないとか」
「うん。部内で二転三転しちゃったんだけどね、もう変わらないから」
オリジナルの脚本とは学生演劇の醍醐味だな、どんな話なんだろう。気になってちらちらとページをめくる。
「あの」
一人のやつが声を上げた。ひっつめ先輩が顔を向ける。
「稽古風景を見学させてもらえないでしょうか」
ああ、それはオレも思った。
ひっつめ先輩はちょっと困ったような仕草を見せる。
「いいけど引かないでね。新人にいきなり怒鳴ったりしないから」
ピロティにいくと怒鳴り声が響いていた。怒鳴っていたのは部長ただ一人。彼が総合演出なんだろうな。でもって主演でもあるらしい。再三に渡ってきつく演技指導をしている。これって部長のワンマン……
と、思いきやひっつめ先輩が演技に加わると空気が一変した。みんなの演じている熱量をすべてさらっていく。一発で分かった。彼女が上手すぎるんだ。
村娘を演じるひっつめ先輩の指先からは死に対する恐怖と無念がひしめいている。脚本を読んだ後で知るのだが、このライフォールの鏡というのは『死』をテーマにしたある種のコンテンポラリーを含んだミュージカルだ。だが、なんというのかな。コンテンポラリーってとっても難しいんだ。演じきれない人が続出している。
そんな中でひっつめ先輩の演技は群を抜く。演劇の脚本に反対する演じきれない部長と賛成し演じ切ることの出来るひっつめ先輩。なんだか部内の事情が手に取るように分かってしまった。たぶんみんな実力が追いつかないんだろうな。それくらいに攻めているともいえるが。
ひっつめ先輩が手をパンパンと打った。
「今の止め。全然リズム感がないわ。完全なコンテンポラリーじゃなくていいのよ。死に誘われる哀れな絶望を醸し出すための躍動なんだから」
ちょっといってることが分かんなかったが、まあダンス調で音楽に乗せて死に惑う様を表現しろということだろう。学生演劇にしちゃ、やってることがプロ並みだ。難しすぎる。
「部長がいるのにひっつめ先輩が仕切り出してちゃ、そりゃもめるわ」
あごに指をあててふむふむと唸る。大変なところに入ってしまったのかもしれない。
練習が終わるとみんなの前で紹介された。オレは例のごとく目深にかぶっていたキャップをとる。どっとどよめきが起こった。
「立長吉幸です。よろしくお願いします」
お辞儀したところでもう一度ハゲ頭を見せつけて……しつこいか。
「三人の歓迎会やるから風来坊に七時ね。鷲田演劇サークルで予約してるから」
あちこちでへえ、はいと返事が起こって解散していく。みんな練習に疲れ切っている様子だった。
「大崎」
部長に呼ばれてひっつめ先輩が振り返る。いよいよ、やべえことが起こるのかと勘繰ったが、二人は事務連絡をしているだけだった。
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