第3話 村崎の勧誘

 中学は中学で、弁当を机に隠して引き出しつつ食ったあほエピソードとかあるがすっ飛ばす。演劇の経歴には直接関係ねえからな。馬鹿な頭で必死こいて勉強して普通高校に入るとオレはモテた。すげえおもしれえからだ。いっちゃなんだが、会話で女を退屈させたことはねえ。男気はあるし、度胸もある。頭はあんまりよくねえが……その辺はまあいいだろう。


 演劇という将来の夢が芽生え始めたのもこの頃だった。


「サイレント部?」


 一年の二学期にオレを運命的に部活に誘ってくれたのは、そんなに仲良くもないが会話くらいならする無造作天然パーマの村崎というやつだった。


「なんじゃそりゃ」

「演劇だよ、台詞なしで演劇をするんだ」


 演劇部なら知っている。クラスの女子にもその部員がいて観にきてと誘われたこともある。けれど、演劇部じゃなくてサイレント部。ちょっとコンセプトがよく分からなかった。


「ぶっちゃけさ、部員が少なくて潰れそうなんだ。お前が入ったら盛り上がると思うし一緒にやらね?」


 村崎は乗り気でないオレにとりあえず見学しにいくという約束をさせて席に戻っていった。


 放課後オレはカバンを引っ提げて視聴覚室へと向かった。中からは大音量が聞こえている。サイレント部じゃねえのかよとツッコミながら扉を開けてそこでオレは瞠目した。


 ワックスで輝いた木目の壇上で三味線の音楽に合わせて村崎ともう一人のやつが殺陣をしていた。おもちゃの刀、いやあれは違う。少なくともオレの目には輝く一振りの日本刀に見えた。


 二人は今まさに荒野に立って命がけの勝負をしている。


 村崎が両手に握った刀で天を衝く、相手のやつは口元を全開にして叫びながら脇差を受け止める。かんっと小気味よく一つ鳴っただけだで切り合った迫力があった。すり足で背を合わせて流し目で色っぽくにらみ合うと何かを呟いた。



——おぬし、できる。その剣技どこで身に着けた。

——おぬしこそその太刀筋。ただの田舎侍とは思えぬ。

——次の一閃で勝負をつけようぞ。

——望むところ!



 体がざざっと素早く動いて再び向かい合う。互いの拍動が一気に高まった。体の中を緊張が駆け抜ける。瞬刻、村崎の体が刃に貫かれた。刀の切っ先は天に反り返り空を仰いだ。田舎侍は腹から血を流してくずおれる。膝をついて刀を力なく落とすと彼は座ったまま荒野に絶命した。


 オレはあまりの迫力にしばらく動けなかった。台詞が聞こえたって冗談だろ。サイレントだぞ。


「ああ、立長きてくれたんだ。ありがとう、嬉しいよ。どうだった」


 村崎がいつもの呑気な調子で笑った。音響のボタンを押して三味線と雪風吹の音を止める。急に景色が現実に引き戻された。忘れてはならない、ここはただの視聴覚室だ、二人は着物でなくただの学ラン姿だった。


「ああ、いや。なんていうか」


 言葉がないってこういうことをいうんだろうな。感動で胸がいっぱいだった。たぶんオレの本気のテレが伝わったのだろう。村崎のくせに蠱惑的な顔してやがった。


「どう、入りたいって思った?」


 女が相手なら可愛いんだろうなこの台詞、でも相手はただの天然パーマだ。


「……思った」


 照れ隠しで顔をそむける。まるで告白だった。村崎と相手役の男は照れながらすごくうれしそうにしていた。こうしてオレはサイレント部に入部することになった。




 相手役の男は部長だった。村崎は副部長。ほかはいねえ。なるほど潰れかけとは合点がいく。壇上に三人三角に向き合って座り、初めてそこで部長と会話した。


「オレは三年の武井、部長をやってる」


 なんていうのかな。今でいう塩顔だ。ごくたんぱくな顔してやがった。間違いなく町ですれ違っても気づかねえ。そいつは村崎が入部するまで二年間、一人でサイレント劇をやり続けた猛者だった。


「サイレントって初めて見たんすけど。すごいっすね。台詞聞こえたんすよ」

「黙劇って聞いたことあるか」

「黙劇」

「台詞なしの演劇のことそういうんだよ」


 村崎が補足説明した。黙劇なんて聞いたことがなかった。それをサイレントといい換えてやがるのか。洒落てるじゃねえか。


「時代劇ばっかりなのか」

「いや、いろいろやってるよ。コメディとか。でも次の公演は時代劇に決めてるんだ。だから今日はその通し練習だよ」

「あっ、コメディね。そういうのもしかしてチャップリンとか」

「そうそうそう、キミ至高のエンターテイナーをよく知ってるな!」


 武井部長がひときわ高いテンションで至極嬉しそうにした。いや、チャップリン知らんとか逆にねえから。


「いやしかし、キミも舞台に立つとなると脚本を少し書き換えないとな」


 チャップリンが刺さったのだろう、武井部長は嬉しそうにあごに手を当てて唸り始めた。


「公演っていつやるんだ」

「来週の土曜日だよ。体育館でするから」


 ほえええ、と声を出してしまった。


「来週とかすぐじゃねえか。体育館とかずいぶんでかいとこでやるんだな。予約してんのか」

「いや、いつもゲリラライブだから。許可取りなんてしてないよ」


 オレは村崎のいったゲリラという言葉に心が疼いた。変な話だが禁止されていることほどそそられる状況はねえ。昔っからそうだ、変態かオレは。


 黙って考え込んでいた部長がぽんとこぶしを打つと声高らかに宣言した。


「今閃いたぞ。立長、キミには死体役をやってもらう」

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