第6話「ずっと心臓が痛かった(6)【ソラ視点】」

「ウミくん」

「どうした?」

「……指、絡めてみたい」


 ウミくんは何も言わず、私が望む通りに手を繋ぎながら指を絡めてくれた。


「ウミくんの体温、こっちの方が感じられる気がする」

「俺も、ソラが近い感じがする」


 もっと、もっと早く、自分の中にあった感情に気づきたかった。

 それこそ、猫だった頃から気づきたかった。

 私は犬にいじめられていたんじゃなくて、ウミくんに愛されていたんだって気づきたかった。


「ウミくん、あのね」


 食欲を失って衰弱死してしまったのは、ウミくんがいなくなったからだよって。

 大切なひとがいなくなって、私は寂しかったんだよって。

 過去の私に会うことができたら、真っ先に私はそう伝えたい。

 

「大好き」


 伝えていない感情が、たくさんある。

 伝えきれていない気持ちが、たくさんある。

 だから、もう少しだけ時間をください。


「俺の方が、重苦しいほどソラのことが好きだから」

「私も好きだよ!」

「つい最近まで、好きって感情自覚してなかったのに?」


 言葉に詰まる。

 猫の頃にも、好きという感情はあったはずなのに。

 好きを嫌いと勘違いしていた自分が恥ずかしい。


「自覚したよ! ウミくんのことが好きだって気づいた……」


 唇に、柔らかな熱が降りてくる。


「……ふっ、瞬き多すぎ」


 一瞬。

 ほんの一瞬だけ、私の視界はウミくんで埋め尽くされた。


「ウミくん……」

「ごめん、無理矢理口づけて……」

「嬉しい……」


 なんで……?

 なんでウミくんといると、幸せなのに泣きたくなるの……?


「もっと、もっと、ウミくんと幸せを共有したい」


 人間さんは、こんなにも複雑な感情を持って生きていたんですね。


「私、もっとウミくんと一緒に……」


 でも、この複雑な感情すべて、愛しくて仕方がない。


「俺も、ソラと一緒にいたい」


 夕陽が鮮やかに差し込んでくる廊下で、ウミくんに初めて抱き締められた。

 人は抱き締め合うと、相手の熱を強く感じられるのだと初めて知る。


「ソラに触れたい」


 今日初めて聞いた、人として生きるソラくんの声。


「ソラに触りたい」


 初めて聞いたはずなのに、初めてのように思えない愛しさが込み上げてくるのは、私たちが前世で一緒に日々を歩んだからかもしれない。


「ソラのことを、深く愛したい」


 どうか、来世もソラくんと一緒にいさせてください。


「私もソラくんを愛したい」


 神様に届くかも分からない願いごとが生まれた瞬間、廊下を行き交う生徒たちから温かい拍手が送られた。


「あ……」

「ここ……廊下だったね……」


 2人で笑みを浮かべた瞬間が重なって、私の心臓は再び音を高鳴らせる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る