『俺』視点の物語
第1話「心臓が揺れる(1)【ウミ視点】」
「ソラー、ウミー、ご飯だよ」
犬と猫は、恋仲になることができない。
恋心を抱くことはできるけれど、ご主人様たちのように愛を深めることはできない。
「あ、ソラっ!」
逃げるソラを追いかけて、ちゃんとご飯を食べるように声をかけにいく。
でも、鳴き声は、言葉ではない。
ご飯を食べようと声をかけたつもりでも、ソラにとっては犬の怒声にしか思えなかったらしい。
「ほら、ソラ、一緒に食べよう」
「にゃぁ……」
可愛いと思って、猫のソラに触れていた。
でも、それはソラにとって暴力と大差ないものだと知った。
「ウミがいてくれると、ソラもちゃんと食べてくれるんだよ」
「わんっ!」
「ありがとう、ウミ」
ご主人の言葉を信じて疑わなかった。
自分は犬だけど、猫のソラのことが好き。
自分は犬だけど、ソラのためになることができているって。
そんな自惚れが、ソラのことを傷つけていた。
人の身体を得て、人の言葉を話せるようになって、ソラと意思疎通ができるようになって、ソラの気持ちを初めて知った。
「1泊2日の合宿、お疲れ様」
今度は、今度こそは、今だけは。
ソラの幸せになることをしたい。
「この、人間の仮体験期間で得た知識とか経験とか」
ソラを幸せにしたいって思うのに、身体はソラを求めてしまうとか。
人間に備わっているはずの理性が自分には足りていないことに愕然としてしまう。
「そういったものは、次に生まれ変わるときにほんの少し。ほんの少しだけ役に立つから」
仮体験期間で得た知識とか経験。
ソラを傷つけた記憶だけは、ずっと持っていたい。
「だから、生まれ変わったあとも自信を持って」
ソラを幸せにするのは、自分じゃなくなるかもしれない。
多分、生まれ変わったあとに、ソラを幸せにするのは自分じゃない。
「動物に生まれ変わるひとも、人間に生まれ変わるひとも、頑張って」
次の人生で、ソラを幸せにするのが自分だなんて。
世界が、そんな都合よくできているわけがない。
「動物だったときに、誰かを幸せにすることができた君たちなら絶対に大丈夫」
でも。
いや、だからこそ、かな。
次に生まれ変わったとき、ソラと再会することができたら、ソラがちゃんと笑っているかどうかを確かめにいきたい。
「ウミー、いる?」
学校の校舎を使っての泊まり込みの合宿が終わったと同時くらいに、担任が研修室に顔を覗かせた。
「先生?」
「ソラがまだ学校に来てないみたいだけど、何か聞いてる?」
教室に戻って、早くソラの顔が見たい。
そう思っていたけれど、担任はソラの不在を知らせてくる。
「別に学校に来なくても支障はないんだけど、何かあったなら様子を見に……」
「早退します!」
ここは、人間が生きる世界じゃない。
だから、ソラに万が一のことが起きるわけないと分かっている。
それでも一刻も早く、ソラの安否を確認したい。
亡くなる直前も、今のソラと別れたときも、最後に見たソラの顔は笑っていなかったなんて後悔してもしきれない。
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