第4話「ずっと心臓が痛かった(4)【ソラ視点】」

「……ずっと心配してた」

「心配?」

「俺が亡くなったあと、ちゃんと食べれているかなって」

「ご主人様たちなら、少しずつ食べる量が増えた……」


 頭を撫でられる。


「ご主人たちのことも心配だったけど、俺が特に心配していたのはソラのこと」


 人の、手の温もりを思い出す。

 私が猫だったとき、ご主人様たちが私を撫でてくれたときの温もりを思い出す。


「ちゃんと食べてほしかったのに、食事中にいなくなることが多かったから……」


 そして、人として生きるウミくんの体温を感じる。

 ウミくんの手が、こんなにも温かいものだってことを初めて知る。


「あれは……」

「ん?」


 ウミくんが、私の頭を撫でてくれる。

 私の頭を撫でてくれているのがウミくんだと実感すると、なんとなく自分の体温が上がったような気がした。その、上がった熱に自分が侵されていくのが分かる。


「あれは、ウミくんがいじめるから……」

「…………ん? いじめ?」

「私のこと、殴ったでしょ?」

「……一切、記憶にないんだけど」


 大きな犬の体で、猫の私を叩いてきたこと。

 大きな犬の体で、猫の私を押し倒してきたこと。

 全部、全部が嫌だったってことを私は人間の言葉を自分の声を使って伝えた。


「あー……」

「ほら、思い出したでしょ?」


 ウミくんは右手で自分の顔を覆ってしまって、私はウミくんの表情が確認できなくなってしまった。


「あれは……」

「あれは?」


 やっと見えてきたウミくんの瞳だけど、ウミくんは瞳をさ迷わせて私の方を見てくれない。

 さっきまで私を見守ってくれていたウミくんが、いなくなってしまった。

 渦巻く寂しさをなんとかしようとした私は手を伸ばして、人として生きるウミくんに触れてみようと思った。けれど、私がウミくんに触れるよりも早く……。


「ソラを抱き締めたかったんだよ……」


 ウミくんが、言葉をくれた。


「……抱き締める?」

「ソラのことを、抱き締めたかった」


 でも、その言葉は私の心臓に止めを刺すには十分の攻撃力を秘めていた。


「殴ったんじゃなくて、撫でたかったんだよ……」


 零れていくウミくんの言葉。


「ご主人たちがやってた愛情表現……俺もソラに対してやりたいと思って……」


 その言葉の数々を拾わなきゃいけないって思うのに、心臓のあたりがずきずきする。


「ソラに触れたかった! ソラが好きだから! 犬が猫に恋をして何が悪い……」

「ウミくん……」

「ソラ?」


 ごめんね、ウミくん。

 人間の私は病弱って設定を授かったのかもしれない。


「痛い……」

「え? ソラ!?」

「心臓の近くが、痛い……」


 心臓の近くが痛いって言っているのに、ソラくんは嬉しそうに笑うだけ。

 でも、ソラくんが笑ってくれると、自分の涙腺がざわついてくる。

 泣きたいって気持ちに駆られているのに、そこに幸せを感じるのはどうしてですか。


「ソラ」

「ウミくん、助け……」

「好きだよ、ソラ」


 幸せなのに、心臓が痛い。

 そう、ウミくんに訴えた。

 そうしたら……。


「幸せだから、心臓が痛いんだよ」


 って、返された。

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