第2話「ずっと心臓が痛かった(2)【ソラ視点】」

「ウミくん……」

「ん?」


 不思議な夢を見た。


「もうご主人様たちは……大丈夫……だよ……」

「……ありがとう、ソラ」

 

 ウミくんと人間の言葉でお話しするっていう、不思議な夢を。


「…………」


 髪を撫でられる。

 優しい手つきに、心地よい温もり。

 こんなことをされたら、私の涙腺が緩んでしまって大変なことに……。


「っ」


 猫は悲しくて泣くんじゃない。

 猫は、嬉しくて泣くんじゃない。

 猫が泣くときは、なんらかしらの病気を患っているとき。


「ここはどこ!?」


 自分は病気で亡くなったのではなく、食べられなくなったことが原因の衰弱死だったことを思い出す。


「ここは亡くなった動物たちが集まる学校」


 私の問いかけに応えてくれているに目を向ける。


「しばらく人間としての生活を学んだあと」


 彼の綺麗な茶色の髪色には見覚えがある。


「人間に生まれ変わるか、また動物の人生を送るか決めるっていう設定の学校で……」


 寝心地の良かったベッドから体を起こし、自分の身に何が起きているのかを確かめる。


「って、そんなにすぐ体を起こすと……」


 生前ご主人様と一緒に、綺麗な女の人が綺麗な洋服を着ている雑誌を眺めたことがある。

 その雑誌に載っていた女の人たちのような、猫の私でも憧れてしまうくらいの艶やかな髪が視界に映る。


「まだ人間の体に馴染んでないだろうから、初日は無理するなって」


 名前も知らない彼は、私に再び横になるよう促してくる。

 横になる際、ベッドに手をつくと自分にはご主人様たちと同じ指が備わっていることに気づいた。


「あの……」


 彼は体を休めるように言ってくれるけど、私はそれを拒んだ。


「ソラ……?」


 言葉にしたいことがあるのに、それは声になってくれない。


「やっぱ、まだ体調が悪い……」


 でも、言いたい。

 でも、自分の声で、彼の名前を呼んでみたい。


「ウミ、くん……?」

 

 人の身体を得ると、自分の声はこんな感じなんだと初めて知る。

 すべてが初めて。

 すべてが初めての体験のはずなのに、私の傍にいる彼は初めて会う人ではないって思考が訴えかけてくる。


「ウミくん……ですか……?」


 そんな風に私が問いかけると、初めましてのようで初めましてではない彼は、とても爽やかで眩しいくらいの笑顔を私に向けてくれた。


「痛い……」

「は? ソラ!?」

「心臓の近くが、痛い……」


 心臓のあたりが痛くて困っているのに、私が零した言葉を受けた人間バージョンのウミくんは柔らかい笑みを浮かべて私の心臓を再び攻撃した。

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