第4話
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さてドストエフスキーの「地下室の手記」の話だっけ。あれと同じくらい私の手記も支離滅裂である。生命の話をしようか。生命とは奇妙である。宇宙は偶然に生命を生んだのではなく必然的に生命を生んだのだ。宇宙にもしも目的があるとしたら生命を生むことだ。これは揺るがすことのできない事実である。生命を生むために宇宙という揺り籠があったと言ってもいい。その生命の目的とは何か。生命には目的はない。ただ在ればいいのだ。そうすれば自動的に人間は科学技術を使い、自らとその世界を改造していく。ただ言っておきたいことは100万年経っても、生命は創造物以上にはなれないということだ。その頃の科学技術は想像できないが基本的に主体がいて客体がいる、つまり自分がいて他者がいるという関係は変わらないだろう。ただその関係は想像できないくらい密になっているだろう。ほぼ考えられる以上の発達を見せた科学は肉体を捨てて一個のコンピューターになっているかもしれない。だが何億もの自我が死滅を恐れて組み込まれているかもしれない。だが彼らは何をしているのだろう。何もしない私のような存在はいないらしい。考えられることといえば銀河帝国を作っているということだろう。急にSF的になったが気にしないでほしい。だがその先は何があるんだろう。つまり存在とは存在し続けるのかということである。もはや戦いはないだろうから存在するかしないか、つまり生きるか死ぬかということである。鬱病患者の自殺率は高いが自らの電源を切るか、すなわち消滅する、自殺するかという問題である。100万年先はあまりに先すぎるので100年後にしよう。急激に桁が変わったが気にしないでほしい。100年後自殺は絶対にあるだろう。生物は狂ってくると自殺したがるのである。自分を消すという快楽は途絶えることがないだろう。
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