3
忙しなく調理をこなす
「んで、いつ、そのクノッヘンって野郎をぶっ飛ばすんすか?」
そんな物騒な
「もう少し声を落としなさいって……」
エリーゼが呆れて注意を促す。アズランドは口の端に笑みを溜め、
「堂々としていたほうが、案外バレないさ。聞こえても、ロウェルが言うなら、
茶化し終えると、真面目に告げていった。
「十日後の建国記念式典……。実行するならそこだ。式場はいつも四階の
王宮の見取り図を卓上に広げ、アズランドは二箇所を指で叩く。その様子にエリーゼは、呆れと
「どうして王宮の見取り図をあなたが持っているのかしら」
「なにかと嗅ぎまわっていると、王宮務めの知人からもひどく警戒されてしまってね。内部情報を得る奥の手として、とある筋から買い取っていたものさ」
軽々と笑んで、アズランドがエリーゼへ言って返す。
エリーゼは違和感を覚えた。
その正体が拍子抜けだと、察するまで時間を要した。
いつもなら、この優男は、もっと皮肉めいた
はたと気づいた。あの脆そうな笑顔を、張り付かせていないからかと。駄目押しにエリーゼは、突っついてみる。
「
「そんな度胸や器量が、俺にあると思うかい?」
アズランドは隣に座るリザにちらりと目を向け、苦笑した。
「よくわからない」
リザがきょとんと首を傾げた。二人の会話をよく理解していない顔だった。それでも頑張って考えたようで、口元を綻ばせて言った。
「でも、アズならできるかも」
「……キミもなかなかどうして、手強いな」
思いがけない難敵に、アズランドは困り顔になる。コホン、と咳払いをして見取り図へ再度、視線を落とす。
「そして、
地下にある
「なんすか? これ?」
ロウェルが見取り図を難解そうに覗き込む。初めて料理の手引き本に目を通したみたいに。
「元々は非常用の逃走経路、だったんだろう。クノッヘンが牛耳ってからは、無用の長物として忘れ去られたか。んで、ここからフザン森林のなかにつづいているという寸法だ」
「ちゃんと繋がっているの?」
「確認はしたさ。森には王家にまつわる石碑が鎮座していてね。裏手を調べてみると、たしかに地下道が見えた」
ただ、とアズランドは顔を上げ、
「この部屋がなんのために使われているのかが、
リザのほうにアズランドは目を向けた。リザは思案に
「……たしかここは、資料室って場所。あの人がときどき出入りしてたよ。アタシは入ったことないから、なかがどうなってるのかまでは、わかんない」
金貨だと思って拾い上げたら、銅貨だった。アズランドが、そんな中途半端な笑みを浮かべる。
「可もなく不可もなし、かな。人の出入りはそれなりにありそうだ。乗り込んだ先で、出くわさないことを祈ろう」
いずれにしても、と笑みを消し、
「問題はアイツがそこに列席するか否か、だ。お姫様がこの建国記念式典に出たことはないかい?」
表情を引き締めて、アズランドはエリーゼに尋ねた。
エリーゼは当時の式場の絵図を記憶から引っ張り出す。よけいな記憶まで紐づいてしまい、曇りがちな表情でこう告げた。
「少なくとも、五年前のときはいなかったと思うわ」
「なあ、どうかしたか?」
ロウェルが、悪い物でも食ったか? というふうに、エリーゼの顔を覗き込む。紐づいた記憶の一部で妙にかっとなってしまい、
「いいえ、べつに」
と、目を合わせないでおいた。
「ひょっとして、あんときのことを思い出したのか?」
不意打ちに等しかった。エリーゼは
「はあっ⁉ な、なんでよ。って、アンタ、覚えてたのっ?」
「そりゃだって、おまえ……泣いてたじゃん。顔真っ赤にして」
確固とした調子で、ロウェルは言う。まざまざと思い出しているようだ。
「な、泣いてないわよ! 真っ赤でもない! ……たぶん!」
「たぶんっておまえ……」
ピンときた様子で、アズランドが微笑ましげにつぶやく。
「そういえば、五年前の同じ日だったか。大規模な暴動があったのは。……なるほどね。お姫様のハートを射止めるわけだ」
「二人って恋人だったの?」
リザはびっくり仰天して目を瞬かせている。面白がり、ここぞとばかりにアズランドは装飾していった。
「いやいや、もっと尊いご関係じゃないかな。お互いのことが、言葉を交わさなくともわかってしまうのさ」
「マジにぶち込みますよっ」
「本気で引っぱたくわよっ」
ロウェルとエリーゼが
「あながち、間違ってもないと思うんだけど……いや、ごめん。少なくとも、ロウェルのは
顔面蒼白でへらへら笑い、アズランドは両手をゆっくり上げていた。
十数えるくらいして、ようやく二人とも退いた。
ロウェルがむすっと、右へ顔を逸らして。
エリーゼがぷいっと、左へ顔を逸らして。
アズランドはほっと胸を撫でおろした。そして、肝心なところへ話を戻した。
「とにかく。クノッヘンが地下に引きこもっているとなると……なかなかに厳しいな」
悩ましげにアズランドが腕を組み直し、見取り図を見つめている。
「なんでっすか?」
その見取り図とアズランドを、ロウェルは視線を行ったり来たりさせた。
「前にも言ったが、アイツは錬金術師であり宮廷魔導士でもあるんだ。この国の魔導師団のトップということさ。それに、魔導士協会から、最高位の称号であるグランドマスターの称号を授与されてもいる。……それは、七神の魔術すべてを扱えることを証明するものでね」
「んと、つまり?」
「勝算は薄いな」
「魔術とか使われる前にぶん殴れば、どうにかなったりしないっすか?」
アズランドは眉間に中指を押し当て、しばし唸る。そして、指を離すと難色を示した。
「たしかに、魔術の発動には時間を要するものだけどね。地下はアイツの
「お姉ちゃん……」
見る間に不安を顔に表すリザを見て、アズランドが気まずそうに微笑した。
「そうなったとしても、なんとかしてみせるよ。多少の無茶は覚悟の上だし」
「無茶はしちゃダメ。アズ、死んじゃうでしょ」
うー、と威嚇する子猫みたいな唸り声をリザは発しつづけている。アズランドはリザの頭に手を乗せて、
「なんだかんだで、こうして生きてるだろう? まあ、キミたちのおかげなんだけども。大丈夫、死にはしないさ。死ぬとしたら、ロウェルに本気で殴られたときだろう」
本当は物分かりの良い子猫のはずだろう? と含む感じに、優しく言って聞かせた。
そのとき、ばん! とエリーゼが卓を叩いた。後方で控えていたフラワーゴーレムが、異常事態と誤認して近寄ってくるほど響き渡っていた。
「その日にクノッヘンさえいなければ、上手くいくのでしょう?」
三人が目を丸くするのを見回して、エリーゼは尋ねた。
「ああ、それならばまだ、算段はある。けど……」
「どうする気なんだよ、おまえ」
アズランドの代わりにロウェルが問う。リザはその剣幕に唖然となっていた。
「やってあげるわよ。この私が」
不敵な表情で、エリーゼは宣言した。
「わぁ……!」
リザが綺麗に磨いた
エリーゼの屋敷には、街にある図書館と比べても
書庫の扉を閉め、たくさんの本ではなく、エリーゼはリザの後ろ姿を眺め回した。
今のリザの服装は、数日前にエリーゼが買い揃えたものの一組だ。
セーターの上に、胸元のリボンがアクセントのダウンジャケットを着こんでいる。総体的にこぢんまりとした装いであり、パンツルックなのも相まって、活発的な女の子といった
この数日、愉しくなってあれやこれやと着せ替えたりしたものだ。アズランドの
けれども、頑なに髪飾りだけは、外したがらない。
それだけで、察しはついた。よほどお気に入りらしく、本当に、あの優男のことが好きらしい。
見守っていると、リザが
彼女が下りて来る前にエリーゼは本を拾い上げ、ぱたぱたと軽くはたく。
「そんなに本が好きだなんて、思わなかったわ」
「あの人、読み書きは教えてくれたの。街は出歩かせてもらえなかったけど。部屋に置いてある本は、どれでも読んでもいいって」
少しは
判然としないことはともかく、エリーゼは本を差し出した。
「ありがとう。アタシこの本、大好きなんだ」
本を抱きしめて、リザは愛着が窺えるような微笑みをこぼす。
ふうん、とエリーゼは視線を表紙へ落とした。十年くらい前に
「それ、けっこう悲惨なお話よね」
一通り読んだ記憶はあるものの、夢中になれず、悲惨の二文字でしか表現が浮かばない。
「お話は悲しいけど、好きなの。応援したくなる人がいるから」
「たしか、敵国の間柄である王子と王女が、恋に落ちて、運命に抗うとか……そういう流れだったわよね。最期は愛を誓いながら
「うん。すっごく、悲しかった」
「応援したいってのは、その王子様ってわけね」
「えっ?」
「あら、違った?」
「違うよ。アタシが応援したいのは、騎士様なんだ」
そういえば、その物語には、王女に忠誠を誓う騎士がいた。
王子と王女の関係を知りながら助力する騎士で、板挟みに遭ったり、挙句に騎士団から除名されたりと、これはこれで散々な役回りの人物である。
リザが抱く本の表紙絵に、王女の背後に控える騎士の姿が描かれてあり、エリーゼはちらと目を向けた。
勇ましいというよりは、
ナーバスなくせに、平気な顔して、傷心してるようなやつ。
ああ、あの
「憧れの騎士様と重ねちゃったわけだ」
敢えて、リザの耳元で囁くように言ってみた。
たちまち、火にくべた薪の如くリザの顔が真っ赤になる。
ほんと、わかりやすい子。我慢できず、緩んでいた口からぷっと吹き出してしまうエリーゼ。
「なっ、なに言ってるの。違うよ、アズはそんなんじゃ――」
リザは泣きそうな声音で、勢いよく頭を振っている。
エリーゼは、ちょっとだけ、意地悪いことを吹き込んでみたくなった。
「アイツを狙ってる女の子、それなりにいるみたいだから、出遅れないことね」
この世の終焉が明日であると神様に予言されたみたく、リザは愕然となる。ややあって、ぼそりと言った。
「……どうすればいいの?」
無表情なのに、声音が殺伐としているぶん、なんだか凄みがある。ともすれば、そんな予言を下した神様に前言撤回させに行くくらい、まったく
「が、頑張って。たぶん、ほかの子よりは……先制点あるわよ?」
さすがのエリーゼも、たじろぎながら言葉を選んでいた。
「本当?」
「私の見立てでは、ね」
「そっか。うん。頑張ってみる……」
リザは迷いつつも、安堵を覚えたようだった。
エリーゼはエリーゼで、その何倍もほっとしていたが。
そして、リザが愛読書を開き、パラパラとページを捲った際に見えた表紙絵の騎士に、
「頑張りなさいよ、騎士様」
アズランドの影を重ねて、リザには聞こえないように
それは私も同じ、か。
国王の嫡男であるケートネスとの面会の予定が、明日に控えていた。
鉄筋の残骸に背を預けていたアズランドが、悪寒のようなものを感じ、ぶるっと震えた。
ちょうど、珈琲を一口ほど飲み込んだところで、危うくすべて床にぶちまけるところだった。
ロウェルのねぐらである小屋に、アズランドはいた。
借りていたアパートメントは、半壊したままで、修繕作業も時間を要するらしい。ロウェルの好意に甘えて、厄介になってから、五日ほど過ぎた夜半前である。
「どうかしたんすか?」
きょろきょろとあたりを警戒するアズランドに、ロウェルが不思議そうに首を傾げた。
「なんでもない。なんか、お姫様の小言のようなものを聞いた気がしてさ……」
気のせいにして、アズランドはロウェルに向き直る。ロウェルが、「ははっ」と笑った。
「
「……かもしれない」
アズランドは、ずずっと珈琲を
「そういえば――」
この前のロウェルたちの
「キミとお姫様の関係は、どこまで進んでいるんだい?」
ロウェルの表情が、硬くなった。謎々でも吹っ掛けられた感じに。
「どこまでもなにもないっすよ」
「なるほど。至って健全だ」
アズランドは苦々しく笑う。お姫様も手を焼くわけだ。
「日々の日課に追われ、
ロウェルがちょっと、小うるさそうな顔つきをした。
「アズさんのほうこそ、リザのこと、もっと気にかけてあげたらどうっすか」
アズランドは珈琲を飲み干し、渋い顔で漠然と思った。もっと砂糖を入れておくべきだったな、と。使い古されたカップのこびりついた汚れを目に留めながら、言った。
「恋は盲目って言うだろう。……とくに、初恋ってのはさ、輪を掛けて厄介なものさ」
「リザのがそれっていうんすか?」
「経験上、そう思うだけさ」
「アズさんの場合、どうだったんすか?」
「さあ、どうだったかな。今なら、
自嘲気味にアズランドはフッと笑った。脳裏に描きかけたものを綺麗に流し去ってから、カップをそばの小棚の上に置くと、
「それよりも、気がかりなのはお姫様だ」
両腕を組み、思案顔になる。いたずらっ子の顔から立ち戻り、ロウェルが首を捻る。
「なにがっすか?」
「お姫様はアイツを式典に参列させるために、話を通すと言っていただろう? 王様にだ」
「べつに可笑しくないんじゃ? だって、エリーゼって王様の親戚でしょ」
「それはそうだが……」
考えれば考えるほど、アズランドの表情が
あの裸の王様が、そう易々と嘆願に応じるとは、とても思えなかった。
そこは優雅をテーマに
広々とした部屋の隅に観葉植物が並んでいる。調度品の数々にしてみても、洗練されたものばかりで、派手さはないが小奇麗の一語に尽きる。
ところどころ、
「しかし、驚いたよ。この二年、ろくに会ってもくれなかったというのに」
卓を挟んでエリーゼと差し向っていた誠実そうな青年が、ゆったりとした口調で言うと、笑いかけてきた。
エリーゼは、青年を全体像として捉えていった。
金髪碧眼の端正な顔立ち。体つきはすらりとした印象。身なりは、伝統的な王家の正装だ。
〈アッシュガルズ〉の王子、ケートネス・ガーランド――をエリーゼはまざまざと見た感想は、二年で人はそう変わるものではないということだ。いや、あっちのほうの
その笑顔を、ケートネスは好意的に受け取ったらしい。
「けれど、こうして会いに来てくれたということは……ついに、決心してくれたと思っていいのだね?」
十年より前から、ケートネスとエリーゼには縁談の話が交わされていた。二人の間柄は、はとこに当たるのだ。年頃もケートネスが二十歳と近しい。
血統を重んじる王族たちの間でも、妥当という後押しの声は多く――殊更、エリーゼの
しばし、ときを刻んでから、エリーゼは唇を曲げた。
「そうね。私も来年には、十八歳。大人同士、頃合いでしょうね」
「じゃあ……!」ケートネスが身を乗り出して喜ぶ。
「けれど」
短く、エリーゼは強調した。より強弱を加えて、主張する。
「あなたはまだ、王子であって、王様ではない。その点は、どうなのかしらね」
ケートネスが引っ込み、神経質そうな苦笑を浮かべた。歯噛みして、声を荒げる。
「僕では、相応でないというつもりか……!」
「
なるだけ冷ややかに聞こえるように、エリーゼは意識した。
「父上はあと十年は……いや、きっと、死ぬまで王位にしがみついているよ。母上が亡くなってからというもの、すっかり女狂いになってしまって――正直、見るに堪えないよ」
いじけたような表情で、ケートネスはエリーゼを睨んだ。その目が悔しげに、どうしろと言うんだ? と問うてきたのを見計らい、
「あなたにその気があるのなら、良い話があるのだけど」
エリーゼは
「いったい、なにを言っているんだ?」
困惑で眉をひそめるケートネスの前に、エリーゼは封書を差し出す。ふと考え、念押しの勝ち気な笑みを湛えて、まくし立てる。
「王様になりたいのなら、これに目を通して。あなた一人で、ね。返事はいらないわ。私はこの通りに行動する。あとは、あなたが乗るかどうかのお話。……男を見せてちょうだい」
〈ウォルスタンド〉の街は、日に三度、鐘の音色が響き渡る。
八時に朝を告げ、十二時に昼を報せ、十七時に帰宅を促すために。それらは王宮に隣接した
その日の夕刻――鐘の音色を耳に聞き、ロウェルは顔を上げた。
それは、木登りに熱中するあまり、高く昇りすぎてしまい、泣き喚いていた子供を連れて飛び降りたところだった。
「今度は、昇りすぎんなよな」
「うん! あんがと、ロウェル兄ちゃん」
「おい、早くしろよっ。鐘が鳴る前に帰るはずだったのに……メシ抜きにされっぞ!」
「う、うん! じゃあね、ロウェル兄ちゃん!」
「おうっ! 慌てて転ぶなよー!」
大慌てで帰路につく兄弟を見送り、ロウェルもねぐらに戻るために、
その表情は、いつもより、うきうきしていた。
なんと、今日は一日百
こんな日は、不思議と良い出来事があったりする。
多くの場合、瓦礫のなかで、そこそこの値打ちものを拾えたりするくらいのものだが。
と、浮かれて近道に広場を横断していたロウェルは、ぽつねんと突っ立ているエリーゼを不意に見つけた。噴水の前で、フラワーゴーレムが水面を覗いている。
エリーゼのほうが、ロウェルの姿にとっくに気づいていた様子だった。歩み寄りながら、ロウェルが大きな声で呼んだ。
「どうしたんだよ、こんなとこで」
エリーゼは、ロウェルが目の前に来るまで口を閉ざしていた。手を伸ばせば届くような距離になってようやく、
「アンタの顔が、ちょっと見たくなっただけ」
ぽつりと言った。
「そっか。べつに、いつも会ってるだろ。久しぶりってわけでもないし」
「そうね。変、よね」
エリーゼが背中で腕を組み前かがみになる。しおらしげに微笑んだ。
その仕草が、ロウェルにはエリーゼらしくないと思えた。今のエリーゼは、気弱な少女のようで、まるで別人のようだった。
「明日、王様ンとこ、行くんだろ? 大丈夫か? なんか、調子悪そうだけど……」
気に病み、口を開いたロウェルが――意表を突かれた。それが、敵意や危害を及ぼす行為だったならば、避けることはできたかもしれない。
けれども、エリーゼが顔を寄せて唇を重ね合わせてきたのには、さしものロウェルでも、反応できなかった。
棒立ちになり、微動だにできない。呆然と通じ合う唇のぬくもりだけを、ただ感覚しつづけていた。寒々とした風が、長く吹き抜けてゆくまで。
焼けるような余韻を残し、エリーゼが一歩、後ろに下がった。
ロウェルが自分の口元に触れながら、落ち着きなさそうに言った。
「急に、どうしたんだよ……。びっくりすんだろ」
「今のは私の独りよがり。私のワガママ。……ごめんね」
エリーゼがとぼけるような笑みをみせる。かと思えば、くるりと背を向けた。
「なんでかしら。これだけは、譲りたくなかったのかな」
「なに言ってんだよ。俺にもわかるように、言ってくれよ」
ロウェルはつい、語気が荒くなってしまった。エリーゼにあるまじきことに、まるで要領を得ておらず、ロウェルには到底理解が及ばない。
「あなたは目の前だけを見ていて。目に映るすべての人を助けてあげていればいいわ。遠くは私が見ていてあげるから。あなたが迷わないように、してあげる」
肩を震わせて、エリーゼが声を弾ませる。笑っているようでも、泣いているようにも聞こえる声色だった。
言い終わるなり、エリーゼはさっと駆け出していった。
「お、おい……やっぱり、よくわかんねえって」
その背に声を掛けたが、エリーゼは振り返ることはなかった。後ろ姿が見る間に小さくなる。追いかける気にはなれず、一度だけフラワーゴーレムと視線を交わし、
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