第2話

1・一夜明けて

 その後、悪魔のようなナツさんは、俺のベッドで大の字になって爆睡し、翌朝眠そうな目をこすりながら6時台の電車で帰っていった。なんでも星井のおばさんから「登校前に一度帰ってくるように。帰らなかった場合、お小遣い3ヶ月支給なし」との脅迫メッセージが送られてきたらしい。

 うちの母さんは、ナツさんのことがすっかり気に入ったみたいで「朝ごはんも食べていけばよかったのに」と残念そうだった。


「ナツくん、また泊まりにくるわよね」

「……さあ」

「今度は早めに連絡しなさいね。唐揚げ、たくさん作っておくから」


 すでに張り切っている母さんに「そうだね」と返しておいたけど、本音はもう二度と家に招きたくない。というか、ふたりきりになりたくない。なにせ、あの人は隙あらば俺に迫ってくるのだ。こんな状況が続いたら、いつか流されるままにあやまちを起こすことになりかねない。


(地獄だ)


 そう、まさに地獄。

 大好きな人の「そっくりさん」からの誘惑。なのに、それを断らなければいけない苦行。

 でも、仕方がない。彼が本当に求めているのは俺ではなく、パラレルワールドにいる俺そっくりの「恋人」なのだ。

 ここで流されたら、100%後悔する。

 なにより、本物の夏樹さんに申し訳が立たない。


(だからダメだ、絶対に)


 強い決意を胸に、俺は自分のベッドに横たわる。

 それなのに、真っ先に俺の鼻孔をくすぐったのは、自分以外の「誰か」──つまりは、昨日ここで眠ったナツさんのにおいだ。


(いや、待てよ)


 よくよく考えてみたら、これこそ「夏樹さんのにおい」ではないのか?

 なにせ、ふたりが入れ替わったのは「魂」だけだ。となると、肉体は俺が好きになった「夏樹さん」のまま──そう、これは夏樹さんのにおいであるはずで……

 気がついたら、俺は深呼吸をしていた。「夏樹さんのにおい」が、鼻孔を通過して、すうっと肺に落ちていった。

 やばい、へんな気持ちになりそう。

 でも、ダメだ。やめられない。


(夏樹さん……夏樹さん夏樹さん夏樹さん、夏樹さん)


 何度も彼の名前を繰り返しながら、ギュッと枕を抱きしめた。今日は学校を休んで、一日中このにおいに包まれていたかった。

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