7・親友、登場

「いらっしゃいませ、お持ち帰りですか?」

「いや、人と待ち合わせで──」

「八尾―っ、こっちこっちー!」


 手を振る夏樹さんに気づいたのか、八尾さんは「おっ」と大股で歩いてきた。

 小柄な体格のわりに、ひとつひとつの動作が大きい。いや、小柄だからこそ、意識してそうしているのか。


「お前なぁ、こんなとこに呼びつけてんじゃねーよ」

「いいじゃん。ここのパンケーキ、めちゃくちゃ美味しいし」

「つーか、唇に生クリームついてんぞ」

「えっ、うそうそ、取って!」


 夏樹さんは目を閉じると、キュッと唇をとがらせた。

 その顔に、またもや俺の胸の内は派手に乱れた。なんだ、これは。夏樹さんのエロスが周囲にダダ漏れじゃないか。

 いや、たしかに、これまでも夏樹さんからそこはかとない色気を感じることはあった。けれど、それはあくまでほんのりと漂う程度であって、だからこそ、彼の軽薄そうな外見とのギャップに心を揺さぶられるわけで、とはいえこのエロかわ夏樹さんも俺は決して嫌いでは──


「誰だ、お前」


 ドスのきいたその声に、俺はハッと我に返った。


「お前、星井じゃねーな? 顔が似てるだけだよな?」

「……へっ?」

「お前、誰だ? 本物のあいつはどこいった?」


 今にも胸ぐらをつかみそうな八尾さんに、夏樹さんははっきりと頬を引きつらせた。


「な、なにいきなり! オレはオレだけど!」

「嘘だ。お前は星井じゃねぇ」

「星井だよ! 星井夏樹だってば!」


 ていうか、と夏樹さんは勢いよく立ちあがった。


「八尾こそヘン! なんで今日の八尾、そんな怖いの!?」

「はぁっ!?」

「いつもそんな怖くないし、ワケわかんないこと言わないし、あと……あと、見た目もヘン!」

「なんだと!?」

「目は黒いし、髪の毛茶色だし、ピアスしてないし──ていうか入院してなかった? そうだよ、八尾、骨折して入院中だったじゃん!」

「いや、してねぇし。なんだよ、骨折って」

「あと、それ! その手に持ってるの!」

「……は?」

「なんでガラケー!? いつの時代!?」


 たしかに、八尾さんは今時の高校生にしてはめずらしくガラケーを使っている。俺の祖父母ですらスマホを持っているというのに。

 ただ、そのことを俺に教えてくれたのは、他でもない夏樹さんだ。


(なのに、今の口ぶりは──)


 まるで、八尾さんがガラケーをつかうのはおかしい、と言わんばかりではなかったか?

 それに、他にもいくつかの相違点を指摘していた。目の色はもちろん、髪色がどうとかピアスがどうとか。

 俺は、それとなく星井を見た。

 星井も、何か言いたげな顔で俺を見た。

 さらに八尾さんまでもが「なあ」と渋い顔つきでこっちを見た。


「マジで誰だよ、こいつ」

「夏樹さんです──いちおう」

「いちおう?」

「その……少し前から様子がおかしくて」

「おかしくない!」


 夏樹さんは、憤慨したように噛みついてきた。


「オレはふつう! オレはおかしくない!」

「ですが……」

「おかしいのはお前ら! 青野も八尾もナナセも、みんなみんなおかしくなってる!」


 夏樹さんは俺たちをなじると、声をあげて泣き出した。それこそ、幼稚園児みたいにワンワンと。

 これは由々しき事態だ。この人が──というか、一般的な男子高校生がこんなふうに泣くなんて、めったにあることじゃない。

 俺たちは、顔を見合わせた。

 たぶん、皆どうすればいいのか迷っていた。

 夏樹さんは、俺たち3人が「おかしい」という。けれど、俺たちからしてみたら、おかしくなったのは夏樹さんだ。


「しょうがねぇなぁ」


 何か方策が浮かんだのか、それとも年長者としての責任感からか。八尾さんはため息をつくと、リュックからノートを取り出した。


「とりあえず状況を整理するぞ」

「……ふぇ?」

「まずは星井、お前が思う違和感をあげてみろ。何がおかしいのか聞いてやるから」

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