8・夏樹さんの主張(その1)
夏樹さんは、涙で濡れた目をパチパチと瞬かせた。
「ほんと? オレの話、ちゃんと聞いてくれる?」
「ウゼェな、聞くって言ってんだろうが」
「……わかった。じゃあ、話す」
グズグズ鼻をすすりながら、夏樹さんが訴えたのは──
まず、さんざん主張しているとおり、俺たちの目の色が「黒」なのがおかしいということ。彼にとって目の色といえば「緑」で、黒なんて有り得ないらしい。
さらに、八尾さんの髪色も、夏樹さんの記憶とは違うのだという。
「それ、さっきも言ってたよな。俺の髪がどうとか、ピアスがどうとか」
「うん……ぜんぜん違う。八尾の髪は銀色だったし、ピアスも3つくらいつけてたし」
「マジか。穴あけたこと一度もねぇけどな」
八尾さんは「ほら」と自分の耳たぶを引っ張った。たしかに、どこを見ても穴をあけた形跡はなさそうだ。
「ねえ、私は? お兄ちゃんの知ってる私と違ってたりする?」
「ナナセは、目の色が違うだけ」
「青野は?」
「青野もおかしいのは目の色だけ」
じゃあ、彼と付き合っているらしい青野行春も「黒髪・癖毛」というわけか。
その事実は、少しだけ俺をがっかりさせた。子どものころから、夏樹さんのようなサラサラストレートヘアに憧れていた身としては、ちょっとばかり夢を見させてほしかったのに。
「他に違ってる点はないのか?」
「ある! 青野がオレの彼氏じゃないこと!」
夏樹さんの憤慨したような口ぶりに、八尾さんは「へっ」と声をあげた。
「お前、青野と付き合っていたのか?」
「うん!」
「エグいな……妹の彼氏を奪い取るなんて」
どん引きしている八尾さんに、夏樹さんは「違う!」とテーブルを叩いた。
「ナナセは、青野と付き合ってなかったの! むしろ、オレと青野のこと応援してくれてたし」
俺と星井は、思わず顔を見合わせた。お互い、考えていることはたぶん同じだ。
とはいえ、今ここで口にするわけにはいかない。なぜなら、それらは俺たちの秘密に関わってくることだからだ。
「なるほどな」
八尾さんは聞き取った内容をノートに書き込むと、指先でくるりとボールペンをまわした。
「こうやって書きだしてみると、たしかに違う世界の話を聞いているみたいだな」
「だろ? やっぱ、アレだって! パラレルワールド!」
「パラ……なんだそりゃ?」
「八尾さんが来る前に話していたんです。こことそっくりの『別世界』──いわゆる『パラレルワールド』が存在していて、今ここにいる夏樹さんは、その世界からやって来たんじゃないかって」
「私は有り得ないと思うけどね」
星井は、あいかわらず容赦ない。
「そんなの、映画とか漫画とか、そういう世界の話でしょ」
「でも、そう考えると、いろいろうまくおさまるだろ」
「そうだよ、じゃないとおかしいって! 青野がオレの彼氏じゃないなんて!」
俺たちの会話を、八尾さんはノートに書きとめた。さらに「別世界」という文字を、グルグルと丸で囲い込んだ。
「じゃあ、お前らのいう『パラレルワールド』説が事実だったとして……なんで星井はこっちの世界に来たんだ?」
「……えっ」
「どういうきっかけで、お前はこの世界にやってきたんだ?」
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