5・彼の妹について

 実は、学校を出る少し前に、彼女にメッセージを送っていた。内容は「夏樹さんを家まで送る」というもの。気づくのは放課後だろうと思っていたけれど、だいぶ早く目を通してくれたようだ。


──「今どこ? うち?」


 さっそくメッセージを確認した俺は、夏樹さんに気づかれないようにテーブルの下で返信を打ち込んだ。


──「駅前のカフェ」

──「なんで?」

──「パンケーキ食べたいっていうから、寄り道中」

──「ウケる。授業サボってデートじゃん」


 送られてきたその一文を、俺はマジマジと見つめてしまった。

 そうなのか? これは「デート」なのか?

 視線をあげると、夏樹さんは口いっぱいにパンケーキを頬張っている。

 ああ、唇に生クリームが──拭ってあげたほうがいいのかな。けど、そんなことをしたら「え、何!?」と驚かれてしまうだろう。

 仕方がない、しょせん俺は「妹の彼氏」にすぎないのだ。

 のばしかけた手をスマホに戻すと、俺は再びメッセージを打ちこんだ。

 そう、今は彼女に報告しなければいけないことがある。


──「様子がおかしい」

──「誰の?」

──「夏樹さんの」


 それから、少し迷って──メッセージを追加した。


──「確かめてほしい」

──「お兄ちゃんの様子を?」

──「うん、頼む」


 さらに、土下座しているスタンプを送信。

 しばらくすると「了解」のスタンプが返ってきた。


──「ずっとそこにいる?」

──「たぶん。移動するときは連絡する」


 再び「了解」のスタンプ。

 よかった、彼の身内である星井なら、この違和感を理解してくれるはずだ。

 ホッと息をついたところで、夏樹さんと目が合った。


「何してんの」

「メッセージアプリの返信です」

「誰に?」

「星井ですけど」


 そのとたん、夏樹さんは「なんだぁ」と頬を緩めた。


「ナナセならいいや」

「……はぁ」

「ていうか、もしかしてさ」


 まるで内緒話でもするかのように、夏樹さんはグッと顔を近づけてきた。


「ナナセの目も──真っ黒?」

「はぁ……黒いですね」

「マジか、ナナセもか」


 それから、ズズズッとお行儀悪くロイヤルミルクティーを吸いあげた。


「オレ、もしかして別の世界に来ちゃったのかなぁ」

「と言いますと?」

「漫画とかであるじゃん。実は、こことそっくりの世界が存在していて、そこにはもうひとりの自分がいて──」

「ああ──いわゆる『パラレルワールド』ですね」


 この世界とよく似た「別世界」が並行して存在する──それが「パラレルワールド」だ。「並行世界」「並行宇宙」とも呼ばれ、フィクションの題材として取り上げられることも少なくない。


「つまりさ、オレはもともと『緑の目』の世界の人間なの。なのに、いきなり『黒い目』の世界に飛ばされてきちゃったってわけ」


 きっとそれだ、と夏樹さんは真剣にうなずいている。

 可愛い。どうしようもなく可愛い。

 でも、そんな本音を口にするわけにはいかない。

 俺は、頬の内側を噛みしめた。星井がここに来るまで、なんとか「妹の恋人」としての顔を保つために。

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