4・夏樹への違和感(その2)

「これ、どうぞ」


 俺が差し出した黒糖ロイヤルミルクティーを、夏樹さんはさっきよりも沈鬱な表情で受け取った。


「どうしたんですか?」

「やっぱ、怖い」

「え?」

「皆、目が黒い……黒い目なんて見たことない」


 なんだ、またその話か。

 夏樹さんは、いったいどうしてしまったんだろう。


「そんなに気になりますか?」

「なるって! だって、皆『緑』だったじゃん!」

「そんなことは……」

「青野、忘れちゃったの? お前だって、ソーダキャンディみたいな美味しそうな目をしてたのに!」


 美味しそうな目とは一体──そう思ったものの、言葉にするのはひとまず控えた。今の夏樹さんは情緒不安定なのだ。刺激するような発言は、できるだけ控えたほうがいい。

 やがて、店員がパンケーキを運んできた。夏樹さんは、彼女の目を見て「黒……」と怯えたようだったけど、二段重ねのパンケーキを前にしたとたん、パァッと表情を一変させた。


「可愛い! おいしそう!」


 弾けるようなその笑顔に、またもや俺はグゥッとなった。

 知らなかった。この人、こんな顔もするんだ。心臓の上で誰かがタップダンスでもしているかのように、ドッドッと鼓動が鳴り響く。

 その一方で、やっぱり違和感も増していた。

 だって、あまりにも、いつもの夏樹さんと違いすぎる。

 目の色にこだわっているのもそうだけど、それ以外の言動もまるで彼らしくない。パンケーキにはしゃいだり、いちいちスマホで撮影したり。

 授業をサボることに抵抗がなさそうなのも気にかかる。俺の知っている夏樹さんは、こういうとき、キョロキョロと周囲をうかがいながら「サッと食べてサッと帰ろうな?」って耳打ちしそうなイメージだったのに。


「あの……気まずくないですか?」

「んー?」

「今って、本当なら授業を受けている時間帯ですよね?」

「そーだねー」


 ほら、あまりにもあっさりしすぎている。


(この人、本当に「夏樹さん」か?)


 実は「別人」とか?

 顔だけそっくりな「双子の兄弟」ってことは?


(そもそも、なぜこの人は俺の上に乗っかっていたんだ?)


 それも、俺に目隠しして手を縛って、俺の「俺」に息を吹きかけたりして──


(あ、まずい)


 またもや腹の奥が熱くなってきた。なんとか気を紛らわせようと、俺はどうでもいいことを頭のなかで繰り返す。たとえば円周率。3.1415926535──

 ポンッ、とスマホの通知音が聞こえた。メッセージアプリのものだ。


「あ……」

「どしたの?」

「──いえ」


 送信者は、星井ナナセ──夏樹さんの妹であり、現在俺と交際中の、いわゆる「カノジョ」と呼ばれるポジションに当たる人物だ。

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