第6話 私が狙われる理由
「まず、今朝も少し説明しましたが、あなたは何者かに命を狙われています」
影守が言う通り、給仕ロボットを私に差し向けてきた人間がいる。まだ犯人を捕まえたわけではないので、また襲ってくる可能性もありそうだ。
「うん、それは理解しているけど……もう少し、声を落とした方が」
私は周りにいる生徒達に聞かれたらまずいのではないかと心配した。
「大丈夫です。音声はカモフラージュ・キャンセラで別の会話に変更されて聞こえるようになっていますし、リアルタイムの同期ホログラムで口の動きも合わせますから見破られたりはしません」
影守が小さめのスマートウォッチ――風のデバイスを指さしながら言う。
「おお、そんな技術が。やっぱり未来は凄いなぁ」
「はい。それで、あなたが狙われる理由ですが、TKの歴史データベースには有益な情報がありませんでした。あなた自身で何か、身に覚えはありませんか?」
「え? いやいや、何も無いよ。誰かに命まで狙われるようなことはしてない、と思う」
「そうですか。では質問を変えましょう。最近、身の回りで普段と変わった出来事、あるいは誰か特別な人物と出会ったりはしませんでしたか?」
今日、影守と出会ったことが一大事件なのだが、それ以外では何も起きていない。私は退屈な日々を送っているのだ。今朝までは。
それがどうして未来人に命を狙われる羽目になるのやら。
「うーん、ごめん、やっぱり心当たりはないよ」
「そうですか。いえ、気に病む必要もありませんよ。時空犯罪者はこちらが思いも付かないような私利私欲で動いている場合もありますから。あなたが悪いわけではないのです」
「ありがとう。でも、待って。未来人じゃなくて、この時代の人間による犯行って線は?」
まるで未来と縁が無い私には、そのほうが自然なことに思えた。
「いいえ、前シンギュラリティ時代――この時代の給仕ロボットはあらかじめ決められたパターンの動作しかできません。給仕ロボットは配膳だけ、自動運転は運転だけというように、それぞれ専用のことしか対応できないのです。その給仕ロボットのボディに車の運転をさせるには、この時代にはない次世代の汎用型AIプログラムが必要になります。この時代の人間が汎用型AIをすでに開発していれば、話は別ですが」
「ふうん。凄腕ハッカーなら、ゼンシンギュなんちゃらの、この時代の人間でもできるってことか……ねぇ、それって、私が狙われたというより、この学校の生徒が狙われたとしたら?」
犯人が私という個人ではなく、楠聖女学院の生徒全体に何らかの恨みを持って行動しているなら、筋が通るような気がした。プログラムだって特定の誰かを狙うように仕向けるよりずっと簡単になるだろう。
「なるほど、無差別に生徒を狙って、ですか。あり得る話です」
影守もうなずいて同意してくれた。
「でも、うちの生徒を襲って何がしたいんだろう?」
学校に不満があるというのなら、生徒よりも職員室を狙いそうなものだ。
「この時代の愉快犯の可能性もありますが、私の推測では、この学校の生徒が何らかの形で歴史の変革に関わっているのだと思います」
「あー、優秀な生徒が多いから、そりゃ時代を動かしちゃうか……」
周りを見やるが、全国絵画コンクールで金賞を取った子や、料理レシピでバズった子、華道でプロ並みに活躍している子や、乗馬クラブで優勝した子がいたりする。ただ……それがどう歴史を変えるかまでは私にも予想できない。
「他にも、未来の犯人に何か影響があることをやっているかもしれません。たとえば、この学校の生徒の子孫が、犯人にとって邪魔な存在だった場合、過去に跳んで先祖ごと消し去る方法があります」
「酷いやり方だよね。だから、TKという組織と、影守さんみたいな捜査官が必要なんだね」
「はい、その通りです」
時の守護者。頼もしい。しかもこんな同い年の美少女が任務をこなしているのだ。
「あ、影守さんの年齢って……ホントはいくつ?」
「十六です。この作戦は、学校に潜入する必要があるため、同年齢の私が選ばれたと聞いています」
「へえ、未来ってもうその年齢で警察官になれるんだ」
よくよく考えてみれば、中卒なら今の時代でも警察官になれたはず。働くことなんて考えたこともなかった私は、自分が子どもに思えてしまった。
「ええ。では、しばらくはあなたの護衛任務を継続しつつ、周辺に潜む犯人を捜すことにします。それと平行して犯人の動機も調査していきましょう」
「うん、あっ、はい!」
「大丈夫です。突然のことで不安でしょうが、TKと私が必ずあなたを守り抜いてみせます」
私がビシッと返事を言い直したのを、緊張のせいだと誤解したのか、影守が頼もしいことを言ってくれた。真面目そうで、よく気がつく彼女が一緒なら安心だ。それに……こうやって昼食に誰かと一緒だなんて、それだけでもなんだか幸せ。命を何者かに狙われているというのに、私は何だか上機嫌になっていた。
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